第16話 王都までの道
王都ヴェルダリアまでは、リエンダから半月ほどの旅程だった。
街道を避け、山道や獣道を選びながら進む日々の中で、結月はノアの指導のもと、境界魔法の訓練を続けていた。傷を癒す力、脆い場所を補修する力、そして扉を繋ぐ力――どれも、使うたびに少しずつ制御が上達していくのがわかる。
「今日は、新しいことを教えようと思う」
野営地の焚き火を囲みながら、ノアがそう切り出した。結月は膝を正し、耳を傾けた。
「新しいこと?」
「言葉と真意の境界。人が嘘をつくとき、言葉と本心の間には、必ず小さなずれが生じる。それを感じ取る力だ」
「嘘を、見抜けるってことですか」
「完璧にとはいかない。だが、揺らぎには気づけるようになる」
結月は興味深く身を乗り出した。王都に入り、王女に会うつもりなら、こうした力は間違いなく役に立つ。
「レイン、何か短い嘘をついてみてくれ」
ノアに促され、レインは少し困った顔をしたが、やがて短く口を開いた。
「俺は、甘い菓子が嫌いだ」
結月はレインの言葉に意識を集中させた。声そのものよりも、その奥にある「境目」――言葉の輪郭と、心の輪郭の間にあるはずのずれを探る。
わずかに、何かが引っかかった。言葉の表面と、その奥にある感触との間に、薄い段差のようなものがある。
「……嘘、ですね。本当は好きなんですか?」
結月がそう言うと、レインは気まずそうに視線を逸らした。
「……村にいたとき、蜂蜜がけの焼き菓子を、二回もお代わりしていたのを見た気がします」
「余計なことまで覚えているな」
レインが、ばつが悪そうに顔を背けた。その様子を見て、ノアが楽しそうに尾を揺らした。
「上出来だ。まだ荒削りだけど、確かに感じ取れている」
結月は自分の掌を見つめた。この力があれば、王都での交渉や、教会の関係者との駆け引きでも、大きな武器になるかもしれない。
「王都には、教会の目も多いんですよね」
「王都には教会の本部に次ぐ大聖堂がある。聖堂騎士団の詰所も常設されている。用心が必要だ」
レインの言葉に、結月は頷いた。
「フィオナ王女に、どうやって接触するつもりですか」
「正面からの謁見は無理だ。だが、王女は学術方面に力を入れていて、王立図書館に頻繁に顔を出すという話を聞いたことがある」
レインはそう言いながら、地面に簡単な地図を描いた。
「図書館は比較的、警備が緩い。うまくいけば、そこで接触できるかもしれない」
「うまくいけば、ですか」
「策は他にもある。だが、今のところ一番現実的だ」
結月は地図を覗き込みながら、王都の姿を想像した。政治の中枢、教会の影響が最も色濃い場所。危険は承知の上だが、そこに踏み込まなければ、真相には近づけない。
「レインさん、王都に入ったこと、あるんですか」
「聖堂騎士団だった頃に、何度か」
「知り合いに会う可能性は」
「ある。だから、変装は必須だ」
レインは短くそう答えると、荷物の中から古い商人風の外套を取り出した。
「明日、街道沿いの町で、お前の分の服も調達する。異国風の顔立ちは目立つ。髪を隠して、旅の巫女、とでも名乗ればいい」
「巫女、ですか」
結月は苦笑した。神社の娘という自分の出自を思えば、あながち的外れでもない。むしろ、どこか運命的な響きすら感じた。
夜が更け、焚き火の炎が小さくなっていく中、結月は膝を抱えて夜空を見上げた。二つの月が、並んで輝いている。故郷の空にはない光景だが、この数週間で、すっかり見慣れたものになっていた。
「王都に着いたら、いよいよですね」
「ああ」
「怖くないと言えば、嘘になります」
結月の呟きに、レインは静かに頷いた。
「怖くて当然だ。だが、お前はここまで、ちゃんと前に進んできた」
その言葉に、結月は小さく微笑んだ。焚き火の炎が、二人の影を長く地面に映し出している。明日からは、いよいよ王都への道のりが本格的に始まる。結月は膝を抱えたまま、静かに気持ちを引き締めた。
第16話 了




