第13話 木箱の中
桟橋に近づくにつれ、木箱の数は結月が思っていたよりも多いことがわかった。
少なくとも十を超える木箱が、船から降ろされ、荷馬車に積み替えられようとしている。周囲には、白い外套を纏った男が二人と、荷運び用に雇われたらしい人足が数人。武装した様子はないが、油断はできない。
「ノア、箱の中身を確かめられる?」
結月が小声で尋ねると、ノアはしばらく気配を探るように目を細めた。
「複数の心音がある。子供のものだ、間違いなく」
結月の中で、迷いが完全に消えた。レインを見上げると、彼もまた覚悟を決めた顔をしていた。
「俺が正面から気を引く。お前は裏に回って、箱を開けろ。逃がすことだけを考えろ、戦うことは考えるな」
「わかりました」
「ノア、結月についていてくれ」
「もちろん」
レインは剣を抜かず、あえて堂々とした足取りで桟橋に歩み出た。結月は物陰に身を潜めながら、荷馬車の裏側へと回り込む。
「そこの荷、ちょっと確認させてもらいたいんだが」
レインの声が響くと、白い外套の男たちが振り返った。
「何者だ、ここは立ち入り禁止――」
「教会の荷にしちゃ、ずいぶんとみすぼらしい積み方だな。中身、見せてもらえるか」
レインの挑発めいた物言いに、男たちの注意が完全にそちらへ向く。結月はその隙に、荷馬車の陰から積まれた木箱の一つに手をかけた。
鍵はかかっていたが、複雑な仕掛けではない。結月は箱の縁――蓋と本体の境目に意識を集中させ、金属の留め具の「留まっている」という状態と「外れている」という状態の境界を、そっとずらした。
かちり、と小さな音を立てて、留め具が外れる。
結月が蓋を開けると、中には粗い布にくるまれた子供が二人、身を寄せ合うようにして震えていた。年齢は、五歳から十歳ほどだろうか。恐怖に見開かれた目が、結月を見上げる。
「大丈夫。助けに来たから」
結月は精一杯優しい声を作って囁いた。だが、言葉が完全には通じていないのか、子供たちは怯えたまま動かない。結月は箱の縁に手をかけ、そっと抱き上げるようにして外に出した。
「ノア、他の箱も」
「任せて」
ノアが箱の間を駆け回り、結月に次々と場所を教えていく。結月は一つ、また一つと箱を開け、中の子供たちを助け出していった。手が震え、額に冷や汗が滲む。留め具を外す動作自体は小さな力しか使わないが、緊張と焦りが体力を余計に消耗させていく。
六つ目の箱を開けたとき、背後で怒声が響いた。
「そこの女、何をしている!」
振り返ると、桟橋の男の一人がこちらに気づき、駆け寄ってくるところだった。結月は咄嗟に、最後の子供を庇うように抱き寄せる。
「近づかないで!」
結月は反射的に両手を構えた。だが、力を発動させるより早く、横合いから男の体が吹き飛んだ。レインが割って入り、峰打ちで男を沈めていた。
「まだ数人残っている、急げ」
「はい!」
結月は残りの箱を次々と開けていく。子供たちは怯えながらも、結月の様子から敵ではないと悟ったのか、少しずつ抱き寄せられることを受け入れ始めた。全ての箱を開け終えたとき、結月の額は汗でびっしょりと濡れていた。
「全員、無事か」
レインが周囲を警戒しながら尋ねる。結月は子供たちの人数を数え、頷いた。
「はい、九人、全員」
「よし。すぐにこの場を離れる」
だが、そのとき、桟橋の奥から新たな人影が現れた。先ほどの下級の男たちとは、明らかに纏う空気が違う。白い甲冑に、教会の紋章を刻んだ肩当て。腰には、装飾の施された長剣。
「――これはこれは。噂の異物が、随分と派手な真似をしてくれる」
その声には、これまでの追手にはなかった、底冷えのするような余裕があった。結月は子供たちを背に庇いながら、思わず後ずさった。
「レインさん、あれは」
「……聖堂騎士団、正規の隊長格だ」
レインの声に、初めて隠しきれない緊張が滲んでいた。男はゆっくりと剣を抜き、月明かりの下でその刃を輝かせた。
「継ぎ手の乙女とやら。ここで大人しく捕まってもらおうか」
夜の桟橋に、張り詰めた沈黙が満ちていく。結月は子供たちを守るように立ちはだかりながら、両手にありったけの力を集め始めた。
第13話 了




