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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第12話 波止場の噂

 リエンダに滞在して三日が過ぎた。


 結月とレインは、港の外れにある安宿に部屋を取り、日中は依頼をこなしながら、教会の追跡が緩むのを待っていた。銀貨は少しずつ増え、結月の言葉の理解も日に日に進んでいる。ノアの力添えもあってか、簡単な会話ならば、もう聞き取れるようになっていた。


「今日の依頼はこれだ」


 朝食の席で、レインが一枚の依頼書をテーブルに広げた。


「倉庫番の欠員補充。夜間の見張りらしい」


「地味な仕事ですね」


「地味な仕事の方が都合がいい。目立たず、金になる」


 結月は頷きながら、宿の窓の外に目をやった。港には大小さまざまな船が停泊し、荷を積み下ろす人足たちの声が絶え間なく響いている。その喧騒の中に、結月はふと違和感を覚えた。


 人足たちの間で交わされる会話の一部が、妙に途切れがちなのだ。誰かが何かを言いかけては、周囲を気にして口をつぐむ。そんな仕草が、何度も繰り返されていた。


「レインさん、あれ」


「ん?」


「みんな、何か隠してるみたいに見えます」


 レインは結月の視線の先を追い、しばらく無言で観察していた。やがて、小さく息を吐く。


「港町にはよくあることだ。密輸品や、闇の取引の噂は尽きない」


「密輸……」


 結月の脳裏に、レインが語った五年前の出来事――子供たちが積み荷として運ばれていた話が蘇る。背筋に、じわりと冷たいものが這い上がった。


「調べてみますか」


「今は依頼が先だ。無闇に首を突っ込むと、教会の目に留まる前に、地元の裏組織に消される」


 レインの忠告はもっともだったが、結月の胸のざわつきは収まらなかった。夕方、倉庫番の仕事に向かう道すがら、結月は港の路地裏で、思わぬ会話を耳にすることになる。


「今夜の便は、いつもの倍の数だってよ」


「また『白い門』からの荷か」


「口を慎め。誰が聞いてるかわからねえ」


 二人組の人足らしき男が、路地の陰でひそひそと言葉を交わしていた。結月は思わず足を止め、物陰に身を寄せた。


「白い門、って……」


 結月は小声で呟いた。すぐ隣にいたノアが、耳をぴくりと動かす。


「白門教会の隠語かもしれない。荷、という言い方も気になるね」


 結月は男たちの後を追おうとしたが、レインがその肩を掴んで止めた。


「今はだめだ。先に仕事を済ませる」


「でも」


「焦って動いて、証拠も掴めずに正体がばれたら、元も子もない。今夜の見張りの最中に、それとなく探りを入れる」


 結月は歯噛みしながらも頷いた。レインの言う通り、感情のままに動いて失敗すれば、これまでの苦労が水の泡になる。


     *


 夜の倉庫街は、昼間とはまったく違う顔を見せた。人足たちの喧騒は消え、代わりに、荷を運ぶ台車の軋む音だけが、静かに響いている。


 結月とレインは、依頼された倉庫の見張り台に立ち、周囲を観察していた。遠く、港の奥まった一角――普段は使われていないはずの古い桟橋に、小さな明かりが灯っているのが見える。


「あそこだ」


 レインが低く呟いた。桟橋には数人の人影が集まり、小型の船から荷を降ろしている。荷の形は、木箱にしては不自然に大きく、そして時折、内側から小さな物音が聞こえてくるようだった。


「まさか、あの中に……」


 結月が息を呑んだとき、桟橋の一角に、見覚えのある紋章――白い門を象った意匠の旗が翻っているのが目に入った。


「白門教会の、印です」


「間違いない。あれが噂の『白い門』からの荷だ」


 レインの声に、隠しきれない緊張が滲んでいた。結月は拳を握りしめ、桟橋の様子をじっと見つめ続けた。木箱の内側から聞こえる物音は、次第にはっきりと、子供の泣き声のような響きに変わっていく。


「レインさん、あれって」


「……ああ。五年前と、同じだ」


 レインの表情が、月明かりの下で強張っていくのが見えた。結月は自分の中で、何かが静かに、しかし確かに燃え上がるのを感じた。


「助けに行きましょう」


「待て、相手の数がわからん。無策で突っ込めば――」


「わかってます。でも、見過ごせません」


 結月はまっすぐにレインを見つめた。その目に宿る決意を、レインは長い沈黙の後、静かに受け止めた。


「……わかった。だが、俺の指示には従え。まずは状況を確認する」


 結月は頷き、桟橋の方角に視線を戻した。夜の海風が、木箱の中からの小さな泣き声を運んでくる。その音を聞くたびに、結月の胸の奥で、譲れない何かが強く脈打っていた。


第12話 了


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