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君は、風に還る。  作者: 矢崎 那央
第一部
9/50

第九章 ー風の名前を描くー

挿絵(By みてみん)

―はじめて、誰かの視線を受け入れた日―


湖の水面は、朝の光を反射してきらきらと揺れていた。

風は柔らかく、木々の葉がさやさやと鳴る音が、空気の中に溶けていく。


その音の中で、ふたりの少年と少女は、言葉少なに並んでいた。


飛鳥はまだ、少し緊張していた。

自分の羽を——鳥脚を——見られている。

それだけで、心のどこかがきゅっと固まってしまう。


(怖がってない……ほんとに……?)


ちらりと視線を向ければ、隣の少年はスケッチブックに何かを描いていた。

じっと紙を見つめ、鉛筆を動かすその様子に、敵意はまったくない。


だけど、それでも。


(あたし、きっと……変だよね。気味悪く見えるよね……)


飛鳥は膝を抱えるようにして座り、翼を体に寄せた。

自分の羽が大きく広がらないように、そっと呼吸を小さくする。


ティロはそんな彼女の様子に気づいていた。

けれど、何も言わず、鉛筆の先で紙をなぞるだけだった。


やがて、風がそっと舞い、飛鳥の前髪を揺らす。


彼女は、無意識に片方の翼を持ち上げ、

その羽根の先を自分のもう片方の翼にそっと重ねた。


くちばしの代わりに、器用に羽根の先で風切羽を整える。


それは彼女にとって、ごく自然な仕草。

でも、人間なら絶対にしない、異質な動き。


「……それ、いつもやってるの?」


ふいに、声がした。


飛鳥はびくっと肩を震わせた。

顔を上げると、ティロがこちらを見ていた。


その目に驚きや拒絶はなく、ただ純粋な興味があった。


「……羽根、整えてるの? 鳥みたいに」


飛鳥はしばらく黙ったまま、目を逸らした。


「……うん。……たぶん、そう……」


「なんか……きれいだなって思った」


「……え?」


その言葉は、まっすぐ過ぎて。

まるで風が、心にすっと差し込んできたようだった。


飛鳥は何も答えられず、視線を落としたまま小さく呟いた。


「……あたし、自分の姿……好きじゃないから」


「……」


ティロは何も言わなかった。

ただ、その言葉を受け取って、紙の上でまた鉛筆を動かし始めた。


沈黙は続いた。

けれど、それはどこかやわらかい沈黙だった。


湖の上を、鳥が一羽、風に乗って飛び去っていく。


飛鳥はそれを目で追いながら、小さく囁いた。


「……もし、あたしも……あんなふうに飛べたら、どこに行けるかな……」


その呟きに、隣の少年が応える。


「……どこに行きたい?」


飛鳥は、少し考えて、でも答えられなかった。


「……分かんない。まだ、思い出せないの。どこかに行きたい気はするけど……それがどこかは、まだ分からない」


ティロは、ふっと微笑んで言った。


「……じゃあ、見つかったら教えてよ」


飛鳥は驚いたように彼を見た。


その笑顔は、やっぱりどこかまっすぐで、

でも優しくて、強く押しつけることのない光だった。


(……この子、ほんとに変な子……)


でも、不思議とその“変さ”が、少しだけ嬉しいと思った。


風がまた、ふたりの間をすり抜けていく。


羽根の先が、そっと揺れた。



——つづく


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