↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君は、風に還る。  作者: 矢崎 那央
第一部
PR
10/58

第十章 -輪郭のない想い-

挿絵(By みてみん)

-描かれる自分に、気づいた日―


静かな午後。

陽の傾きが湖面を橙に染め始めていた。


飛鳥は、湖の淵に腰を下ろしたまま、

羽を少しだけ広げ、ゆったりと風を感じていた。


斜めから差し込む光が、水と羽のあいだでゆらゆらと揺れる。


その音も匂いも、なにもかもが優しくて、

飛鳥は思わず目を閉じた。


(……なんか、こんな時間、はじめてかも)


人に見られないようにと、いつも隠れていた。

誰かと一緒にいても、心はどこか逃げ場所を探していた。


でも今は、隣に誰かがいるのに、怖くない。


それが、少し不思議だった。


カリ、カリ……。


規則的な音がする。

ティロがまた、スケッチをしている。


飛鳥は、おそるおそる横目でその手元を見た。


紙の上には、

自分の輪郭が、静かに描かれていた。


翼を伸ばして座る姿。

風に揺れる髪の線。

光に透けた羽の細かな描写。


(……あたし、描かれてるんだ……)


何かが、胸の奥できゅっと締めつけられた。

同時に、ほんの少しだけあたたかくなる。


「……ねぇ、それ……」


思わず声をかけていた。


ティロは鉛筆を止めて、顔を上げる。


「……あ、ごめん。勝手に描いてた……嫌だった?」


「ううん……ちが……」


飛鳥は、どう答えればいいのか分からず、視線を落とした。


「……変じゃない?」


「え?」


「……あたしの姿。羽とか、脚とか……気味悪くない?」


ティロは少しの間、何も言わなかった。

けれどやがて、小さく笑って、スケッチブックを閉じた。


「……絵を描く時ってさ、

“これを描きたい”って思った瞬間、もう全部“きれい”なんだよ」


「……え?」


「不思議で、見たことなくて、すごく綺麗で……

だから、描いてる。

君のこと、“おかしい”とか“気味悪い”とか、思ったことない」


ティロの声は、ただ静かで、まっすぐだった。


飛鳥はうまく返せなくて、

ただ、翼の先を自分の脚にそっと重ねる。


「……そっか……」


言葉はそれだけだったけれど、

胸のなかには、静かな風が吹いていた。


いつかは飛べるのか分からない翼。

でも今、その羽を「見たい」と言ってくれる人が、隣にいる。


それだけで、ほんの少しだけ、

自分の姿を見つめてもいい気がした。



——つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。