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君は、風に還る。  作者: 矢崎 那央
第二部
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35/58

月下湯けむり異能バトル 〜君風番外編、金色姫の屋敷、女子会後〜


これは、少しだけ時間を巻き戻した夜のこと。飛鳥たちが金色姫の館を訪れたその晩。


旅立ちを目前に控えた彼らが過ごした、ほんのひとときの、

賑やかで温かな夜——



***



[月下の神殿]


ワチャワチャの女子会を終えた後、皆で暖炉を囲み、穏やかな談笑の時間を過ごす。笑い声と冗談が飛び交う。

 

話に夢中になりすぎたためか、誰からともなく静かな息をつく。


館の中に、やわらかな静寂が広がった。

暖炉の火は細くなり、ゆらりと橙色の光を揺らしていた。


ふわり。と、おもむろに金色姫が立ち上がった。

淡い金色の髪が、月明かりを受けて、柔らかく輝く。


「ふふ〜、皆さん……」


金色姫は、皆をやさしく見渡しながら微笑んだ。


「少し、夜風にあたりに行きませんかぁ?」


その誘いは、柔らかく、そして抗いがたいものだった。


飛鳥は、思わずこくりと頷いていた。

ロメラはニヤリと笑って腕を組み、

ヴェルも小さく、こくんと頷く。

ウェーリーは尾鰭をピンと立て、参加表明。

九重は、「仕方ない...」とでも言うように、肩をすくめた。


そうして、一行は夜の館を抜け出した。


外の空気は、肌を撫でるように冷たく、澄んでいた。

草原には夜露が降り、月明かりに照らされた小道が裏手の森へと続いている。


その光の道を飛鳥たちは静かに歩き始め、程なく進んだ所にそれはあった。


崩れた神殿の奥、白く煙る湯気だった。静かに湯を湛える忘れられた温泉。


飛鳥は、思わず息を飲んだ。


「……ここ、は……?」


囁くように尋ねると、金色姫は微笑みながら答えた。


「ずいぶん昔に、このあたりの人たちが作った神様のための湯殿だそうですよぉ」


「神様の、ための……」


そのまま、一行はそっと湯殿の中へと足を踏み入れていった。

月光の差込む、忘れられた温泉の白い湯気に包まれながら。


***


[心を絡めた優しい思い出]


やわらかな湯に、ゆっくりと身を沈める。じんわりと広がる温かさが、飛鳥の心をふわりと解きほぐす。


飛鳥は、そっと目を閉じた。


不意に、心の隙間からティロの顔が浮かんできた。


醜い自分を「綺麗だよ」と、ためらいなく言ってくれた、優しい言葉。

あの優しい笑顔。ほぐれた心。

時よ止まれと願ったあの日々。


そして——その日々が呆気なく壊れてしまった事。


 

未だ心の底に、ほどけない痛みのように絡みつく、自分を嫌いになってしまった記憶。

この静かな夜のせいか、その心の痛みを誰かに伝えたくなる。


隣にいるロメラを見た。

粗暴だけど頼もしくて、あっけらかんとしていて。


...だけど...ちゃんと優しい人。


そっと湯の中で、ロメラのそばに寄り添う。


「……あのね、ロメラ」


ぽつり、ぽつりと、飛鳥は語った。



***



[美しき者]


ロメラは、じっと耳を傾けていた。遮ることも、茶化すこともせずに。飛鳥の言葉を、静かに受け止めていた。


そして、飛鳥が話し終えるとふっと笑った。


「……そのガキの言う通りだ。飛鳥、お前はdamn pretty...すげぇ綺麗だよ」


飛鳥は思わず目を丸くした。そして、耳まで真っ赤になりながらあわてて目線を逸らす。くすぐったくて、どこか嬉しかった。


だから飛鳥は、つい照れ隠しのように口にしてしまった。


「で、でも……やっぱり

……金色姫さんみたいな人が、本当に綺麗だと思う……!」


「あらぁ〜、うれしいですねぇ。そんなふうに言ってもらえるなんて……」


金色姫の柔らかな笑みがこぼれた。


しかし九重が、湯殿に持ち込んだ扇子(―ふやけないのだろうか?)で、

トントンと肩を叩きながら、目元だけを細めて微笑み言った。


「ほんに、ヒメのあふれんばかりの存在感は素敵やわぁ。まぁでも?何事も程々が良えとも言いますけどなぁ〜」


金色姫は、その言葉をふわっと受け流すように、微笑を崩さず。やわらかく返す。


「......でも……ふふっ。綺麗といえば、ココですよぅ。

わたしなんて、重たい物が二つもあるせいで肩が凝ってしかたなくて……

その点、ココはそんな悩みなんて無縁な、スレンダーな魅力があって羨ましいですねぇ〜?」


九重は表情を崩さず、眉を仄かにピクリとさせて...


「そら、ありがとぉ〜。お褒めに預かり光栄やわぁ〜」


湯気の中で、笑顔の裏に、静かなバチバチが広がった。


***


[ウェーリー参戦!バランスが大事?]


金色姫と九重——緊張感あふれる微笑みを交わす二人の間に、ぱたん、ぱたんと尾鰭を打ちながら、ウェーリーがするりと割り込んだ。


そして、すっ——と両手を滑らせるように、自分のウェストからバストの上にかけてのラインをなぞる。細く引き締まったウエスト、そこから自然に膨らむ柔らかな双丘。

ウェーリーは無言のまま、肩をすくめてわざとらしく胸を寄せ、谷間を強調してから。

瞼を眠たげな半開きにして、艶やかに腰をひねってセクシーポーズを決める!


その無言のパフォーマンスは、なにより雄弁だった。

九重は、ぱたん、と扇子を止めて静かに唇を動かす。


「……"バランスが悪いとダメ"...やて?」


ロメラは、


「Damn, that's unfair!!(それは反則だろ!!)」


と腹を抱えて笑った。


金色姫と九重、ふたりが同時に


——ザバァ

 

と立ち上がり、口を開いた。


「「誰がアンバランス」」「やの!?」「ですか!?」


完璧なハモりで、雷のようなツッコミが飛んだ。


***

[ロメラ参戦!貧者の行方]


次に動いたのはロメラだった。勢いよく湯から立ち上がり、中央に躍り出て、ぐいっと腰に手を当てて胸を張って堂々とポーズ。


確かな腰のくびれと、少々小ぶりながらもしっかりした胸元。どうだ!と言わんばかりにアピールする。


決してスタイルが悪いわけでは無い。

悪くは無い、のだが。


湯気の向こう、金色姫はふわりと微笑んだまま。

九重は無言で扇子を仰ぎ。

ウェーリーは尾鰭をぱたんと一打ち。


飛鳥もヴェルも、誰も、何も言わない。


ロメラは、金色姫、九重、ウェーリーの"大人組"を順に見た。そして数秒の後...

ロメラは、静かに理解した。自分が、勝負になっていないことを。


ふっ……


ロメラは、すっと肩の力を抜き、黙って湯に沈んだ。

そして、湯面から顔だけひょこっと出してふて腐れたようにぼそり。


「……オレ、観客に回るわ……」


***


[ヴェル参戦!ロリータ服最強説!]


湯気の中——静かにスタイル自慢合戦が白熱し始めていた。


まず金色姫が、ふわりと微笑みながら胸元に手を添える。


「あらぁ〜、でもやっぱり、ふわっとしたボリュームって、女の子らしさには欠かせませんよぉ。

抱きしめたくなる柔らかさ……って、すごく大切だと思うんですよねぇ〜」


——上品な顔で、堂々たる巨乳アピール。


次に九重が、すっと胸を張り涼しい顔で言った。


「あらら、余計なもんの無い軽やかさが、一番絵になりますえ?

細い腰に、すっと伸びた背筋――これで涼しい流し目でも足したら、旦那衆はそらなぁ...」


——キレ味鋭いスレンダー主張。


続いて、ウェーリーが今度は首元から胸、そしてなめらかな腰へ手を滑らせる。

そして、ぷるりと胸を揺らしながら すっと身体をひねる。胸から腰にかけての美しいラインがきらきらと浮かび上がった。

圧倒的なバランスで魅せるパフォーマンス。


——言葉なくして語る、バランス型最高。


その静かな火花が交錯する中——湯の端から、ぴょこりと顔を出した小さな影があった。


そろりそろりと湯の端から顔を出した小さな顔——ヴェル。

びくびくと小さな声を震わせた。


「で、でも……みんな……大切なこと、わすれて………る…」


誰もが、ちらりとヴェルを見る。

彼女は、ぎゅっと両手を胸の前に握りしめ


「どんな……お洋服が.....」


一拍置き、確かな力を込めて続ける。


「..........似合うか!!(キリッ‼︎)」


そして、ヴェルはスイッチが入ったかのように、普段からは考えられないくらい、饒舌に語り始めた。


「まず……上半身の、ボリュームが....大きすぎると、

ロリータドレスを着た時...上のラインが……もたつき......ます……

可愛い、シルエットが.........」


ビシッ!!とヴェルは金色姫を指差した。


「...台無し!!」


金色姫、ふわっと笑いながらも、目元だけがぴくりと動く。


「それから……長身でスレンダーだと、

クラシカル系の、重厚なドレスが着こなせない......ですっ……!

ラインが細すぎて……バランスが......」


クッ!!...っと九重に顔を向ける。


「...悪い!!」


九重、僅かに眉を吊り上げる。


「そして……バランス型でも背が高すぎるとっ、ちょっと……迫力がありすぎて、どんなに、可愛いドレスをきても。ふんわり、ころんと、可愛らしくは......」


長い蜘蛛の第二歩脚の先端を、

バッ!!っとウェーリーに向ける。


「......見えない!!」


ウェーリー、ぱたんと尾鰭の動きが止まる。


ヴェルはどんどん早口になり、ロリータファッションの魅力を語る。


——お洋服も合わせてこそが、女の子の本当の魅力。

——全てのお洋服の中で、最も可愛いのは、ロリータドレス。


そして、三人にくどくどと、説教まで始める。


——女の子の魅力を、裸体のシルエットで競うなど愚の骨頂。


ついには湯気を震わせる勢いで


「つまり!!小柄+華奢!!これが!!!最強体型!!!!!」


ピシッと力強く言い切ったあと、はっと我に帰り、縮こまった。

小さく、震える声で付け足す。


「……で、です……」


ロメラは湯の端で、腹を抱えて笑い転げていた。


「Holy shit...!! (マジでオモロすぎるやろ!!)」


***

[異能力バトル勃発⁉︎]


湯殿を満たす静かな緊張。


最初に動いたのは、九重だった。


「――まあ、そないに言うなら。何が"美"か、試してみるんは如何どす?」


ぱたん、と扇子をひと振り——青白い狐火が、湯気の中にふわりと弾ける。

同時に、びゅおっと風が巻き起こった。


「Here we gooo!! Miss Lady Chill,

九重が開戦ッッ!!!」


ロメラが、湯船の端から絶叫する。


巻き上がる風を、ウェーリーが尾鰭で叩き返す!

ぐるぐると巻き上がる水流。


「Ohhh Dripsy counterattack!!

水の旋回打ち上げターイム!!」


「あらぁ〜、面白そうですねぇ」


金色姫は、翅をふわりと広げ鱗粉の光幕を展開。

湯気に混ざった光が、湯殿中に幻想的に揺らめいた。


「Look at that! Shiny Moth Queen、

全場制圧モード突入ぅぅぅ!」


天井。ヴェルが、ぴょんっと蜘蛛糸を渡り、逆さ吊りの姿勢で空中を駆ける!

素早く糸を編み、三人を絡め取ろうと仕掛ける!


「And nowww!! Girly Girl、

空中制圧スタイルだぁぁぁぁ!!!」


九重の狐火が、ぱんっと蜘蛛糸を焼き切る。

金色姫の鱗粉が、ふわっと糸を絡め取る。

ウェーリーの水流が、ばしゃっと糸を押し流す。

ヴェル、くるりと身を翻し、湯殿の天井を軽やかに走る!


飛鳥は隅っこでおろおろ。

ロメラは湯から上半身を出して、腹を抱えて大笑い。


「This is insane!!

史上最狂の温泉バトルだぜぇぇぇぇ!!!」


狐火。鱗粉。水流。蜘蛛糸。

それぞれの異能力が、湯気の中で激しく絡み合い

——湯殿は、混沌の渦へと呑まれていった。


***

[異能力暴走‼︎戦いの行方]


湯殿の中は、もうカオスを超えて、完全に戦場だった。


「Look at this mayhem!!!

もう誰が誰と戦ってるかわかんねぇーぞオイ!!」


ロメラの爆笑混じりの実況が、湯気に響く。


狐火が湯気の渦に巻き込まれて暴走し、

金色の鱗粉が光りながら空中に爆ぜ、

水流がうねりながら湯殿全体を叩きつけ、

蜘蛛の糸が空中に無数の罠を張り巡らせた。


誰かが狐火を避け、

誰かが水流に巻き込まれ、

誰かが蜘蛛糸に引っかかり、

誰かが鱗粉に眩まされ——


もはや制御不能。

完全に、全員バラバラに暴れ出していた。


「Hey hey hey!!

Calm down you guys!!!(落ち着けよお前ら!!!)」


ロメラも、

さすがに顔を引きつらせながら叫ぶ。


そのときだった。

ウェーリーの巻き上げた湯柱が、

九重の風と狐火に煽られ、

金色姫の鱗粉が、閃光を放ちながら巻き込まれ、

ヴェルの蜘蛛糸が、それらを束ねるように引き寄せ——


すべてが、一点に集まった。


 ——ぼふっ!!


軽い破裂音。


次の瞬間——


どごぉぉぉぉん!!!!!


湯殿の中央から、巨大な湯柱が、轟音とともに天井へと吹き上がった!!!


全員、勢いよく吹っ飛んだ。


「GYAAAAAAAHHHH!!!」


「ふわぁぁぁあぁぁ……」


「キャァァァァァッッ!!」


叫び声と共に、彼女達と湯と光と糸がぐちゃぐちゃに空中で舞った。


そして——


ばしゃあぁぁぁん!!!


***


[月下の湯けむり、ぐったり編]


湯船に全員が叩き落とされ——


しゅうぅぅぅ……

狐火も鱗粉も水流も蜘蛛糸も、すべて湯気に溶けて、静かに消えた。


湯船の中は、ぐったりと力尽きた六人が、湯にぷかぷかと浮かんでいるだけだった。


……しばらく、誰も、何も言わなかった。


ふと、ロメラが顔を上げ隣でぐったりしている飛鳥を見る。飛鳥もぽかんとしたまま、ロメラを見返す。

視線がぶつかった。


ぷっ。


ロメラが、吹き出した。


「ぷっ……は、はははっ……!」


それにつられるように、飛鳥も、ヴェルも、ウェーリーも、金色姫も、九重も——

ぽつり、ぽつりと笑い始め、すぐに堰を切ったように湯殿中に笑い声が満ちた。


「あはははっ!」


「ふふっ……!」


「ひゃ、ひゃははっ……!」


ぱしゃ、ぱしゃ、と湯をかく音。


「へへ〜……えへへ〜……」


「はぁぁ……もう、しんど……!」


みんな、ぐったりしたまま顔を見合わせて笑い合った。それぞれの顔に、それぞれの笑顔が咲いていた。


湯の音。あたたかな湯気。笑い声。楽しそうな笑顔。


この時だけかもしれない。この後、彼女たちがどんな道を行くかは、わからない。でも、彼女たちはその夜、確かに、確かに——友達だった。


***

[観測者たち]


湯殿に満ちる、あたたかくやさしい笑い声——その、ずっと遠く。古びた観測施設の、

崩れかけた扉の奥。


壁に設置された無数のモニターにかじりついる男がいた。

白衣を纏い、仮面の様な無表情の男。


「うむ... 異能力の発動と、精神的連帯の急速な発展...か

……非常に興味深い...」


だが——背後から、

そっと静かに、

しかし容赦なく伸びる、白魚の様な指、

蒼く輝く鱗の生えた、両腕。


ガシィッ!!


白衣の男の頭を、がっちりホールド。


「——うぐっ……!?」


強制的に振り向かされる。

そこにあったのは。


湾曲した角、青く大きな翼、滑らかな鱗、

そして——

無表情でこちらを見つめる、紅い瞳の、

美しい顔だった。


「邪魔するなアジュール!これは特殊状況下における試験体の貴重なデータ……

ぐふっ……!」


きゅうぅぅぅぅぅぅうっっ。


アジュールが、するりと首に回した、

白く、滑らかな腕に力を込める。


観測室中央の大きなモニターには、

ぷかぷか浮かびながら湯の中で笑い合う、

六人の少女の姿。


そして、別のモニターには、

一人締め落とされていく、

白衣の変態の姿が映し出されていた。


静かに、そして、平和に

——月光の夜は、更けていった。



——完

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