第二部 第七章 中編 ―君の翼が、風になる時―
それからの毎日は、ゆっくりと、けれど確かに過ぎていった。
街からの応援の目処が立たず、橋の修理にどれくらいかかるかわからないとの事だった。
飛鳥たちは、村外れにある丘の、泉の横に、
ロメラが街で入手した布と枯れ木で簡素なテントを作り、村人から隠れる様に野営していた。
朝には鳥の声に目覚め、昼には風に羽根を揺らし、夜には焚き火を囲んだ。
子どもたちは、日を追うごとに少しずつ増えた。
最初は数人だった輪が、気がつけば十人近くになっていた。
誰かが飛鳥の羽を描き、誰かがウェーリーの尾鰭を真似て泥で遊ぶ。
彼らは、もう怖がらなかった。
飛鳥の歌は、すっかり村の子どもたちの中に馴染み、
ロメラのギターは「おねえちゃんのうたのおとも」として親しまれ、
ウェーリーは、無言のまま泉に座っているだけで、女の子たちの憧れの的になった。
風の強い日には、崖の上で羽ばたきの真似をし、
雨の日には、木陰に身を寄せて、泥んこになりながらも遊びは絶えなかった。
「お姉ちゃん、翼があるよね!やっぱりお空飛べるの?」
「見せて見せてー!」
「……まだ、一回しか飛んだこと、ないんだ。
そのときも、風に煽られて浮かんだだけで、
自分から羽ばたいて飛んだ事ない...」
「えーっ!?なんでー?」
「もったいない!」
そんな会話が、冗談混じりに繰り返されるようになった頃——
飛鳥の中で、なにかがふと動き始めた。
(……ほんとに、飛べたら)
この体に、生まれたときからある翼。
金色姫の館。
その近くの丘で、月光に照らされながらフワリと滑空した記憶を思い出す。
結局、いままで翼を飛ぶために使ったのは、その時だけ。
それは、自分のためというより、誰かの期待に応えたくなるような——
そんな、ごく当たり前な「挑戦したくなる気持ち」だった。
だから、飛鳥は、毎日少しずつ、翼の動かし方を確かめていった。
翼の角度。
風の読み方。
地面を蹴るタイミング。
失敗して転がったり、羽が枝にひっかかったり。
それでも、子どもたちは笑って「また明日な!」と声をかけてくれた。
***
そして——
夜明け。
十日と数日程経った日の朝。
まだ薄青い空のもと、丘には冷たい朝露が残っていた。
焚き火はすっかり消え、灰だけが白く残っている。
飛鳥は翼をたたみながら、時おり谷の方を振り返った。
「あの子たち、今日も来るよね……」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟いたその声は、風に乗って消えていった。
けれど、その顔には、初めてこの丘に立った日のような不安はもうなかった。
あのときから、少しだけ——いや、確かに、自分は変わった気がしていた。
「……今日こそ、少しは飛べるかな」
小さくつぶやいたその声に、誰も返事をしない。
でも、すぐそばの泉では、ウェーリーが朝の水を撫でていた。
尾鰭が静かに揺れ、波紋がいくつも広がっていく。
ロメラはと言えば、少し離れた岩の上でギターの弦を調整している。
その姿勢はいつも通り気だるげだ。
飛鳥が谷向こうの村に向けていた視線を落としかけた、そのとき——
「ねぇ...」
背後から声がした。
振り返ると、ニコニコと満面の笑みで立っていたのは、いつもの子どもたちのひとり。
「……君は」
そこには、いつもよりも少し距離を取って、少年が立っていた。
柔らかな髪、褐色の肌、額にはバンダナ。けれど、姿のどこかが、まるで影が薄くなるように“揺れて”見える。
「あれ?君、名前は……確か...」
飛鳥がたずねると、少年はにっこりと笑った。
「ボク? うーん、名前は……マハ、って呼ばれてた気がする」
なんとなく、歯切れの悪い言い方だった。
「マハ……」
飛鳥が名を繰り返すと、マハは首を少しだけ傾げて見せる。
岩の上でギターの音がふと止む。
ロメラがこちらをちらりと見やる。口元に、お捻りの一つとして貰った煙草を、火をつけずに咥えたまま黙って様子を伺っている。
(……あのBoyか。何か、気になってたんだよな)
「ボク、今日は案内したい場所があるんだ。見せたいものがあるんだよね。ついてくるかい?」
ニコリと笑うその顔には、悪意などまるで感じない。
けれど、少年には似つかわしくない、大人びた口調だった。
飛鳥はほんの一瞬だけ迷い——それでも、ゆっくりと頷いた。
「……うん...いいよ、行きたいな」
***
小道は、朝露に濡れてしっとりとしていた。
マハを先頭に、飛鳥と子どもたちが連なって歩いていく。
ロメラは少し後方を、ゆるくついてくる。
谷を離れ、斜面を登る細い獣道のような道——
岩肌と草の間を縫うように延びるその先に、マハは迷いなく歩を進めていた。
「この先に、ちょっとした崖があるんだ。オレたち、よくそこまで行って遊ぶんだ」
飛鳥の隣で、男の子が言う。
それに続いた女の子が、飛鳥の隣でにこっと笑った。
「すごいの! 風がすごくて、みんなで羽ばたくマネしてるの!」
「お姉ちゃんいっつも練習してるから、きっといちばん遠くまで飛べるよね!」
「えっ……えへへ……そ、そんなことないと思うけど……」
飛鳥は照れたように笑った。
けれど——胸の奥の何かが、ほのかに熱くなるのを感じていた。
(……今日こそ、ちゃんと飛べるかな、わたし)
「ハッチー。無理はすんなよ?」
後ろから聞こえたロメラの声に、飛鳥は振り返った。
「うん……でも、ちょっと、やってみたいなって、思ってる」
「……へへっ。そいつぁ上等だ」
ロメラはいたずらっぽく笑って、ギターケースを軽く叩いた。
風が、山肌を登ってくる。
草が揺れるたび、飛鳥の羽も微かに震えた。
子どもたちは、もう先に駆け出している。
マハも、振り返らずに歩いていた——けれど何故か、こっちをじっとみている様な気がする。
——しばらく進むと、
やがて、道が開けた。
草原の中腹。岩場がせり出したような、小高い崖の上だった。
そこからは谷間の向こうに森の広がりが見え、風が吹き上げてくるのが分かる。
押し返すような勢いのある風だ。
「...連れて来たかったのは、ここさ」
マハが軽快に振り返り、笑顔を崩さず飛鳥たちに伝えた。
その後ろには、女の子の他に、少し年上の男の子や双子らしいきゃしゃな子たちもいた。みんな笑っている。息を弾ませながら、好き勝手に走り回りはじめた。
「わー!今日、めっちゃ風つよーい!」
「飛ぶぞ飛ぶぞ!こっち来いってばー!」
「マハー!落ちんなよー!」
「わかってるってばー!」
子どもたちは崖の縁に並び、両腕を広げて、風に向かって身体を預けている。
まるで本当に、空を飛ぶように。
(……風に乗るって、こういう感じなんだ)
飛鳥は、ふいに思った。
ロメラは岩陰に腰を下ろし、持ってきたスナックを頬張りながら、その様子を見ていた。
風に吹かれてふわふわとなびく紫色の髪の毛を掻き上げ、ちらりと飛鳥を見る。
「ハッチー、行かなくていいのか?」
「うん……ちょっと、見てから」
飛鳥は、子どもたちの輪の少し外に立っていた。
「……なんか、楽しそうだね」
ぽつりと呟いた声は、風にかき消された。
マハがひょいと崖を飛び下りるふりをして、すぐに後ろへ着地する。
「おーい、見てた!?今の、ちょっと浮いたっしょ!」
「浮いてない浮いてない!」
「ぜんぜん浮いてないー!」
飛鳥の頬が緩んだ。
そこに、女の子が気づいたようにこちらに向かって手を振ってきた。
「お姉ちゃんも、いっしょにやろうよ!」
「えっ……わ、わたし……」
飛鳥の言葉が途切れたその時、他の子どもたちも次々に声をかけてくる。
「ねぇ、いつも練習してるから、飛べるでしょ?」
「えー!!本当に飛んじゃうのー!?」
突然の注目に、飛鳥は困ったように顔を伏せた。
羽を少し広げかけて、またたたんでしまう。
「でも……練習してても、まだ飛んだ事なくて...」
そこに、マハがふっと歩み寄る。
「......じゃあ、今日こそ、その日だね?」
——相変わらずの笑顔。
しかし、マハの口調は、子供達と遊んでいたときとは違い、今度も大人びている。
そして、飛鳥をまっすぐ見る目は、なにかを見透かす様な不思議な光が宿っている。
飛鳥の中で、何かがひとつ、かすかに揺れた。
(飛べるのかな……わたし)
——そのとき、風が鳴った。
笑い声の中で——一人、崖の縁に立っていた少女の足元の石が、ぐらりと崩れた。
「……あ」
それだけの声を残して、少女の身体がふわりと傾いた。
「うわっ!」
子どもたちの悲鳴。
それと同時に、ロメラが地面を蹴る。
ギターを肩にかけたまま、まっすぐ駆け出していた。
ウェーリーの姿が揺れる。
尾鰭が跳ねた。
水飛沫とともに、彼女は尾鰭を水鞭へと変化させ、崖へと伸ばす。
——けれど、遠い。
間に合わない。
誰の足でも、水でも、届かない。
「——っ!!」
飛鳥が、一瞬で駆け出した。
崖へと向かって落ちていく小さな影。
飛鳥の目に、その輪郭がくっきりと焼きついた。
(間に合わなきゃ——)
地面を蹴る。
翼を高く振り上げる。
羽根が、大きく開いた。
——そして、風を裂いた。
風圧が舞い上がる。
それは、音のない閃光のような動きだった。
(絶対に、間に合わせるんだ——!)
青緑の羽が、空気をつかむ。
あの月下の丘で、微かに感じた感覚。
——それはきっと、この体に刻まれていた記憶。
今、確かに、それをはっきり思い出した。
それは、跳躍でも、滑空でもない。
——小さな飛鳥が、大きな風を捉えて、いま、飛翔する。
「——つかまえた!」
少女の腕を、飛鳥の鳥の足がしっかりと掴んだ。
衝撃で翼が軋む。
でも、離さない。
離せるわけがなかった。
風が身体を持ち上げる。
崖の下に落ちるはずだった少女は、空の中で包まれていた。
見上げる少女の目に、涙がにじむ。
「……ありがとう」
その声を聞いて、飛鳥の翼が、もう一度だけ、大きく羽ばたいた。
ロメラは、崖の縁に立ちすくんだまま、その姿を見上げた。
「……飛んだ……?
は、ははっ!!That B freaking wild!!(こいつぁ、すげえや!!)」
彼女は、飛翔する飛鳥を見つめながら、軽快に笑った。
その隣では、ウェーリーが、その大きな瞳を、さらに大きく丸くして、茫然と飛鳥を見つめている。
やがて風はおさまり、飛鳥は少女をそっと地面に降ろしたあと、自らも静かに地面に降り立った。
「飛んだ……」
「ほんとに、飛んだんだ……!」
子どもたちの声が、風に乗って響いた。
ロメラは崖の淵から離れ、少し飛鳥に近づくと、
ギターを背負ったまま、立ち尽くす。
「スゲェじゃねぇか、リンド。見事だったぜ!」
飛鳥が振り返る。
ロメラの顔が、どこか誇らしげに綻んでいた。
「リンド……?」
「もう、Hatching(孵ったばかりの雛鳥)なんて呼べなくなっちまっただろ?」
「だから、-Little Wind(小さな風)-。オレらの旅に吹き込んだ、いっちばん最初の風だ」
飛鳥——いや、リンドは、戸惑いながらも、静かに微笑んだ。
「すっげぇ!ほんとに飛んだ……!」
「おねえちゃん、やっぱり鳥だったの!? いや、天使かも……!」
「見た!?見た!? 翼が、ばさって!」
興奮冷めやらぬ子どもたちが、リンドの周りに群がった。
さっきまで静かだった丘が、一転して小さな祭りのようににぎやかになる。
「ヒューヒュー!」
「カッコよかったー!もう一回飛んで!!」
子どもたちは、まるで伝説の英雄でも見たかのような目で、彼女を見つめていた。
飛鳥は戸惑いながらも、少しだけ笑った。
こんな風に人から慕われるのは、初めてかもしれない。
「……あたし、別に、すごいわけじゃないんだけど……」
「すごいよっ!」
さっき助けた少女が、まっすぐな目で言った。
「落ちたとき、本当に怖かった。でも……飛鳥おねえちゃんが、来てくれたから……」
そっと翼を握られる。その小さな温もりに、胸がふっと熱くなる。
(あたし……)
(誰かの役に立てたんだ)
(“異形”でも、“あたし”のままで――)
「この羽、さわっていい?」
「う、うん……」
ためらいがちに応じた飛鳥に、女の子がぱっと笑う。
次の瞬間、翼の端を掴むと、ぎゅっと力強く引っ張った。
——その感覚に、ふと。
飛鳥の頭の奥で、なにかが“ほどけた”。
(……あれ……?)
誰かに手を引かれていた。
ずっと昔のこと。幼い女の子の自分
手その手を、誰かがしっかりと握っていた。
夕方だった。あたたかくて、少しだけ寂しい風が吹いていた。自分の手を引き横を歩くその人は、大きな男の人——
(……でも、そんな記憶、あるはずないのに)
ノーニャは言っていた。
“飛鳥が人間だったことなんて、最初からなかった”って。
あの日も——
歌を歌い終わって、子どもたちと輪になっていた時。
あのとき、なぜかひどく懐かしい気持ちになった。
この感覚も、その続きのようだった。
ほんのりと、違和感が浮かび上がる。
けれどそのとき、ひとりの男の子が飛鳥の翼をばさばさと真似して駆け回りながら叫んだ。
「次はボクの番だよー!ボクも羽触りたいっ」
子どもたちの笑顔と歓声が、その違和感をそっと塗り替える。
飛鳥は、何も言わず、小さく笑って頷いた。
そんな飛鳥の様子を、少し離れた場所でロメラとウェーリーが見守っていた。
***
橋を修理する話が出たのは、それから数日後のことだった。
村と丘を結ぶ谷間にかかる木橋。
それが崩れて久しく、大人たちは「もう使えない」と言っていた。
あのとき命を救われた女の子が言い出した。
「でも……飛鳥お姉ちゃん、飛べるよね?」
その声に、子どもたちが色めき立った。
「そうだよ!あの橋なんて、飛んでロープ渡せばすぐじゃん!」
「飛鳥おねえちゃん、ヒーローだもん!」
その日、子どもたちは、飛鳥とウェーリーの手を引くようにして村へ連れてきた。
飛鳥は恥ずかしそうに羽根をすぼめ、ウェーリーは尾鰭を引きずるようにしながら静かに歩いていた。
広場に現れたその姿に、大人たちは驚く。
「……なんだあの子……腕が、翼……?」
「後ろの……あれ、人魚か? 足が……ない……?」
視線が集まり、ひそひそと声が飛び交う。子どもたちがいつもとは違う顔で飛鳥たちの前に立ち、何かを訴えるように睨み返していた。
「あの子たち……助けてくれたんだよ」
「飛鳥お姉ちゃんが、崖から落ちた私を飛んで助けてくれたの!」
大人たちは戸惑い、言葉を失ったまま、その異形の少女たちを見つめていた。
異形の飛鳥達に奇異の目を向け、「あんな得体の知れないモンに頼るなんて...」と陰口を囁く者も居た。
けれど、子どもたちの熱意に押され、やがてその目が変わっていった。
「……たしかに、あの子を掴んで飛んだって翼なら……」
「いっつも広場に来てたギターの姉ちゃん、力持ちらしいし」
「それに、あの魚みたいな子、なんだあれ、水で動かしてるのか……?」
その日の午後。
飛鳥は勇気を振り絞って、谷間に張ったロープを握りしめ、翼を広げた。
風を読んで、一気に滑空しながら向こう岸へとロープを渡す。
次いで、ロメラが丸太を運び上げ、力任せに削って整える。
ウェーリーは尾鰭を水鞭に変え、柱を支え、繊細な部分を自在に巻いて締める。
まるで見慣れたコンビネーションのように、彼女たちは動いた。
「……すごい」
「ほんとに、人間じゃないんだな……」
だがその声には、もはや畏れではなく、敬意が混ざっていた。
————そこから、橋の修理が終わるまで更に十日ほどが過ぎる。
ロメラは、村での興行をきっかけに、すでに若者たちの間で人気者になっていた。
「あのギター?とか言う楽器、マジでクレイジーなサウンドなんだって」
「あの歌、ハスキーな声がチルいんだよな」
——ロメラ語も人気だ。
それが“表のファン”たち。ロメラの音楽とパフォーマンスに心酔し、憧れを抱く純粋な追っかけたちである。
だが、それとは別に——“裏のファン”も存在していた。
ロメラのジャケットは打ち合わせもせず、ラフに引っかけているだけ。
その隙間から覗くチューブトップの黒が、否応なく視線を引きつける。
演奏中、リズムに合わせて揺れるその中身は、明らかに柔らかそうで——
「……あのジャケットの下、ずっとあのチューブトップだけなのか……?」
「オレ、チューブになりてぇ……」
「おい、見たか? あのギター構えるとき、前かがみになんだよな……あれ反則だろ……」
「ギターを持ち替える時、腰もヘソも見えてた……あれで死ねる……」
演奏そっちのけで“ロメラの腰から肩まで”を凝視し、脳内ライブを繰り広げている猛者までいた。
————
飛鳥は、小さな女の子たちからはすっかり“歌のお姉ちゃん”として慕われていた。
「今日も歌って!」「羽根、さわってもいい?」
ちいさな手が翼に伸び、笑顔がくっついてくるたび、飛鳥は照れながらも優しく応えていた。
一方で、年上の女性たちからは、何故かストールやお菓子や手編みの手袋が次々と差し入れらる。
飛鳥は「……あ、ありがと……」と戸惑いつつ、律儀にすべて受け取っていた。
細くて小柄で、いつも少し心細げな笑顔を浮かべている飛鳥は、彼女たちの“庇護欲スイッチ”を盛大に押してしまったらしい。
そして——中には。
「ああ、あの翼ごと華奢な身体を抱きしめたい……ううん、だめだめ、でも……でも……」
と、片想い百合モードに突入してしまった娘もいたという。
ロメラはそんな彼女たちを見て、肩をすくめながら一言。
「リンドの奴、完全に“姫ポジ”だな。自覚ねーのがまた厄介だ」
————
男たちは……というと、ウェーリーの水辺での佇まいにやられていた。
「なんかこう、見てると……拝みたくなるやつ……」
「……特にあの、胸……すごない? こう……なんか、こう……神話級……」
「あれ、誰かが触ったら、村に天罰下る系じゃねぇ...?」
ウェーリーはというと、まったく気にする様子もなく、ただ静かに泉に腰を下ろしていた。
尾鰭をゆらし、濡れた白い肌に夕日を受けて佇むその姿は、完全に“彫像”のようだった。
——そして、時折、胸元がしっとりと水を弾くたび、
男たちの理性が軋んだ音を立てるのだった。
「あ......これ以上眺めてたら、何かが終わる気がする」
「わかる……オレ、帰って母ちゃんのキャベツポテージ飲んでくるわ……」
そんな“敬虔なる撤退”が、ひそかな習慣になっていたという。
————
飛鳥はそんな空気に戸惑いながらも、どこか誇らしげに、翼をたたんで村の風景に溶け込んでいた。
——つづく




