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君は、風に還る。  作者: 矢崎 那央
第二部
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第二部 第六章 後編 ー君のいない風のなかでー

挿絵(By みてみん)


霧の中に、ヴェルの気配が消えていく。

風が、止まったような静けさだった。

誰も、言葉を発せなかった。


飛鳥(あすか)も、ロメラも、ウェーリーも...


そのとき——


「んー、終わりにするにゃ」


霧の森の中に、軽薄な声が響いた。

尻もちをついていたノーニャが、立ち上がる。


「勝ちでも負けでも、どっちでもいいや。ちょっと遊びすぎたぜぇ~。てへっ」


ロメラが、ギターを背負い直しながら、苛立ちも隠さず吐き捨てる。


「……てめぇ、殺されかけて。ヴェルのあんな姿見といて、まだ“遊び”とか言いやがんのかよ...」


ノーニャは、すこしムッとしてから、目を細める。


「うん、だから終わりさ...。あの娘(こ)...…ヴェルちゃんには、悪い事したと思ってる」


彼女らしからぬ、少し寂しげな声だった。


「まあ、それに。そろそろだしにゃ」


言葉が終わると同時に、周囲の霧が、まるで潮が引くようにゆっくりと後退しはじめ、地面に、小さく光る“道”が現れる。


「この道の先、行けば、次の目的地。

たぶん、アンタらの旅の終わり……ご主人のとこ、だにゃ」


「……ご主人?」


と飛鳥が小さく反応する。


「アンタらを作った男。いや、“オイラたち”かにゃ。

とにかく——その男の居る場所が、この先にある」


“その男”——

飛鳥の中に、ぼんやりとした記憶がよみがえる。


(……白衣を着た人。前に夢で見た。たぶん、あの人……)


確信があった。説明できない、けれど確かな予感。


ロメラが一歩前に出て、ノーニャに視線を向ける。


「Hey. Kitty(子猫ちゃん)。いろいろ聞きてーことも、文句言いてぇことも山ほどあるが……

まず、目的はなんだ? なんでオレたちの行き先を知ってる?」


ノーニャは尻尾をくるりと回して、平然と答えた。


「ココ姉に頼まれてたからさ」


そして、口元に指を当てた。


「……やばっ。言っちゃった」


「……え?」


飛鳥が小さく呟く。


「ココ姉?って……九重のこと?」


ノーニャは悪びれもせず、続ける。


「“飛鳥たちを導いてくれ”って、ココ姉に言われてたんだよ」


「Huh?——ふざけた鬼ごっこが、あいつの差金ってか?」


ロメラの目が細くなる。


「ち、ちがうってば。別に指図されてたわけじゃないもん。

……最近ココ姉が、飛鳥(あすか)飛鳥ばっかり言うから、どれほどのもんなのか、試してやったってだけにゃ!」


ロメラは呆れたように、少しの苛立ちを込めて吐き捨てる。


「……要は、嫉妬かよ」


ノーニャは「ふんっ」とそっぽを向く。


飛鳥の沈んだ心に、あたたかいものが広がる。


(九重……ちゃんと、私たちのこと...考えてくれてた)


九重が少しだけ、背中を押してくれた気がした。



***



霧が晴れ、やや陰った陽が差し込む森の中。

飛鳥は静かに、ノーニャを見つめた。


「“オイラたち”ってことは……やっぱり、ノーニャ……あなたも?」


彼女は一歩、草を踏みしめながらうなずいた。


「そう、いわゆる“器造型”ってやつにゃ。

獣を素体に、人間みたいな自我を作り出す——ファミリア系の試験体さ」


「……わたしたちのことや、わたしたちを造ったっていう人のこと……どれくらい知ってるの?」


ノーニャは少しだけ視線を逸らして、ポケットの中の石を転がすように答えた。


「もうココ姉や金色姫(こんじきひめ)に、だいたい聞いたんだろ?

それ以上のことは、そんなにねーよ。

——いや、一つあるにゃ......ココ姉も知らないこと...」


しばし間を置いて、ノーニャは言った。


「飛鳥、アンタは......」


彼女は、しっかりと飛鳥の名を呼んだ。


「アンタは、人間にはなれない。

……ココ姉は、まだアンタが人間になる方法を探してるみたいだけど——そんなの、無いよ」


飛鳥は小さく目を閉じて、そして、静かに微笑んだ。


「うん……なんとなく、感じてた。

ううん...ずっと、心のどこかでわかってた。

だから……もうそのことは、いいの」


ロメラが、思わず「ハッチー……」と声を漏らした。


飛鳥の心にあるのは、いままで出会った異形の娘(むすめ)たちの事。

異形のまま、それぞれ生きる姿。

強く、儚げに、懸命に、純粋に、美しく..."在(あ)る"貌(かたち)。


そして、月下の飛翔で、確かに芽生えた気持ち。


飛鳥はふわりと微笑んで、ノーニャの方を見た。


「……ノーニャ。ありがとう」


その言葉に、ノーニャは目をぱちぱち瞬かせて——


「べ、別にあんたのためにやったわけじゃないにゃ!!」


と、顔をぷいっとそらした。


ロメラはあきれたように息を吐き、


「ハッチー、こいつはこういうヤツだ。礼なんて言うとつけあがるぜ」


「うるせー!おっぱいないヤツに言われたくないにゃ!」


「んだと!?このWhiskers(ねこヒゲヅラ)!!」


二人の小競り合いを横目に、

飛鳥は気持ちの整理を進める。


「......ノーニャ、あたしのこと、もう少し教えて?」


「まぁ、オイラもそんなには知らにゃい。

アンタ——飛鳥は、[融合型]。

[器造型]でも[改霊型]でも、どちらでもない、言わば発展系」


「——発展系...」

飛鳥は呟いた。


「器としては、オイラに一番近い。

既存の動物の体を元に、魂を受け取る器を造る。

そして、その魂をフレームにした"檻"に、精霊を閉じ込めて自我を造る。


だから、飛鳥の体は元々"鳥"。

魂は檻に閉じ込められた"精霊"。


どっちに転んでも——人間にはなれない...…

これが、アンタの"旅物語り"の結末さ」


飛鳥は、ノーニャから再び放たれた言葉を受けて、

少しだけ翼に力を込めた。


「ココ姉たち[改霊型]みたいに、特殊な条件でしか成立しない存在ではなく。

オイラたち[器造型]みたいに、上手く精霊を受け入れる魂を作れなかった存在でもなく。

再現性ある形で精霊に自我を与えた、"唯一の成功例"

——ご主人はそう言ってたにゃ」


飛鳥はゆっくりと理解を深めるようにうなずいた。


「……だから、あたしは……あそこに閉じ込められてたんだね」


ノーニャは「まぁね」とだけ、あっさり返す。


「詳しいことは、ご主人に聞きな。本人はきっと、しゃべりたくてウズウズしてるぜ。

"物語りのラスボス"ってヤツは、まあ、だいたいそういうモンだにゃ」


光る小道の先には、森の出口。


その先へと、足を踏み出す準備が——ようやく、できた気がした。



***



ノーニャと別れた後、小道に沿って進む。

草原の岩陰、

誰も言葉を発さないまま、夜の帳がすっかり落ちていた。


ぽつりと灯った焚き火の赤だけが、まだ残された三人の存在を、ほのかに照らしている。


飛鳥は、小さく膝を抱えて座っていた。

広げた翼は、まるで風を失った帆のように力なく、肩から垂れている。


向かいには、ロメラが無言でギターを撫でていた。

弦は鳴らさず、ただその指が静かに板をなぞるだけ。

それは、沈黙の中で言葉の代わりを探すような仕草だった。


「……」


ウェーリーは、火の側に身を寄せ、尾鰭でそっと地面を撫でている。

“だいじょうぶ?”とでも語りかけるような、その繊細な動き。


けれど、飛鳥はそれに応えられずにいた。


「……わたし、何もできなかった……」


かすれるような声で、ようやく飛鳥がつぶやく。


「守ってあげたいって、思ったのに……

あのときも、ヴェルちゃん、わたしのこと……ずっと見てたのに……」


ふるふると翼が震える。


「どうしたらよかったのか、わからなくて……」


その肩に、何かがふわりと触れる。


ウェーリーの尾鰭だった。

やさしく、背中に触れている。


「アクウェリーナ……」


飛鳥が顔を上げると、その向こうに、ロメラがいた。


ギターを抱えたまま、火越しに目を細めている。


「……さみしかったよな」


ロメラは、ぽつりと呟いた。


「オレもさ。あの時、GGが、泣きそうな顔して、そっぽ向いた時さ。……本当は、引き留めるべきだった」


火がぱちりと弾ける。


ロメラは、ゆっくりと立ち上がって、飛鳥の隣に腰を下ろす。


「でも、わかるんだよ。……あいつも怖かったんだろ。壊れそうな自分を見られるの」


「……うん……」


飛鳥が、うつむいたまま、静かに頷く。


「本当は、離れたくて離れたんじゃない。……でも、どうしていいか、わからなくて」


「……うん。うん、そう…だよね……」


そっと、ロメラが翼に手を添えた。

いつもより、ずっと静かな動きだった。


「……だったら、オレたちがやることは、一個しかねぇだろ」


飛鳥は、ロメラをじっと見つめる。

ロメラは、続けた。


「GGは...ヴェルは...。……きっと帰ってくる。

オレたちが重ねた日々は...隣り合って笑い合った瞬間は、アイツにとって、すぐ捨てちまえるような、軽いモンじゃない。

——絶対にそうじゃない」


ロメラは、にっと笑った。


「だから、ーWe’re keepin’ her seat warmー

信じて待ってる!」


飛鳥の目に、ようやく涙以外の光が戻る。


ウェーリーが、そのタイミングで、ぴょんと尾鰭を跳ねさせる。しっぽ語の「そうだよ」——


「……うんっ」


飛鳥は、顔を上げた。


小さな声だったけれど、その言葉には、ちゃんと力が宿っていた。


「行こう……三人で。……ヴェルちゃんに、また会うために」


「まっ、どっちにしろ、オレらはここで野営だな。

ーLack of sleep is the cousin of death.ーだ!

...いや、まあオレはもう死んでんだけど」


星ひとつない空の下。

それでも、三人の少女は顔を上げていた。


その胸の奥に、それぞれの灯りを抱きながら。



そして——


道の先、岩陰にうずくまり、膝を抱えるように座る、小さな影があった。


風が運ぶ次なる出会いは——


世界を見透かす、第三の眼。


ゆっくりと顔を上げる。明るい笑み。

口元には、飄々とした仮面。


「……次は、ボクの番、かな?」


どこか楽しげな呟きが、草原に落ちた。



——つづく

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