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君は、風に還る。  作者: 矢崎 那央
第二部
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第二部 閑話2 ―霧の中の追想―

挿絵(By みてみん)


静かな森の中を、私たちは歩いていた。

霧が、低く、地を這うように漂っている。


私は、胸の奥で、そっと息を吐く。


——いろんなことが、あった。


——私は、小さな檻の中で目覚めた。

何も知らず、何も覚えていないまま。


ただ、檻の中で、私は息をしていた。

そして、気付いた。


自分の奇妙な身体に。

人とは違う、この翼に、この足に。

何よりも、自分自身に——怖れを感じた。


——私は、九重(ここのえ)に出会った。

私は、彼女に助けられて「自由」を知った。

そして、——「飛鳥(あすか)」

私の名前を貰った。


空気の匂い。

風の感触。

世界の広さ。


それは眩しく、

けれど同時に、怖かった。


——私は、狩人たちに、化け物として追われた。


ああ、

私は、いてはいけない存在なんだと。


強く、強く、心に刻まれた。


——私は、孤独だった。

だから街へ向かった。


誰かと、笑い合うことが、

誰かと、並んで歩くことが、憧れだった。


街はとても賑やかで、眩しくて、

もしも、ここに私の居場所があったなら、と夢想した。


——私は、ティロに出会った。

 

無邪気な少年。

恐れず、偏見も持たず、

ありのままの私を「綺麗だ」と言ってくれた。


「私の居場所はここだったんだ」と思った。

忘れ得ぬ瞬間を重ねた。

この瞬間よ、永遠となれと、心から願った。


けれど——


——私は、異形へ向けられる恐怖と、憎しみと、不安を知った。

 

それは、そこに合って当然で、それが正義で、

やっぱり、私こそが、間違った存在なんだと思った。


——私は、悲しい別れがある事を知った。

 

私が、私のままで何かを望むこと自体が、傲慢な事なんだと思った。

 

——私は、それと同時に旅の目的も得た。


(私は、私が何者なのかを知りたい。)

(そして、できるなら——人間になりたい。)


それが、私の旅の始まりだった。



***



——私は、ロメラに出会った。

異形でも、強く、自由に、生きている存在。


彼女に触れて、

異形でも、"在る"ことはできるんだ。

と知った。

 

——私は、フィロレーナに出会った。

優しくて、どこか危うくて、

けれど確かに生命を抱えていた少女。


彼女との語らいは、

何かの為に生まれたとしても、

自分の為に生きて良いんだと教えてくれた。


——私は、ヴェルミアに出会った。

無邪気で、危うくて、

だけど一生懸命に、誰かと繋がろうとする子。


彼女と共に歩く事を選び、

例え、相手を理解できなくても、怖くても、

受け入れる事はできるんだと思った。


——私は、アクウェリーナに出会った。

言葉を持たない彼女は、

それでも豊かに、まっすぐに、心を伝えてきた。


その無垢な在り方に、

言葉を交わさなくても、

心を交わせることが出来ると知った。


——私は、金色姫に出会った。

異形のまま、美しく、誇り高く在る姿。


その美しさと気高さに憧れ、

どんな姿であっても、

愛されても良いんだと知った。


——私は、月下の丘で、初めて飛んだ。

 

それはあまりにも当然の事の様で、この翼も、この身体も、ちゃんと私のものだったんだと思った。


私は——自分の姿を、少しだけ、怖れなくなった。


だから今、私は進む。


私の正体を知るために。

私の生まれた意味を掴むために。


この旅路の先に、

答えがあると信じて——



***



「——チー.... なあ、ハッチー!」


——そのとき、ロメラの、気だるげな声が私の思索を遮った。


私は、くるりと振り返って言った。


「どうしたの?ロメラ」


ロメラは、手をポケットに突っ込んだまま、

不満げに眉をひそめている。


「んで、次の場所ってのは、どんな所で、どんな奴が居んだ?」


…………


……え?


私は、きょとんと瞬きした。


「次の行き先って……ロメラが知ってるんじゃなかったの?」


ロメラも目をぱちぱちさせ——

次の瞬間、盛大に顔をしかめた。


「はぁ!?

オレは、ハッチーが自信満々に歩き出したから、てっきり行き先知ってんのかと思って着いてってるだけで...」


私は、ばたばたと手...いや翼を振った。


「え、えええ!?

あたし、ただ、なんとなく考え事しながら歩いてただけで……!」


——しばしの静寂。


「……い、急いで金色姫さんの所に戻ろう!」


私は、今来た方向に目を向ける。

しかし、時すでに遅し。

先程までは、低く地を這っていた霧が森全体を包み、

どちらが右で、どちらが左かも、わからなくなってしまっていた。


ウェーリーは、尾鰭を細かくフルフルと揺らし(しっぽ語の不安)

あたりをきょろきょろと見回している。


ヴェルは、ぽかんとした顔で、くるくると同じ場所を回り始めた。


——沈黙。


私たちは、顔を見合わせた。


「……なあ、ハッチー……」


ロメラが、天を仰ぎながら、力無く私に声を掛ける。

 

「うん……ロメラ……」

 

私もそれに、力無く答えた。


「つまりよ……

We ain't nothin' but a buncha ...(要は、俺たちは...)」


誰も、次の行き先を知らない。


帰り道もわからない。


——つまり。


「……ただの迷子じゃねーかぁ!!!!」


 

空へ向かって放たれた、ロメラの絶叫が、

霧の中にむなしく響き渡った。


そして——


霧の中。

大樹の枝に寝転がり、不気味に揺れる影。


それが、ふわりと耳と尻尾を揺らしていた。

 

それは、気まぐれな、迷宮の主の影。

 

飛鳥たちの、次の試練が、

静かに幕を開けようとしていた。



——つづく

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