第二部 閑話1 -いちゃいちゃ百合、修羅場日和-
——ある晴れた午後。
木漏れ日の下、飛鳥は草の上に座っていた。
翼をたたみ、脚を折りたたみ、まるで鳥が羽を休めるような自然な姿勢で、ぽかぽかとした陽気に身を任せている。
その横には、何食わぬ顔でぴたりと寄り添う影——アクウェリーナがいた。
尾鰭は静かに地面を撫で、なめらかな曲線を描きながら、時折「ぴとっ」と飛鳥の腕に優しく触れてくる。
「アクウェリーナ、なんか今日、やけに近くない?」
飛鳥が少し照れたように囁くと、ウェーリーは何も答えず、そっと体を寄せる。
目を閉じたその頬は、どこかほんのりと紅を差したようだった。
そんなふたりの様子を、少し離れた茂みの陰からじっと見つめる影があった。
「…………」
——ヴェルミアである。
八つの目のうち、四つは飛鳥を、残りの四つはウェーリーを。
ヴェルミアは、全視線をフル稼働でガン見していた。
蜘蛛脚が一本、ぽす、ぽすと地面を叩く。
リズムを刻むたびに、静かに怒りゲージが上昇していく。
(……近い。近すぎる。飛鳥ちゃんの体温、きっともう感じてる……)
(——それ、ヴェルの特等席、なのに)
ぐるるる、と蜘蛛脚が低くうなるように振動する。
「……いまのうち……」
もそっ。
ヴェルはそっと茂みから這い出すと、目立たぬように回り込み——
「……飛鳥ちゃん」
「ふえっ、ヴェルちゃん?」
ぴとっ。
蜘蛛脚が一瞬で飛鳥の反対側に回り込み、ぴたりと密着。
「……こっち、あいてたから……ヴェルも、いっしょ、したい……」
「う、うん……」
「あ……さっきの、ウェーリーちゃんのしっぽ……
やっぱり、飛鳥ちゃんのほっぺに、くっついてたね……ふぅん……」
「え?、そんなに気にしなくても...」
「……ヴェルも……くっつく、ね……?」
ぎゅうっ。
遠慮など微塵もなく、小さな胸が飛鳥の腕にむにっと押しつけられる。
いや、むしろ全身を使って包み込むように、胸、腹、脚までがぴったりと密着してきた。
「ええ!?ヴェルちゃん、近いっ。近いよっ!」
「飛鳥ちゃん、今ちょっと顔、赤い……かわいい……」
その横で、ウェーリーの尾鰭がぴくりと反応する。
……くいっ、っと尾鰭をひねる。
「……"邪魔するな"...だなんて..……やる気?」
尾鰭が、ふるるんと跳ねた。対して、ヴェルの蜘蛛脚も、ぐいっと前に出る。
飛鳥の両脇で、異形の少女たちによる——言葉なき“バチバチ合戦”が始まった。
ふるん(尾鰭がほっぺを撫でる)
ぐい(蜘蛛脚が翼を取る)
ぴと(尾鰭が肩に巻きつく)
ぎゅっ(ドレスごと抱きつく)
「ま、まって、ちょ、ちょっと、ほんとに、どっちも——」
「ひゃっ……!?」
ウェーリーが、いつの間にか腕を、飛鳥の腰をそっと回し、ヴェルから奪う様に、強引に胸元へと引き寄せた。
「わっ、ちょっと、アクウェリーナ!?」
ふわり——頬にあたる、しっとりとした柔らかな感触。
モデル級の美乳が、水精の体温で飛鳥の顔を包み込む。
「ん……」
ウェーリーは無言のまま、尾鰭をふりふり。ご機嫌は絶好調らしい。
「っ、な、なんか……やわらかくて……いい匂い……?」
そのまま頬ずりでもするように、飛鳥をホールド。あまりにも官能的な密着に、飛鳥の理性は限界寸前——
——バチィッ、と音が鳴った(気がした)。
「"飛鳥ちゃんに名前をつけてもらった私の方が、絆が深い"……
だなんて、許せない……!」
八つの瞳がギラリと光り、蜘蛛脚が不穏にカシャリと音を立てた。
そして、飛鳥に向かって襲いかかるように抱きついた!
細い腕と六本の脚が、飛鳥の脇、太もも、首筋にぴったりと絡みつく——
「んにゃぁっ!?」
ウェーリーが、更にずいっと飛鳥に胸を押し付け、顎を上げて尾鰭をフリフリ
「"オマエには、こんな柔らかいの無いだろ?"...って...そんな事言うなら、ヴェルにはウェーリーちゃんに無い脚があるもん!」
ツヤツヤとした六本の脚で、飛鳥の太ももの間、脇、お尻、全身を撫でる様にゆっくり擦り付ける。
「ヴェルちゃん!...やめてっ...。
へ、へんな所当たってる......か、らぁっ...」
飛鳥は頬を赤く染め、息も絶え々に懇願する。
「"それは反則でしょ"って?...じゃあウェーリーちゃんも脚生やしたら良い...フフンッ...」
「GGのやつ、よく尻尾語のそんな細かいニュアンス読み取れるな……」
ロメラが呆れたようにぽつり。
「一番しっぽ語わかってんの、アイツじゃねぇか?」
ちいさなちっぱいが、更に飛鳥の顔に押しつけられる。
しっとりと潤いのある尾鰭が、飛鳥の翼を撫でる。
左頬は華奢で儚げ、右頬は艶やかで柔らかい。
太もも脇腹はツヤツヤのソフトタッチ。
翼はひんやり、舐められている様なねっとりした感触。
四つの全く異なる感触が、同時に飛鳥の世界を包み込んでいく。
「え、えっ!? ど、どうしたらいいの、これっ」
そこに、ギターを片手に、ロメラが割り込んできた。
「ちょっと待てよハッチー。オレと心を重ねたあの夜を……忘れたとは言わせねーぜ?」
「墓場のステージで、オレと歌ったあの夜!音を重ねた仲じゃねぇか!」
「いや、あれは……そういうのじゃなくて!」
そして——
「おやおや、賑やかどすなぁ……でも、よう考えてみなはれ?」
九重が、どこからともなく優雅に現れ、扇子をひらりと仰ぐ。
「一番付き合いが長いのはウチどすえ?“飛鳥”という名前を授けたのも……このウチでおすえ?」
「そ、それは、うん……だけど……!」
四方から迫る少女たち。
「せやなぁ、これは決めるべき時が来ましたえ?」
「ハッチー、お前は誰を選ぶんだ?」
「飛鳥ちゃん……選んで……!」
「だ、だめっ……みんな、ちがくて……その……!」
ぐるりと囲まれた中心で、飛鳥が小さく叫ぶ。
「……わ、わたしには……こころに決めた人が……!」
「なんだと?」
全員の動きが、ぴたりと止まる。
「…………誰だそいつはぁッ!?」
「標本にしてやる……」
ビッビン!!(尾鰭を高く掲げ、最大級の嫉妬)
「……だ、だめーっ!!」
飛鳥の絶叫が森に響いた刹那、四方を囲んでいた異形美少女たちが一斉に沈黙する。
——ぴとん。
そんな中、ウェーリーの尾鰭だけが「なでなで」と背をさするように動いた。
しっぽ語で言えば、“落ち着いて”“ここ、安全”の意味。
「……ありがとう、アクウェリーナ。でも、それが火に油って知ってる……?」
案の定。
「ウェーリー、今、完全に“安心ポジション”取ったよな!? オレの役目だろそれ!!」
ロメラがギターを構えて、バチバチに睨みつける。
「……飛鳥ちゃんは、ヴェルのだもん……“てぇてぇの独占”だもん……」
蜘蛛脚を構えたヴェルミア、すでにスタンバイ完了。
「ふふ……この状況でも冷静に対応なさるあの子、ようできた子やわぁ」
九重は口元を扇子で隠しつつ、完全に観戦モードに入った様だ。
そして——
「そもそも、なんで“選ぶ”ってなにっ!!いったい、何の為に誰を選ぶの!?」
飛鳥の涙目の怒号が、全員を凍らせた。
「だ、だって……その……百合の……」
「“ヒロインポジ争奪戦”は、やるもんだろ?」
「ジャンルとしては抗えん法則どすなぁ……」
——女子理論の暴走。
「わ、わたしは戦利品じゃないっ! そ、それに、あの人は…………!」
飛鳥はティロの事を思い出し——つい赤面する
「うわっ!コレ絶対、その男に“なんかされた”後の反応だわ!」
ロメラがわなわなと震え出す。
「飛鳥ちゃん……口、なんか甘い匂いする……」
ヴェルのセンサーが異常反応。
「ちょっ、それは今日のお菓子のせいで——」
「よし!今すぐそのSon of a gun(すけべ男)をここに呼べ!」
「存在の痕跡すべて保存して、ホルマリン漬けにする……」
喉の所で、尾鰭の先をスッと横に(しっぽ語の、"その男は極刑")
飛鳥、無言で後ずさる。
(ダメ!ここに入れたら、ティロくんが命の危機!)
(……ティロくんを、絶対に、この人達には会わせられない!)
飛鳥は、そう、心に固く決意したのだった。
──完




