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君は、風に還る。  作者: 矢崎 那央
第二部
21/57

「わたしは はじめ ただ みず だった」

挿絵(By みてみん)


[0節⸻みずのなか⸻]


なにもない。

ただ、ただ、

ひろい、

みずのなか。


ながれ、めぐり、

とどこおり、またながれる。

ひかりも、かぜも、こえも、なにもない。


“わたし”も、“だれか”も、

さかいめは、ない。


"わたし"も、"いのち"も、

なにも、しらない。



[1節⸻めざめ⸻]


......せまい。

いつのまにか、ここにいた。

ほそながい、しろいもの。

なにかが、ふれる。

その、なにかから、おとがする。


その"ふれる"は、あたたかい。

その"おと"は、きもちいい。


なにかが、ながれこんでくる。



......ここは狭い。

でも、くりかえす波音。

ふれてくる、淡くあたたかいもの。

その、あたたかいものから、きこえてくる音


それが、たまらなく、ほしい。

もっと、ずっと、ふれていたい。



[2節⸻きもちいい⸻]


......かつていた場所とはちがう。

水とはちがう、とうめいな何かにかこまれた、

せまい場所。


きょうも訪れてくれる、"なにか"。

そう、あれは"ひと"。

"ひと"が向けてくれる、"おと"。


それは、たまらなく、やさしい。

そして、きもちいい。



......またある日、青いひかり。

大きな翼、紅い瞳。

"ひと"と似てるけど、少し違う。


それは、手で触れて、撫でて、抱きしめてくれる。

とけてしまいそうな幸福。


[3節⸻わたし⸻]


ふと気づく。


——わたしは、"わたし"だ。


わたしは、

ここにいる。

だんだんと、"境い目"がはっきりし、

身体の形が、できてきた。



また、だれかの手に、ふれた。

これは、"温もり"だと知った。


白い"ひと"。

青い、ひとに似てる綺麗なもの。

今日もわたしを見てくれた。


それだけで、心がいっぱいになる。


……ああ、しあわせ。

そう、これは"幸せ"


だんだんと、わたしは"わたし"が、

はっきりと、わかる様になって来る。



[4節⸻愛される事⸻]


......今日も、狭い。

透明な何かに囲まれた場所。


でも、ここでは、

"とても素敵な事"が起こる。


わたしは、二人を待つ。


白い服をきた、あの人。

たくさんの音をくれる。

その音は、"声"というらしい。


意味は、まだほとんどわからない。

……でも

——それは、とても幸せなものだ。


それを受け入れる度に、私の中に何かが入り込み。

どんどん"わたし"がはっきりしてくる。


声から、おぼろげに理解した。

この"わたし"を"自我"と呼ぶらしい。


......青くて綺麗な、何か。

白い人の声が、これを"アジュール"と呼んでいた。


アジュールは、声はくれない。

でも、触れて、撫でて、見てくれる。


白い人より、沢山、それらをくれる。


それは、声よりもっと気持ちいい。


——これを、"ふれあい"と言うらしい。


それを受け取る度に、

わたしと、わたしじゃ無いものの、

境界がはっきりする。

わたしの形がはっきりする。


——もっともっと

もっと沢山、もっともっと欲しい。


本能が教えてくれた。

これが、——"愛される"事だと。


[5節⸻愛する事⸻]


今日も、狭い水槽の中。

......狭いのは、やっぱり嫌だなぁ

でも、一人で居るのはもっと嫌。


今日は、二人とも、来てくれないのかなぁ?


前は毎日、二人とも来てくれたのに。

最近は、来てくれない日の方が多い...



やったぁ!

今日、二人は来てくれた!


白い服の人がくれる声には、いろんな声がある。


口を横に引っ張って出す、

高くて軽やかな声や、穏やかな声。


眉毛や口の端を下げて出す、

低くて静かな声


眉毛を吊り上げて出す、

強い声。


どれも好きだけど、わたしはやっぱり、

軽やかな声と、穏やかな声が、好きだなぁ。


......でも最近は、その二つが少なくなった。



今日もくれるのは、

低い声と強い声ばっかり。


わたしは、軽やかな声が欲しいよ、

って伝えたくなった。


でも、私には声が出せない。


だから、声を貰ったときに、

しっぽをいっぱい動かしてみた。


すると、軽やかな声が返ってきた。


わたしは、ただ声を貰ったときより、

すごく幸せになった。


わたしが、あの人に、

"うごくこと"をしたあとに、もらえる声。


それは、もっと幸せだ。

それは、なぜだろう?



また、軽やかな声も、穏やかな声も、

貰えなくなった。


アジュールが、

今日もわたしに"ふれあい"をくれる。


でも、それは、なぜかいつもより、幸せじゃない。


彼女の眉と目尻が、下がってるせいだ。


いつもの、あたたかい"ふれあい"が欲しいよ、

って伝える為、

わたしはアジュールの真似をして、彼女をしっぽで撫でてみた。


そうすると、アジュールの表情が変わって、目尻が戻って、口が横に引っ張られた。


わたしは、いままでで、

一番幸せな気持ちになった。


いままでのより、

もっと、もっと大きな幸せだ。

これも、なぜだろう?


それを、本能がまた、教えてくれた。

これは、——"愛する"ことだと。



[6節⸻⸻]


今日は、いつもの狭い水槽じゃない!


白い服の人が、久しぶりに来てくれた。

そして、彼が、

わたしを、おっきな、広い水に移してくれた。


ここは、本能が知ってる!!

"湖"だ!


懐かしい、そして嬉しい。

嬉しくて、わたしは泳ぎ回り、跳ねてみた。

これも知ってる!

"たのしい"だ!


[7節⸻みずにかえる⸻]


湖に来て以来、二人に会えなくなった。

ひかりも、ぬくもりも、消えていった。


どれだけ願っても、

“ふれあい”は、戻らない。



——時が、流れる。


はじめは、さみしかった。

泣きたかった。

"声"が欲しい。

"ふれあい"が欲しい。

でも、二人は来ない。


やがて、心が苦しくなって、

あのときの幸福だけが、

棘のように突き刺さる。


わたしは、もう一度、

あの人に、話しかけて欲しかった。

アジュールの手に、ふれたかった。


湖の水は、冷たく、重たい。

自分の輪郭が、だんだん曖昧になっていく。


時々、わたしの自我が、

その輪郭が、

もう溶けてしまいそうになる。


わたしが、わたしじゃなくなりそうで、こわい。

それでも——

待ってる事だけが、わたしの自我をとどめていた。


繰り返す季節、幾年もの孤独。

人影のない湖で、ほとんど狂いそうになりながら——

ただ、ひたすら、

二人との"ふれあい"を夢見て、

待ち続ける。


もうどれだけだろう。

今日も"ふれあい"は貰えず、

また孤独の水に沈む。


やがて、声も、思いも、どろどろに溶けて、

「わたしは、消えてしまうのかな」と怯えながらも、

それでも……待った。



8節⸻であい⸻


霧の湖。

湖畔に、気配――


紫の髪。青い翼。白い顔。黒い脚。


誰だろう、あの人たちは。

少し、こわい。


でも、わたしの心は、

アジュールに少しだけ似た、

青い翼の小さな少女に、釘付けになる。


……あの人に、ふれたい。


だって、

"ふれあい"を、

"声"を、

わたしは、

ずっと、ずっと、

夢にみていたんだ...


最初は、そっと見つめるだけ。

ひっそりと、水面から、彼女たちの様子を窺う。


でも——紫の髪の少女が、こちらに気づく。


わたしは、すこし怖くなって、落ち着かなくて、

うろうろ泳いだり、跳ねたりした。


白い顔の人が、声を出している。


『だから、ウンディーネは……本能的に、人間の思いに惹かれる。

詩的に言うなら――“愛されることを求める”存在や。

それが、こんな場所で一人きり……

ほんに、残酷な話やわぁ』


その声の意味は、全てはわからないが、

わたしの事を言ってるらしい。


そう、そうだよ。


わたしは

ずっとずっと、

——愛して欲しいって思ってたんだよ。


わたしは、渇望と恐怖と、

ちょっぴりの期待を持って、

青い翼の少女に近づいた。


湖の岸辺に、彼女が近づく。


……ふしぎ。

胸が、苦しいくらいに高鳴る。


少女は、やさしい目で、

わたしを見つめている。


彼女は、ザブザブと湖に入って、

もっと近づいてきた。


わたしは、ドキドキしながら、

それを、じっと見ていた。


そして彼女は、

翼を、

そっとこちらに差し出した。


——その瞬間、

渇望が爆発しそうになる。


あの日々。

あの、どうしようもなく幸せな時間の記憶が。


そして、

一人で何年も待っていた絶望の日々の記憶が。


それらが、全部混ざって、

わたしの心の中をいっぱいにする。


『……いっしょに、行こう?』


............ああ

......ああ!


これは声だ。


——渇望に狂いそうになりながら、何年も何年も、

毎日夢に見ていたんだ。


わたしに向けられる声。


これは現実なの?

それとも......わたしは、すでに狂ってしまって、

幻を見てるのかもしれない。


——でももう、そんなのどっちでも良い。


身体が、勝手に動く。

もう止めるなんて、絶対にできない。


わたしも、彼女に手を伸ばす。


溶けかけていた“わたし”が、もう一度、輪郭を持った気がした。


そして、

渇望と恐怖と、

絶望と、希望と、

全部まじったまま、


わたしは、


『水音もなく、静かに、その羽根を取った』



——完

〜勝手にテーマソング〜


多田 葵ver/doll


-いつか聞いて欲しいこの想いも

-言葉にはならないけど

-力の限りを振り絞って

-泣いて 叫んで伝えるから


-風が少しでてきて

-僕の背を押すから

-また旅の支度をすることにしたんだ

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