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化物が為の優しい世界



「世界はね、都合よくできてる」


いつも通り、まるでナレーターのように、世界の中にあって、世界の外側から、世界を語る。まるであの人と僕らでは、また違う物語の中にいると言われている気持ちになる。


「緑内障の患者には、視界が欠けているにも関わらず、末期になるまで気付かない人もいるそうだよ」


「実際には見えていない景色を、脳が記憶などから勝手に補い、修正しているそうだ」


「欠けたら、補う。

それが人でも、記憶でも」


「ほらね、世界は都合よく出来ている」


「欠けたものを補う」

「まるで私たちのようだろう?」


「実際は無いものを、喰らって満足して、あると錯覚して、また喰らう」


「本当はそこには一度も本物なんて無いというのに、欠けた視界を脳が補ってしまうように、欠けた欲を喰らって補う」


「虚実を現実だと思い込む。

ずっと、夢を見ている」


「本当がどこにあるのかを、夢は眩ませてしまう。時にはそれも必要だろう。それで助かる事だってあるだろう


けれどそれは、稀なことだ」


真っ暗な舞台上で、スポットライトが当たっている役者のように。過分に芝居がかっているというのに、その独白は余りにも、……余りにも、美しかった。


「……嘘の中では、……迷子のままでは、"生きられない"」


********************


篠遠先輩が失踪し、委員長が死んだと宣い、音無先輩もいつのまにか消えた。委員長は2人の"存在"を喰らったのだろう。

世界から、日常から、普通の高校生活の舞台から2人の名前も、記憶も、全て消えていた。関わってきたはずの全ての人々の中から、消えていた。

そしてまた、不気味な噂が流れた。

旧校舎に飲み込まれた人間の噂。しかし、以前からそんな噂が流れていたし、一度警察が入って調べているので、すぐにまた忘れられる。ただの噂だ。

なぜ僕が覚えているのか。それは委員長がわざと残したからだろう。他の委員もそうだった。みせしめという言葉が頭をよぎる。どうして消えたのかは不明、……だが、十中八九、何かをしたのだろう。だから委員長は、喰べた。


「……篠遠先輩や、音無先輩は、何をしたんですか」

「……んー?そうだなぁ……強いて言うなら、片方は死んで、片方は……「そういうことじゃありません」……じゃあ何かな?」

「……あの2人は、世界からその存在の痕跡すら消される程の事を、したんですか?」


ああ、そういうこと。と、納得した様子で、委員長はお茶を飲む。それは何杯目だっただろうか。僕がここにくる前から委員長はずっとカップを傾けていた。飲んで、飲んで、飲み下していた。まるで"喰欲"を誤魔化すかのように。

……いや、それはない。なぜならこの化物は、篠遠先輩と音無先輩の2人も喰らっているのだから。


「……恐怖を喰らう化物。僕は最初、それはある意味恋を喰らう化物よりも無害ではないかとおもいました。

恋は、誰かを好み側にいたいと思う気持ちは、誰にでもある。世界に、国に、街に、……この小さな学校の中にすら、人の数だけあるものだ」

「そうだねぇ。人の数だけ、感情は存在する。でも、それは恐怖という感情とて同じだよ」

「……はい。そして、恐怖は恋以上に存在している」


続きを促すように、委員長は僕を見た。


「1人だけで成立する感情だから」

「……そうだよ。他者の恐怖を喰らう。それは他者の恐怖を取り除いてしまうことと同じだ。

その恐怖が先端恐怖症とか、不潔恐怖症とか、そういったものなら問題無いけど、そういう恐怖より、余程多いものがある。

彼の欲の酷いところはね、命に直結する程奪いやすいということなんだよ。

人間誰しも持ってるものさ」

「……死への恐怖」

「そう!だから彼は私がどれだけ気に入らなくても、私を喰らうことは出来なかったんだ」

「……人間誰しもが持っているといいながら、貴女は持っていないんですか」

「持ってないよ」

あっけらかんとして、彼女は答えた。

「だって私は、化物だからね」

「……僕も化物ですけど、死ぬのは怖いです」

「うん。君は化物だけど、人間だよ。篠遠くんも、蛍も、涼も、双子も、ナツキもね。けど、私は違う。

私は化物だ」


……まただ。また、……この人だけを、区別する。


「さて、そんな化物の私からすれば、全ての生きている人間は等しく死への恐怖を持っている。

なぜなら死への抵抗がなければ、人間はもっと、ゴミ箱にゴミを投げ入れるかのように死んでいるから。死を恐れない。それは人間兵器と呼ぶに相応しい有様だよ。……いや……まてよ……?自らが人の形をした人間兵器だったうえに人間から死の恐怖を取り除いてしまえる人間だった篠遠くんは、人間兵器よりも酷いかな?

でも彼は自業自得だし……」


彼女は僕を忘れて思考しているらしい。

それはなんだか面白くなかった。


「僕の質問に、答えてください」


篠遠先輩たちの話以外にも聞きたいことは沢山ある。すべてに正確に答える可能性は低いが、彼女は嘘つきを嫌うが故に嘘はつかない。


「……"みんな目を逸らしている"。そう貴女は言いました。

音無先輩を見て思いました。

化物たちは、ただ自分に無いから欲しているのでは無く、知っているからこそ欲している。なぜなら"知らないものを僕らは欲しがらない"から」


まるでお伽話を聞いているが如く、委員長は椅子に座って紅茶を飲む。しっかり僕の目を見て。


「"現実から目を逸らしている"。……そう音無先輩は言いました。

質問します。

貴女や音無先輩の言う"現実"とは、何のことですか」

「"どの"現実の事かは知らないけど、今君の目の前にある世界、出来事、直面している問題、自分が化物である事。全て現実だよ」

「僕は、"貴女や音無先輩の言う現実"とは何かと聞いています」


悠然としていつものように応えた彼女に、そう返せば、少し残念そうに分かったよと応えた。


「私と蛍は違うからなぁ。けど……うん。説明は聞かれてもしないが、そうだな。一番近いのは……」

「僕に理解出来る言葉で表現してくださいね」

「うわ。しかも追加要求か。大丈夫、簡単だから。

さて、ソウマくん」

「はい?」

「夢の反対は?」

「……現実、ですか?」


訳の分からない質問が返ってきたことに気付いてふざけないでくださいと、僕が言おうとしているのが、多分分かっているのだと思う。僕が口を開く前に、それが答え。と彼女は言った。顔の部分で唯一見えている口元には、予想に反して笑みは浮かんでいない。

彼女は至って真面目に答えた。……訳の分からない答えだけど。


「……何か考え込んでいるところ申し訳ないけど、ソウマくん。君に探させているスワンプマン、ちょっと急いでくれるかな」

「……時間は問わないって言いませんでしたか?」

「うん。言った。でもね、あの時と違って、もう篠遠くんも蛍もいないだろう?都合の悪い亡霊は、早めに消してしまいたいんだ」


委員長は、スワンプマンを喰べる気だ。


見つけてどうするのかは分かった。どうやら委員長は、スワンプマンを嫌っているらしい。都合の悪い亡霊だなんて言い方をする上に、その言葉には嫌悪が多分に含まれていた。心なしか苛ついているようにも思える。


……今なら、……スワンプマンの話に感情を露わにしている今なら、その事に気を取られて僕の質問に素直に答えてくれるかもしれない。


……そんな風に考えた事など、お見通しだったのか、委員長は既にいつもの笑みを浮かべて、僕を見ていた。


「またねソウマくん。……ああそれと、"司書"は夢に沈んだ化物には見えないんだ。けど、ものすごく役にたつから、君には見えるようにしてある。上手く使うといい」


顔の見えない、周囲から気付かれない存在。そう言えば以前本を持ってきてくれてから、姿を見ていない。


「それは君がスワンプマン探しに行かないからだよ。最近真面目にここに通ってるから、君は学校内は教室と此処への移動ばかりだし。"司書"は忙しいんだから、いないと分かっている場所に君が行く時は自分の仕事をしているよ」

「この図書館の中で、ですか?」

「それ以外でも。だよ」


じゃあね。と言って、委員長はまたお茶を飲み始めた。今日はここまで。そう言う事だろう。収穫もあったからいいけど。

背を向けた先で、委員長が見ていたことも知らずに、僕は長い階段を登っていった。



「ソウマ!」


渡り廊下の先にナツキさんがいた。僕を待っていたらしい。

一応彼女へのお咎めは一切無いらしいから、心配する必要はないんだけどな。


「どう?見つけられそう?」

「さぁ。音無先輩も居なくなったし」

「……音無先輩は、何で正体を教えてくれなかったんだろ」

「さあね。……僕が見つけなきゃいけないとはいってたけど、"他者の人生を喰らう"化物なんて、見つけようが無いよね」

「そんな成り代わりする人なんて、よっぽど付き合いの深い人くらいしか分かるわけないじゃん。それをコミュ障のソウマに見つけろって結構むちゃだよ」


……まあ確かに、意図的に人との距離は置いてきたけど、そこまで言わなくてもいいじゃないか。そもそも化け物なのにそんなに平然と普通の人間に近付こうなんて、食事を楽しんでいる、本当に化物みたいな……。……うん、それを考えるのはやめておこう。思い出したくないことまで、思い出しそうだ。


「……司書さんは?」

「いたとして、わかると思うの?」


前に小鳥遊さんが言っていたように、司書さんという存在は本当に影が薄いらしい。本当に司書さんを見つけられるのが、音無先輩、篠遠先輩、委員長だけだとするなら、委員長曰く、彼らは"夢に沈んでいない"のだろう。僕は委員長の力で見ることができるらしいけど。……何でそこで司書さんが出てくるのかと言えば、勿論、彼女?も正体を知っている可能性があるからだ。

"他者の人生を喰らう"化物の事を委員長と音無先輩は知っていた。そして、音無先輩は、「先輩をここに引きずり込んだ化物をそのままにはしておけない」とも言った。なら、篠遠先輩もまた、"他者の人生を喰らう"化物を知っているのではないだろうか?"夢に沈んでいない者たち"は、同時に"他者の人生を喰らう化物を知る人物"なのではないだろうか。だとすれば、その人物たちに近い場所にいる司書さんもまた何か知っている可能性は高いと思う。


「ねー?ソウマー?聞いてるー?」


思考していてナツキさんの事を忘れていた。素知らぬ顔で何と聞いてみるが、私の事を忘れてたねとすぐに言われた。面目無い。

少し不機嫌そうなその人の背後に、見覚えのある人がいた。あ、と声を上げるとナツキさんは後ろを向いて軽く悲鳴をあげた。まあ、そりゃいつのまにか背後を取られてたら驚くのは仕方がないよね。


「司書さん?」


差し出されたのは、スマホで、その画面のメールの差出人は、音無先輩だった。居なくなった日の、2日前のメールである。


僕宛という記載の後、挨拶もなくただ一文。


"委員長は、屋上が大嫌い"


そう、文字が綴られていた。


胸の奥か、頭の中。どちらかまたはどちらでも、今まで凍っていた何かが溶ける。溶けていく。音無先輩には感謝しなくては。たとえもう、二度と会うことが無かったとしても。


奇遇だな。僕も大嫌いなんだ。

どうしようもない嫌悪感がこみ上げるから。

救いようもない友人を思い出すから。

何故かとてもお腹が空くから。


別に、何か"記憶"を思い出した訳じゃない。原因と感情が一致したというか……ただそれだけの話だ。

音無先輩はきちんと、答えをくれていたのだ。


「ナツキさん、またいつか」


ナツキさんは驚いて、そして今までで一番、嬉しそうに笑った。またね、と僕に返して、そして、その姿は、まるで蜃気楼のように揺らめいて消えた。


司書さんは特に驚いた様子もなく、かわりに写真を一枚差し出した。

中学校の集合写真。それもただの集合写真ではない。とある部活の集合写真だ。……そこには僕と僕の友人とよく見ればナツキさんもいた。その奥に、小さく偶然にも写り込んだと思われるその人。


ゆっくりと、溶けていく。

中身が溶け出す。

美味しくもないそれを喰べるのは嫌だ。けど、嫌いであるが故に、喰い散らかしてやりたい気もする。確かに僕は探してた。伝言を聞きたかった。あの人の言葉を、聞きたかったから。


あの人を喰べた化物にしか、その言葉を聞くことが出来ないと、知っていたから。


「……これだから、嘘は嫌いなんだ」


辻褄あわせなんて、結局は、嘘だ。でも、この嘘は必要だった。そうでなければ、僕もまた、救われることは永遠になかったかもしれない。


欠けた視界を補うように欠けた記憶を補った。

……では、欠けたものが戻ってきたら、補ったものはどこへいくのだろう。


気付けば校舎の中には、生徒の姿は無い。教員もいない。つい先程放課になったばかりだ。校舎内や敷地内のどこにも人が居ないなんて、ありえない。だが事実、そこには人が存在しない。

存在しないが、それが正しい姿だ。


一度正しさを認識してしまえば、それは意識の奥に焼き付いてそれを基準に世界を見る。

あれ程僕は、世界に嫌われていると思っていた。

だから化物になったのだと思った。


けれど違った。


この世界は、その実、"化物"の為に作られたのだと今はもう知っている。


この"世界"はなによりも僕らに優しい。

正に"夢"だ。


僕らはこの"世界"でなら、何者にでもなれる。

恋した人の側にずっといる事も、

五体満足で生活する事も、

愛され続ける存在である事も、

他人になり変わる事すら、できる。


それでも"世界"があくまで現実そっくりなのは、僕らの無意識か、それとも意図して作り出されたからかは判らないが、それともこれこそが


「"自由の中の不自由"という奴ですか、ミカドさん」


階段を登り切って、施錠されていないドアを潜った。

始まりの日と同じ黄昏時の屋上では、


化物が1人、笑っていた。

読了ありがとうございます。


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