鳴く蝉より鳴かぬ蛍が身を焦がす
何も話すことが、というか、話題はなく、僕は出されたお茶を飲んで、部屋の中を見渡した。螺旋階段と、壁を埋め尽くす本。数年かかって読み切れるかどうか分からない本たち。これを集めたのは司書さんだという。そしてその司書さんは、この……図書館の主、委員長の命令で集めたのだろう。姉崎先輩は、確かただ知識として必要としていると言っていた。それは恐らく、"喰料"としてではなく、本当に単に学識という意味での知識ということだろう。
「……性善説と性悪説って知ってるかい?」
唐突にかけられた質問に、僕は突然なんですかと返すことしかしなかった。
それを分かっていたかのように、彼女は笑ったようだった。相変わらず顔が見えないようにしっかりフードを被っている。顔を見られたくないのか。普通は室内でフードをとって、室外でフードを被るものではないだろうか。いや、本人の気分だと言われれば、個性の尊重的に、何か言う事も特に無いのだが。
「人間は、本質的には善であり、放っておいてもその良心から悪事を行わない。
これがあくまで私が個人的に理解した性善説ね。……本質が善なら、私たちは生まれていない」
「……性悪説は?」
「人間は本来、欲望的存在であり、親や世間や情操教育といった具合に、幼い頃から悪い事とそれに付随する罰とそれが如何なる恐怖であるかを刷り込まれる事で成立している」
「……それも、あくまで貴女一個人の解釈ですよね?」
「そうだよ。でも私たちは明らかにこちら側だよ。私たちは、この世界に生まれた瞬間から化け物なのだから。私たちは生まれながらに爪弾きにされた存在なんだから」
「……それこそ訳が分かりません。僕らは生まれた時は、普通の人間でした。最近になって、化物になりはしましたが」
「それも多分、君が理解した時、一緒に分かることかもね」
「貴女は何を知っているんですか」
「……それは君が答えを見つけた時、偶然にも私が話してしまうか、もしくは……君がこの図書館の本を全て読み切ってしまったら、分かるかもしれないね」
そんなもの、答える気がないと言っているようなものじゃないか。けど、不思議と怒りも苛立ちもない。ただ何となく、懐かしいと思うだけだ。
「……あの人はどこに行ったんですか」
「あの人って、誰のことかな」
「貴女は知っている筈だ」
だからあの日、僕はここに来たのだから。あの人からの伝言が僕は聞きたかった。
「貴女が喰らった存在の話です」
「……それは私に聞かなくとも、君はもう知っているんじゃないかな。
ところで、この貴重な2人きりの時間に聞くのがそんな事でいいのかな?」
「……"そんな事"?」
「うん。だって君のいう通り、現在にはもう存在していない存在の話をして、それで何になるのさ」
「……僕にとっては、重要な事です」
「"喰い損ねた"という点で?」
僕が言い淀む事があっても、この人は決して迷わない。言葉を発することを恐れない。なぜなら失言があったとしても、それを消してしまえるからかもしれないが、だから気軽に踏み込んでくる。
「喰いたくなかったから、喰わなかったんです」
「……そこを私に掻っ攫われて、怒ってる?」
そうですと僕が答える前に、彼女は本当に?と聞いた。
「どういう意味ですか?」
「君が怒った理由は、喰って欲しく無かった人を私が喰らったと思うから?まあ、それはいいだろう。その理由自体は多分、間違っていない。……私は他人の感情まで正確に把握は出来ないし。私の怒りと思う感情が君の怒りと同質同等のものかもわからないしね」
「……貴女は、以前、放課後の屋上で、2人ほど人の"存在"を喰らいましたか?」
「イェス。私は食べたよ。ただし、1人だけ。それだけで十分だったから」
「……"他者の人生"を喰らう化物は、存在しているんですね?」
「うん。探して。見つけて。
……その後どうするかは、君に任せるよ」
「……僕がするのは、見つけるまでですよね。報告して、それで終わりです。ナツキさんの件、忘れないでくださいね」
「うん。…………今日はここまでかなぁ」
滑るように白い指が遥か上に存在する、入り口を示す。導かれるままそちらを見ればとびらがゆっくり開いていく。3人。姿は見えないけど、多分姉崎さんと双子の先輩だ。
視線を委員長に戻すが、その時には彼女はまたウサギの人形に戻っていた。何も答えない人形に。
「あら、……ソウマくんだったかしら?珍しいのね。委員長と2人でいたの?」
「はい。少し用事があって。……姉崎先輩は、委員長がウサギのぬいぐるみで、気にならないんですか?」
「え?……んー。そうねぇ……。慣れかしら。……委員長は常に私たちを見てるし……コミュニケーションは一応取れるから、私は気にならないわ」
「……なんであんなウサギなのか知ってますか?」
暗闇で出てきたら怖すぎるビジュアルなんですけど、と言えば、あれぐらいしか部屋の中に無かったからって……。猫とか羊とか、可愛らしい人形がすぐそばにありますけど?
「ウサギがいいって言ってたわ。なんだったかしら……大切な友人はウサギが好きだったみたいだから、それでかもね」
先輩方が自分の席につくのと入れ替わるように、僕はその席を立つ。もう帰るのと聞かれてそうですと答えると、またねと声が聞こえた気がした。
委員長と話していて、何か分かったようで、余計に分からなくなってきた気がする。
少し、……もう少し、冷静になろう。委員長曰く、時間はあるらしいから。
壱岐美伽杜という屋上で出会った化物は、僕を化物たちの巣窟に引き込んで、"他者の人生"を喰らう化物を見つけるように言った。
ナツキさんという"存在しないはずの記憶"を所持している存在の喰欲をおさえるだけでは不十分だが、空腹を消し去るとなると、委員長に頼むしかない。交換条件的に僕は友人を失うのが嫌だから、探すことにした。
先程の会話が嘘ではないのなら、委員長は、少なくとも僕の喰べたくなかったあの人を、喰べている。あの人が"他者の人生"を喰らう化物であるならば、探せと言う意味も、音無先輩が"他者の人生"を喰らう化物がいると教えてくれた意味もない訳だから、"他者の人生"を喰らう化物は、確かに存在していて、それは間違っても委員会のメンバーには居ない。
委員長は、何故かその化物を知っているのに、自分から接触しない。僕が見つけることに拘っているようだ。
……委員長は、何故人形の姿をとっているのだろう。僕以外に顔を見せないのだろう。もしかしたら、僕には"存在しない"記憶が答えを知っているのかもしれないが、今無いものは仕方がない。
だが、委員長に会う度、突発的な問いかけを受ける度、何となく既視感を覚えるのだから、間違いなく関わりはあったのだろう。それはナツキさんの話してくれた記憶からも分かる。
……旧校舎に行くと、危機感が仕事しないのも、あそこが今は存在しない僕にとっては、馴染み深い場所だからだという事は、もう分かってる。
同時に、屋上にいくと込み上げる嫌悪感はどうしてか分からない。何故委員長を見て安心したのかも、委員長があの人と寸分違わぬ笑みを浮かべた瞬間、殺してしまいたいほどの怒りに駆られたのかも。
……空腹だった事と、その悪感情の苛立ち故に、偶々運悪く屋上にいた人間を僕は喰い散らかして、委員長に……壱岐美伽杜に見つかった。そして僕は、化物の巣窟に踏み入れた。今までの僕は終わりを迎えて、化物達の一員になった。
そうして、今に至る。
委員長の真意も、"他者の人生"を喰らう化物の正体も、僕の感情の理由も、……分からないことだらけだ。
けれど、どれか1つでも見つかったなら、……全て、夢から覚めるように、パズルのピースが嵌まるように、謎が1つ解けるように、分かるだろうか。
次の日も、僕は同じ時間に、図書館を訪れた。前日と全く同じ机と椅子の配置。委員長は既に人型だったが。
「やあソウマくん。待ってたよ」
「……別に待っているように言った覚えはありません。ところで貴女はいつ授業を受けているんですか。この学校に、しかも委員長として居座ってるんだから、生徒なんですよね?」
「世の中には気にしたら負けな事だってあるんだよ?まあ大丈夫、この世界で私はそういう役を持った人間っていうだけだよ」
「訳が分かりません」
「だから、ここにある本ぜーんぶ読んだらわかるかもね?」
そうやって答えない所が懐かしい。訳の分からない事をそれがさも当然の事のように言うところも。この異常な筈の感覚を、異常と思えない自分が何となく腹立たしい。
「まあまあ、落ち着きなよ。今日のおやつはモンブランだよ」
「……いただきます」
いつのまにか用意されていた皿の上にはケーキ。皿の隣のフォークを手に取り、綺麗な形を崩していく。
「素直でよろしい事だね」
「……素直、ですか」
「うん。素直は化物の特権だよ。化物は素直でなければいけない。"欲"に忠実に、喰欲を満たすには、素直に認める必要があるだろう?自分は化物だって。嫌でも分かるだろう?
だから私は嘘つきが大嫌いなんだよ。化物で、その欲の為に喰らって、……なのにその欲を見ないフリして、また何かを誰から喰らう。
罪悪感も何もない。現実から目をそらしているだけの化物が」
大嫌いさ、と、委員長は言葉さえ忌々しそうに、クッキーと共に噛み砕いているようだった。
嘘つきが嫌い。だから、嘘は言わないが、気分次第で答えない。そういう逃げ方をこの人は身につけているらしかった。
「"他者の人生"を喰らう化物を、貴女は喰べましたか?」
「さあどうかな?気に入らない出来事は、大抵"無かったこと"にしちゃうから」
"他者の人生"を喰らう化物が気に入らないものであるなら、喰っていたという事だろうか?
「貴女は"他者の人生"を喰らう化物を、どう思っているんですか?」
そこにある感情は、正か負か。聞いたのは当然だろう。それが僕の質問の回答に結びつくのだから。
委員長は、不敵な笑みを口に浮かべながら、勿体ぶったように答えた。
「好きではないねぇ。アレ自体が嘘みたいなものだから。嘘に溺れて満足して安心してるなんて、……自由である筈の世界で、不自由極まりない生き方を望んでいるなんて、……嘘つきにも程があるからね」
"好きではない"。それが続きを持つとすれば、"嫌いでもない"だろうか。
「……さて、そろそろ今日も時間だよ。ソウマくん」
昨日よりも時間が短い。遥か上にある扉に意識を集中させるが、特にそこから人の気配はない。では何故時間なのか。その時委員長の真後ろにあるなんの変哲も無い扉が開いた。以前僕が寝かせられていた部屋に続く扉だ。そこから出てきた人物を見て、僕は思わず身を竦めてしまった。今ここにあの双子の先輩が居たなら嬉々として僕は喰べられていたに違いない。
出てきた人物が問題なのでは無い。問題は、その人物の有様だった。
普通の、平穏な日常にいる学生の様相ではない。
制服を着ておらず、シャツとスラックスというラフな格好だったが、その小脇には軍服のような上着が抱えられている。身体のあちこちにある大小問わずの裂傷。土煙に散々晒されたような浅黒く見える肌。鬼気迫るような鋭い目つきに、殺気。
……まるで、戦場帰りのような有様。そんな彼に睨み付けられているにも関わらず、委員長は優雅に紅茶を飲んでいる。……昨日はぬいぐるみになったのに、今日は人型のままだ。
「……おかえり篠遠くん。ソウマくんが怖がるから、せめて着替えてから出て着てくれればよかったのに」
「……お前の都合に付き合う義務はない」
「その部屋と喰糧を提供しているのだから、言う権利はあると思うけどね」
「……ソウマ、悪いな。お前を喰ったりしないから見逃してくれ」
急に話を振られて、はいと思わず返事をしてしまった。
「……今回は結構な場所に送り込んであげたのに、五体満足で、しかも学習せずに帰ってくるなんて、どうかしてるよ」
「あの人がどこに行ったのか、言わないなら俺はもう"喰わない"。それで暴喰して困るのはお前だろ」
仕方ないな、と委員長は僕に退室を促すと思った。けれどそうはならなかった。彼女は、苛立ちを込めて舌打ちして、言った。
「そこまでしたのに、"思い出せない"なら、多分限界だ。私が"肯定"していても、あっちに"繋がれない"なら、潮時だろう」
はあ、と態とらしく溜息ついて、委員長は立ち上がった。くるりと後ろを向いて、篠遠先輩を見たようだった。驚いた事に、篠遠先輩は僕がどう見ても恐怖していた。目の前の委員長という存在を恐れていると僕ですら理解できた。
「君がここに来て、3年。あの頃大人しく戻っていれば、……いや、たらればはもういいか。どうせ、命なんてただの夢。
キミにはどうすることも出来ないのだから、もうお休み」
その時何が起きたのか、うまく言葉でいい表すのは難しい。強いて言うなら空間が、蠢いた。窓も開いていないのに風が吹いて、大気圧があがって、ものすごく苦しくなって、けれどほんの一瞬、世界からいや、世界が消えた。五感すべてが機能を停止したかのような感覚が僕を襲った。
……だが、それも一瞬のこと。気付けばそこには誰も居なかった。
いや、そもそも誰かそこに居たのだろうか?
ごめんね蛍と、委員長が呟いた。この人は今、何をしたのだろうか。一体今目の前で、何が起こったのだろう。委員長が僕を見た。
苦しそうな、泣きそうな、何処かで見たような弱々しい笑み______。
「さて、そろそろ時間だよ、ソウマくん」
そう言われて扉に意識を集中させれば、確かに誰か……音無先輩が近づいて来ているようだ。かなり急いでいるようですぐに扉が開くと、階段を駆け下りてくる。……そういえば、あの噂は本当なのだろうか。
結局今日も、委員長が僕に"他者の人生"を喰らう化物をどうしたいのかは聞き出せなかった。
「また来ます」
「おや、君からそう言ってくれるだなんて、嬉しすぎて涙が出るよ。ところで本音は?」
「篠遠先輩が消えたって噂を聞きました。本当ですか?」
「うん。本当」
「……何で、消えたんですか」
「消えたっていうより、死んじゃった?」
「え?」
何の脈絡もなく、彼女は無邪気に、そう告げた。
「"恐怖"を知らないが故に、"恐怖"を喰らう化物は、"恐怖を知らない"人間と同じなのだから、喰らうのを辞めたら死ぬに決まってるだろう?」
何を言っているのやらと、気にせずお茶を飲む委員長。音無先輩もどうやら聞いていたようで、顔を真っ青にして座り込み、ただ静かに、絶望していた。
音無蛍先輩は、篠遠先輩との付き合いが委員長より長いらしい。それは世間一般的に幼馴染のような関係で、篠遠先輩は彼女を妹の様に思っていたらしい。
……らしい、というのもすべて聞いた話で、尚且つ篠遠先輩の口から直接聞いたわけではないからだ。
「……私が化物になってから、暫くして、先輩から美味しそうな匂いがするようになった」
それが向いている先をみつけて、苦しくなった。と、音無先輩は言った。彼女は"恋"を知らないが故に"恋心"を喰らう化物ではなかっただろうか。それなのに、何故、苦しくなんてなったのだろうか。自分の兄を取られた様な気がしたから?
曰く、篠遠先輩が側にいると嬉しくて、自分を見て欲しくて、話をしたくなった。でも、何も言わずに側に座っていられるだけでもよかった。それはそれで安心だった。
篠遠先輩が女性といると物凄く胸が痛んで、苦しかった。寂しそうだと慰めたくなって、1番近くに居たかった。
……それって、……その気持ちが、もし"恋"と呼ばれるものでは無いとしても、……間違いなく、音無先輩は、篠遠先輩が好きだったのだと思う。
「音無先輩は、篠遠先輩が大好きだったんですね」
恋していたんですねとは聞けなかった。言えなかった。だって、それは音無先輩という化物の定義を壊すことと同じだったから。悪気は無かった。
その言葉が失敗だったと分かったのは、音無先輩が僕を見て、落ち着いたはずの悲しみに飲まれたのが分かったからだった。
「……委員長も、君も、同じ事を言う」
私が、"恋"を知らないが故に"恋心"を喰らう私が、誰かを"好く"事はあり得ない。と、まるで自分に言い聞かせるように、恐怖を浮かべて耳を塞いで、必死に唱えた。
好きじゃない。と自分の感情を否定する度に、音無先輩は苦しそうに呼吸をした。それでも泣かない。今にも泣きそうで、でも涙は流れない。その心はズタズタで赤い血を流しているのかもしれないが、それでもその瞳に涙は浮かばない。
なんだろう。僕は"前"にも、こんな景色を見た気がする。あの時は、確か、あの人は、この人に言ったのだ。
蝉だったら、生きれたかな。
無意識だった。僕は音無先輩の目の前に座って、両手でそっと彼女の両頬に手を当てて、僕を見るように顔を上げさせた。
「……好きには、種類があります。
友愛に付随するもの、親愛に付随するもの、恋愛に付随するもの、多分他にも沢山。
音無先輩は"恋"を喰べると言いました。
それは多分恋愛に付随する"好き"を喰べているんですよね。
なら、友人や家族に向ける好きという気持ちは、肯定できる事ですよね」
「……とも、だち……。かぞく……?」
「……篠遠先輩に向けていた気持ちは、どちらですか?」
暫く、音無先輩は僕の言った言葉を理解しようと頭の中で考えて、考えて、漸く、弱々しく首を振った。
「……どっち、でもない……!」
「……はい。でも恋では無いんですね?」
無い、と、彼女は答えられなかった。
……こうなる事を、委員長が知らなかったはずが無い。
では何故あの人は、音無先輩が聞いていると知りながら、あんな事を言ったのだろうか。
「……音無先輩は、本当に"恋"を知らないから"恋心"を喰らうんですか?」
「……え?」
「貴女という化物が、本当に"恋"を知らないから"恋心"を喰らうのなら、貴女は多分、"恋心"をいくら喰べても、満足なんて出来ないはずです」
だって、知らないものを喰べても、それが何であるか分からないのだから、何の養分にも、何の糧にもならない。
自らが知らないものは、"欲"にはならない。
欲とは、欲っする(求める)というのは、それが何かを知った上で、欲しいと思ったという事なのだから。
言い換えれば、
「知らないものを、化物は欲しがらない」
だとすれば、
「何故貴女は、いえ、彼女は"恋心"を喰らう化物なんですか?」
音無先輩から手を離して、彼女ではなく、先程からただ静かにお茶を啜っている委員長に問いかけた。ずっと黙っていたが、ここはまだ図書館の中である。
「……彼女だけじゃ無いよ。皆、目を逸らしてるのさ」
びくりと、音無先輩が身体を揺らした。
「蛍。君がここにいる理由はもう無い。そして、まあ荒療治になったことは謝るが、ちゃんと"繋がった"ようだ。残るか去るか選ぶといい。それは君の自由だから」
そう言って、いつのまにか、委員長はぬいぐるみになっていた。
音無先輩はゆっくり立ち上がると、自分の椅子に座った。僕も再び席に着く。
音無先輩、と呼びかけようとして、先に沈黙を破ったのは、向こうだった。
「……ソウマ、くん。君の考え方、正解。私も、皆も、"現実から目を逸らした"、だけ。
向き合わなきゃ、いけない。から、私はもう行く。けど、先輩をここに引き込んだ化物をそのままには、出来ない。
"他者の人生"を羨むが故に、"他者の人生"を喰らう化物を必ず見つけて。
夢から覚めることが出来るように」
夢から覚める?
その言葉の意味を聞く前に、音無先輩の姿は消えていた。忽然と、居なくなっていた。




