閑話休題 世界は崩壊から始まるか?
「世界五分前説って知ってるかい?」
「世界が始まったのが、本当は5分前だったら?……思考実験でしたよね」
「そう。証明のできない仮説」
「それを今、気にする必要は?」
「ん?あるかもしれないし、ないかもしれない。もしかしたら答えかもしれないし、無駄な思考かもしれない」
「あなたが何を望んでいるのか、僕にはよく分からないです」
「私の思考が読める人間がいたら、是非とも会ってみたいね!
そして、問う。
私の望みを」
「……自分の事なのに、分からないんですか?」
「分からないねぇ。何を望んでいるのか。
それどころか、何がしたいのかも、何になりたいのかも、何でありたいのかも、なにもかも。……私には、分からない事だらけだよ。
わかる必要が無いからかもしれないけど」
「あまり背を傾けると、椅子から落ちますよ。……なんで、そう思うんですか」
「そうだなぁ。きっと単純な事だとは思うんだけど、それを表現するに相応しい言葉が見つからないんだよなぁ」
「"この世界"にいるのに?」
「こんな世界だからじゃないかな。
言葉で造られ、言葉で形成され、言葉で全てが補われ、言葉で世界は溢れている。
言葉というツールで創造されたこの世界は、他のどんな世界とも違う。基本的なルールも、明確な指標も、絶対悪もなく……ただ自由。……自由だからこそ、不自由」
見てごらんよ、と彼女がフォークの先で示すのは、僕らの乗る浮遊型球体個室(通称:キューブ)の真下にある、社会。街があり、店があり、ビルや家があり、学校があり、人がいて、生活をする場所そのもの。
「規則に縛られない"自由"を求めた人間たちが、"自由"にしていい世界を与えられた時、何故か彼らは"自由"を自ら手放すように、あれほど切り離したかったであろう"現実"と酷似した世界にしてしまうんだろうね。
人間は自由の中で、不自由にしか生きられない生き物なのかもね」
「それと言語化の話と何が関係あるんですか」
「ああ、そっか。忘れてた。
自由の中の不自由だよ。幾多の言葉も自由に使えるはずなのに、どれかを当てはめて綺麗に表すことができない。
制限が無さすぎて、使う言葉を選べない。ほら、同じだ」
「自由の中の不自由だなんて言葉を、"想像できる非現実は創造できる現実"だなんて言った人間が言い出すとは思いませんでした」
「"この世界"は"創造できる現実"そのものだよ。自由の中の不自由はこっちにある。対して不自由の中の自由は"想像できる非現実"にも"創造できる現実"にも存在しない。"創造された現実"にしかない。自由であるはずなのに、その自由は不自由という庭でしか使えない。そんなのは、悲しいだけだと思わない?」
「その悲しみも、本当に悲しいことなのか、それともあくまで文字列だけがあるのか、分からないです」
「……そうだね、分からないことだらけだね。だから、いつか壊れる。
どんなに美しい世界も。
どんなに創り込んだ世界でも。
栄えれば、滅びる。栄えては滅びる。
新しいものがどれだけ素晴らしくとも、人間はすぐには受け入れられない。その間に世界は崩壊して、また繰り返す。
世界を使うのも、作るのも、存続させるのも、残念ながら、人間だからね」
キューブがゆっくりと、地上へと降りていく。そろそろこの時間も終わるのだろう。
「世界が5分前に始まったとするなら、世界は一度、5分前に終わっていることになりますよね」
「そうだね。終わらなければ次の話は始まらないから」
「貴女なら、それを本当にしてしまえるのでは?」
「そうだろうね。私はある意味、終わりを与えるようなものだから。でもやっぱり、証明は出来ないよ」
「何故?」
「誰も、彼も、勿論君も。
"存在していたはずの過去"が記憶の中に"存在しない"から」
地上に着いたキューブ越しに、もう1つの現実は、崩壊して、消えていった。
『嗚呼、また失敗か』
それは誰の言葉だったのだろうか。
ある1つの世界にとってはもう1つの世界がどれだけ世界としての形を作っていたとしても、所詮それはただのおまけでしかない。
読了ありがとうございます。




