八
風車の見える丘に登って夜を待った。日はだんだんと落ちてゆく速さを上げていくようで、遠くの山際に重なったと思ったらすぐに見えなくなった。
天水が日の沈んだ方向を見ていると、暗くなる前に空に小さな光を見つけた。あれは金星だ、と名雲が教えてくれた。
夕暮れは長かった。徐々に空が暗くなっていき、目をこらすといくつもの星が見え始めるようになった。
町が近いからか標高があまり高くないからかはわからないが、写真で見るような満天の星空ではなかった。それでも、町中で見る夜空よりもはるかに多くの星がみえる。名雲か橋野に聞かなければどれが星座の星かわからないほどだった。
名雲が用意した天体望遠鏡は名雲の私物だそうだ。天体望遠鏡は天水が思っていた細長いものではなく、太くて覗くところが鏡筒の横にある。このタイプの望遠鏡を反射式望遠鏡というらしい。
大きな三脚に星の動きを追う赤道儀をのせて、その上に鏡筒が取りつけられている。水上と夏川が丘の上まで運んで、名雲と橋野が夕方のうちに組み立てた。ただ残念なことに、カメラ用のアダプターがないので望遠鏡にカメラを取りつけることはできない。
その代わりに、名雲はポータブル赤道儀というものも用意していて、それにはカメラの三脚用のねじ山がついている。今は水上が使っていて、写真部の部室の物置で見つけた、シャッターボタンに直接付けるレリーズで写真を撮っている。
さっきまで天水がポータブル赤道儀を使っていて、撮った写真を確認すると、数分間の露光をしたのに星が点のままだった。赤道儀がなければ星の軌跡が写る。
望遠鏡を覗きながらなにやら操作している名雲を見ていると、彼女は接眼レンズから顔をあげた。
「天水、見てごらん」
と、手招きされたので近づいて望遠鏡をのぞき込むと、大部分を占める黒の中心に茶色っぽい、円形と言うには少し扁平なものが見えた。が、ぼやけていてそれ以上のことはわからない。
「なんだかわかります?」
橋野に聞かれ、のぞき込んだまま、
「これ、土星?」
と、聞き返すような返事をした。
「正解です」
天水は接眼レンズから目を離した。
「思ってたのと違うね」
「最初はね。馴れてくればはっきり見えるようになる」
そう名雲に言われたが、その後星雲などを見てもただぼんやりと見えただけだった。
全員が交代しながら望遠鏡を覗きこんだ。それを見ながら、この先、目が慣れるほど天体を見る機会はないだろうな、と天水は思った。このメンバーで天体観測をするなんてこれが最初で最後だろうな、と。どうしてもそんなことを考えてしまう。
前回天水がこの場所に来たのは二年前、大学一年の時だった。そのときは古泉と当時部長だった鷹見が一緒だった。帰るときにはまた来たいと思っていたが、今日まで来ることはなかった。遠いわけではなく、日帰りで十分これる場所だが、いつでも行けるということが却って足を遠ざけさせた。
そのことを今になって思うのは、鷹見とまたここに来られなかったことが心残りだからなのか。
芝のような短い草に覆われた斜面に腰をおろして空を見上げた。ほぼ真上には夏の大三角形がある。強い光を放つ三つの星の間に、うっすらと天の河が見える。牛乳をこぼしたようには見えず、砂粒をばらまいたように細かい星が集まっていた。
「ここ、夜に来たことはなかった」
天水の隣に古泉が座りながら言った。
「こんなにたくさんの星が見えるなんて思ってなかったよ」
「そう」
「凪さんにもみせたいな、この空」
天水は仰向けに寝ころがった。この方が首が疲れない。古泉は後ろに手をついて、正面の空の低い所に目を向けていた。少しの間、二人とも無言で空を見ていた。
古泉が体をひねって天水の方に顔を向けた。
「いつにする?」
「えっ?」
天水は思わず聞き返した。
「部長の予定に合わせないとダメか」
「そりゃそうだよ。そんな簡単に言われても、凪さんは働いてるし、遠いし」
「ここでは無理でも、私たちが向こうにいけばいい」
古泉は何でもないという風にいった。
天水はいつも相手の都合ばかり考えて、自分の気持ちは後回しにしてきた。鷹見には会いたいが迷惑をかけるわけにはいかない。そう思うと言い出すことができず、鷹見が卒業してからまだ一回も会っていない。
でも、迷惑かどうかは相手が決めることだ。聞いてみないことには都合が合うかなんてわからない。
「メールで予定を聞いてみるよ」
天水はスマートホンを取りだし、メールを作成した。
返信はすぐに来た。距離なんてたいした問題じゃないのかもしれない、と天水は思った。




