七
水上の運転は、よく言えば慎重で悪く言えばビビっていた。交差点ごとに過剰なほど安全確認をし、カーブでは必要以上に速度を落としたりした。普段運転をしない古泉にも水上の気持ちはわかるが、乗っている方は不安になる。
そんな古泉の不安をよそに、後部座席では天水が持ってきたCDに合わせて熱唱し、名雲と橋野も一緒になって盛り上がっていた。橋野が二人のテンションについて行けるか心配だったが、杞憂のようだ。
助手席の夏川は天水の指示で頻繁にCDを取り替え、運転中の水上はほとんど口を開かない。信号待ちの時、夏川が水上に話しかけた。
「水上さん、かたくなに法定速度を守ってますね」
「法定速度だろ。五十キロの所には六十キロじゃ曲がりきれないカーブとかあるんだって、きっと」
おそらくコンビニを出発してから初めて水上がしゃべった。話ながらも、顔は信号の方に向いている。
「そこまで余裕のない設定はされてないと思いますよ」
「後ろの運転手たちも、この車のおかげでスピードを出せないことに感謝する日がきっと来るはずだ」
サイドミラーを見ながら言った。後ろには先ほどから三台の車が連なっている。
「迷惑がってると思います」
「法定速度守ってるだけなのにな」
「ままならないですねえ」
「まったくだ」
信号が変わった。
車は市街地を離れていき、小さな温泉街を通過して長い上り坂にさしかかった。そのあたりで、天水と古泉には目的地の見当がついた。名雲に確認すると、予想は当たっていた。彼女たちが以前行ったことのある場所だが、そのときとは違う方向から上っていった。
坂道は大きなカーブが多く、上りきるのに時間がかかった。風車の横を通り過ぎたとき、水上はそちらに目を向ける余裕がないようだった。が、なんとか最初に表示された到着予定時刻通りに着いた。
車を停めたのは風力発電の風車群が見渡せる高原の第二駐車場だった。駐車場の北側には丘があり風車群は見えないが、東側の展望はよく、先ほど車で走った町が見下ろせた。
四人が車を降りてから古泉も降り、回り込んで運転席に近付いた。水上は背もたれを限界まで倒して脱力していた。
「おつかれさま」
「おつかれた。もうだめだ」
名雲と橋野は車の後ろで荷物を下ろしていて、天水と夏川は東側の柵の前で景色を眺めている。
「うん?」
水上は背もたれを起こして、じっと天水たちの方を見た。
「どうしたの?」
と古泉が聞いた。
「いや、なんというか、既視感が」
そう言いながら車を降りた。鍵を差し込んだままだったので、古泉が取ってから水上と同じ方向に目を向けた。彼女には彼の言う既視感の正体がすぐにわかった。
「部長が撮った写真?」
「そうか、鷹見さんの写真か」
古泉の言葉で水上は思い出したらしい。古泉の言う「部長」とは写真部の前部長のことで、その人がこの場所で撮った写真を水上は見たことがあった。今、天水と夏川がいる位置で、天水と古泉の後姿を撮った写真だ。
天水はあのときのことを思い出しているのだろうか、と古泉は思った。
「あの写真は二年前のもの」
「あまり、変わらないな」
「うん。景色は、変わらない」
二人の背中を見つめながら古泉が感じていたのは懐かしさだけではなかった。それがなんなのかは彼女にもわからない。
「記念写真でも撮るか、ここで」
と、水上が言った。
「なんの記念?」
「えーと、無事に到着したことを祝って」
「なにそれ」
古泉は小さく笑った。そんな気遣いがたまらなく嬉しかった。それを悟られないように、慎重に声を出して続けた。
「でも、暗くなってからより、今撮った方がいい」
「じゃ、決まりだな」
「うん」
古泉は頷いた。
「古泉ー、これ誰の?」
名雲がカメラ用の三脚を掲げながら尋ねた。橋野はその横にいる。
「ちょうどいいから、二人とも天水のいるところに並んで。写真撮るから。それと三脚も使う」
六人で横に並び、古泉がポケットからリモコンを取りだし、カメラに向けた。カメラの正面の赤ランプが点滅をはじめ、やがてシャッター音が聞こえた。




