第42話 七十四着
誓約庁は、七十四着の一斉検分をいったん拒んだ。理由は費用でも人手でもなく、既存婚姻と相続の安定だった。二十年前の衣で裾が閉じていないと分かれば、夫婦の婚姻だけでなく、そこから生まれた子の地位と、すでに移った爵位まで揺れる。
ライヒェルトは次官室で、二十三家の相続一覧を私へ見せた。七十四着は二十三の家系にまたがり、四家では当事者が亡くなり、相続が完了している。十三家は次の継承を控え、残る家にも持参金や後見の契約がある。
一覧の線は、衣装の裾より複雑だった。一つの婚姻が無効になれば、子の嫡出、土地の相続、妹の持参金、後見を受ける甥まで枝が延びる。庁は家名を守っているだけではない。その紙一枚で住む場所や収入を失う人がいるため、確かめないという選択にも現実の重さがあった。
「検分して非閉環でも、直ちに無効を公表する必要はありません」と私は言った。「まず本人へ知らせ、過去の効力を守る方法と、誓い直す方法を同時に作ってください」
「結果を見る前に救済を約束すれば、法を曲げたと批判される」
「見たあとで慌てれば、知った家だけが空白へ落ちます。少なくとも、発表前に選択肢を用意すると決めてください」
ライヒェルトは約束の代わりに、検分結果を個別通知より先に公表しないという手順を議事録へ入れた。救済の中身はまだなくても、発見した日に家を晒さない最低限の線になった。
「あなたの量刑を確かめるために、二十三家の相続を動かすのですか」
「いいえ。二十三家の相続が、欠けた型紙一枚に載ったままだから調べます。その入口に、私の量刑を使ってください」
「調べなければ、動かない」
「今は動かないように見えます。次の相続争いで誰かが裾を調べれば、その時に動きます。知らないまま渡す方が、後の人には選べません」
私には、過去の家を壊す正義があるわけではない。知った結果、婚姻をそのまま認める救済規程が必要になるかもしれず、今の法では答えがない。分からないから見ないという選択を、庁がしていることだけは明らかだった。
「検分を認める代わりに、あなたの全件申告を量刑上の自白として採用する」とライヒェルトは言った。「物証のない十五件も、故意の反復を判断する材料になる。あなたに不利です」
「その条件を議事録へ書いてください」
彼は念を押したが、私は撤回しなかった。自分の未来を二十三家のために差し出した、という美しい言葉にはしたくない。私が隠した六十九件を立証するには同じ比較が要り、その結果が家々へ届く。利害は最初から分かれていなかった。
同意書には、私が検分先へ連絡しないこと、結果が量刑へ使われること、所有者が途中で撤回できることも書かれた。私は署名する前に、途中撤回した衣の途中記録を破棄するか保存するかを尋ねる。庁案では保存だったが、所有者が知らず残されるのを避け、統計だけ残すか全廃棄するかを本人が選ぶ欄を足した。
「そこまで選ばせれば、資料が揃わない」と担当官は渋った。
「揃った資料のために検分するのではありません。衣の持ち主に協力を求めています」
結果として、途中記録の保存を許した家は三十九、統計だけが二、全廃棄はなかった。それは全員が同じ選択をしたという数字ではない。選べると分かった上で、それぞれが残した数字だった。
通知への同意は四十一家、拒否または現物なしが三十三家だった。提出された衣は、私が婚家にいた三年間より前か、離縁後に同じ貸型紙で作られたものに限る。検分者は前の五十四着と同じ項目を使い、どちらの群か分からない番号だけで布を読んだ。
結果が出るまで四月かかった。閉環二十四着、非閉環十七着。四十一着のうち、十七着だけが第十一条で終わり、裾の流路が切れたままだった。私の在家期間に提出された五十四着はすべて閉じ、いなかった二十年分では十七着が閉じていない。その差は、偶然と呼ぶには大きかった。
非閉環の一着は、薄紅の絹に真珠色の裏を付けた衣だった。検分者は人へ着せず、胴の寸法を合わせた木枠へ掛け、第十一条までへごく弱い試験光を入れた。光は左裾へ届いたところで細く戻り、右裾との間に指二本ぶんの暗い断絶を残す。婚礼の日に外から見れば裾は床へ美しく広がり、欠けていることなど誰にも分からなかっただろう。
持ち主は、閉じていない衣をもう一度光らせることさえ望まなかったため、その一回で検分を止めた。熱を通さず条数だけを数えれば十分ではないかという意見もあったが、閉環の有無を確かめる最小の試験について、事前に本人の同意を得ていた。結果が出たからといって追加の再現を求めず、暗い二寸を図へ写したあと、衣は同じ折り目で箱へ戻された。
検分者は、先に五十四着を見た者と、対照群だけを見る者へ分かれた。どちらの群か知らずに判定した衣も二十着あり、十七の非閉環のうち九着は盲検側が見つけている。私の事情を知る者が、欠けを探したいあまり第十二条を見落とした可能性を減らすためだった。
閉環していた二十四着も、すべて安全な型紙だったわけではない。別工房が第十二条を足したものが七、所有者が後年に誓い直したものが三、由来不明が十四。誰かが別の場所で欠けを見つけ、私と同じように個別修正していた衣がある。私だけが救ったという物語は、対照群によっても崩れた。
私はその七人の縫い手を探すよう求めたが、今回の審理範囲から外れると却下された。却下理由と未調査の件数を、報告書の末尾へ残す。自分の判決に必要な差が出たからといって、別の無資格施術者かもしれない手を、閉環二十四という数字へ隠してはならなかった。
十七家へは、結果を公表する前に個別通知が送られた。相続済みの四家には過去の効力を維持する暫定救済、まだ当事者が存命の十三家には、本人たちが望めば第十二条を補い、誓いをやり直す手続きが示される。直すか、現状の法的判断を争うか、何もしないかは家が選ぶ。
最初に返事をしたのは、三十二年連れ添った老夫婦だった。「今さら婚礼をやり直すのは可笑しいから、二人だけで裾を閉じたい」と書いてある。庁は祭司と証人を求めたが、二人は家族以外を入れたくないと譲らない。最終的に、二人の意思を別々に確認し、書記一人だけが隣室で記録する形になった。
別の家では、妻が誓い直しを望み、夫が相続への影響だけを心配して拒んだ。夫婦を一つの回答として扱えず、手続きは保留になる。救済案ができたから救われた件数を数えるのでなく、合意しない二人にも別々の窓口が必要だと分かった。
非閉環を知らされた女性の一人は、私へ会いたくないと明記した。私は謝罪の手紙を送らず、その拒否を守った。私の申告が彼女へ選択肢を渡したとしても、知らせた私に感謝や対話を返す義務はない。
そのうち一人の女性は、婚姻を成立させ直すつもりはないと返した。長年別居しており、裾の欠けを知ったことでようやく離れられるという。別の夫婦は、三十年暮らした事実を衣の不備で否定されたくないと怒った。庁の救済を感謝する家だけを報告へ載せず、拒絶も怒りも、その家の選択として残した。
縫い直しを望む十三家について、費用を誰が負担するかが次の争点になった。これまでは衣装の所有者が払うしかなかったが、欠陥は借り手が作ったものではない。ライヒェルトは、型紙の貸主へ修繕費を請求できるという判断を通知へ加えた。
費用は一着平均銀貨十五枚で、十三着なら銀貨百九十五枚になる。金額そのものより、請求先の欄へ「貸主」と初めて書かれたことが大きかった。これまでは借りた側が検分と修繕を負い、貸した型紙は善意の共有物として責任を持たなかった。
ハーロウ家は、借り手も型紙を見て選んだと反論した。しかし婚礼誓文の欠けを読めるのは二級以上で、借り手の多くは完成見本しか見ていない。知識のある側が欠陥を説明せず反復して貸した責任を、契約書の無料貸与という語では消せないと庁は判断した。
私は、自分が六十九着へ黙って第十二条を足したことで、貸主が欠陥を知らなかった期間を延ばした事実も申告した。貸主責任が生じても、私の沈黙分まで家へ移すわけではない。庁は修繕費と損害の割合を後の協議に回し、まず請求できる権利だけを確定した。
「ハーロウ家だけの特例ですか」と私は尋ねた。
「当面は本件の貸主についてだ。しかし判断理由は、欠陥を知り得た立場で型紙を反復して貸した者の責任、とする」
家名より長く残る理由だった。今後、工房や組合が型紙を貸した場合にも、同じ文を引用できる。六十九件の申告から初めて、私以外の手へ費用と責任が移る道が書かれた。
結果を直し屋へ持ち帰ると、ライナルト様は十七という数字より、非閉環だった人たちの異なる返事を読んだ。私が自分の資格と引き換えに得た成果だとは言わず、用紙の空白へ指を置く。
「終わったあと、したいことを一つ残してくれ」
「審理のあとですか」
「資格がなくなる可能性のあとだ。全部を証拠にすると、あなた自身が残らない」
したいことを問われても、針を持つ以外の自分がすぐには出てこなかった。私は空白へ答えを書かず、紙を折らずに持ち帰った。何も思いつかないことまで、彼へ安心させる嘘で埋めたくなかった。
「あなたと会うこと、と書けば安心しますか」
「安心する。だが、私のために書いた答えになる」
「では書きません」
「そうしてくれ」
彼は傷つかなかったふりをせず、視線を一度灰色の袖へ落とした。それでも、私が彼を残したいものの一つに数えるまで待つ方を選ぶ。私も、期待されているから恋を返す形へはしなかった。
空白の紙は仕事台の抽斗へ戻さず、六十九件の綴りとは別の封筒へ入れた。生涯剥奪が決まったあとも、したいことを考える欄が残っている。その事実だけが、証拠へ自分の全てを使い切らないための、小さな余白になった。




