第40話 一件か六十九件か
第一回の審理では、六十九行が一行ずつ読み上げられた。貸出先は公開せず番号で呼ばれたが、年月日、婚礼衣装の色、私が足した条文は省かれない。書記が同じ文を六十九回記すうち、数字の塊だった仕事が、別々の日に別々の家へ渡った衣として戻ってきた。
一行目の深緑の衣は、貸出前夜に二度糸が切れた。二十三行目の白銀は最初の年の最後で、夫の足音を聞いて針を袖へ隠した。四十八行目から右手の痛みを示す小さな印が増え、六十九行目は離縁を言い渡される五日前だった。審理官の平らな声は、その記憶を情状として膨らませず、かといって同じ一件へ縮めもしなかった。
一部の貸出先からは、家名を審理で読まないよう異議が出ていた。番号だけなら協力する家、婚礼日の公開を拒む家、私の申告自体を虚偽として調べてほしい家。庁は六十九家を被害者とも共犯とも一括りにせず、通知への返事を別紙で添付した。私を赦すという回答は求めていない。
審理官は三人、組合からボーデと法務担当が一人ずつ、私の側にはゾンネが補佐として座った。ライナルト様は傍聴を求めたが、非公開審理のため認められず、庁の外で待っている。王弟の名を使って扉を開ければ、その時点で審理の形が変わるので、彼は抗議だけを書面で残し、決定には従った。
中央の審理官が、訂正欄のある紙を私へ差し出した。
「六十九件のうち、現在の物証からあなたの施術と直接結びつけられるのは一件です。その一件を認め、残り六十八件を撤回すれば、五年停止が量刑の基準になります」
「残りを、していないと訂正するのですか」
「立証を求めない、と訂正する。あなたの私的台帳は証拠価値を持つが、自分で作成した記録だけで六十八件を処分することはできません」
法としての説明は正しかった。申告した数だけで人を罰せば、自分を重く罰したい者の言葉が証拠を越える。私が六十九と言うことと、庁が六十九を認定できることは、同じではない。
「六十八件を撤回しなければ、立証できない部分まで処分へ使われるのですか」
「使わない。庁が認定できなければ一件として裁く。ただし、あなたが全件の検分を求める限り、審理は長期化し、その間の資格は止まる」
軽い刑を選ぶか、重い刑を選ぶかだけではなかった。証拠が揃うまで仕事を止めて待つ時間も、六十九件を出す代価になる。半年か、一年かは分からず、その間に店の客と収入が失われる。それを聞いても、私は待てると即答しなかった。
ゾンネが、直し屋の家賃とミナの賃金を誰が払うかを質問した。審理官は生活補償の規程はないと答える。王弟の援助を受ければ審理の独立が疑われ、推薦工房が支えれば、証言の対価と見なされる可能性がある。私は通常の繕いへ戻れる範囲を確認し、術式に触れない仕事だけで店を保つ計算をその場で始めた。
「一件へ狭めた場合、ほかの六十八着の裾は検分されますか」
「任意の参考調査です。所有者が応じれば見ますが、庁から正式な通知は出しません」
「同じ型紙の欠陥も」
「一件に生じた補修の必要性として扱います。型紙全体の瑕疵まで立証するには、複数の衣と対照が要る」
ここで一件を選べば、私の仕事へ戻る道は残る。その代わり、六十九着が同じ欠けを持って貸し出されたという関係は、私的台帳の中に戻る。五年という時間と六十八件の沈黙を、同じ秤へ置く提案だった。
ボーデは、組合として一件への訂正を勧めた。無資格施術の全件認定が前例になれば、弟子が親方の指示で行った古い補助まで遡って処分され、工房が記録を焼くという。私一人の量刑より、申告制度そのものが使われなくなることを恐れている。
「ならば、記録を出した者ほど重くなる仕組みを変えるべきです」とゾンネが言った。
「変えるには件数が要る」とボーデは返す。「自発申告が年に何件あり、隠蔽より早く被害を止めた例がいくつあるか。今は一人のための規程にしか見えない」
私が最初の一人なら、現行規程で傷を負うのも仕方ないという理屈には同意できない。けれど、私だけを救う条文が次の人に適用されず、王弟との関係ゆえの特例として残る危険もある。そこで自発申告の統計を今後公開し、今回の量刑理由にも「自発性をどう扱ったか」を明記するよう求めた。
「軽くならなくても、判断を書かせるのか」とボーデが尋ねた。
「書かなければ、次の人も同じところから頼むことになります」
彼は賛成せず、提案を組合の制度部会へ持ち帰るとだけ答えた。審理中に結果は出ない。それでも、今の私に間に合わない案だから出さない、とはしなかった。
「自発申告には量刑を軽くする規程を、先に作れませんか」
「この審理の途中で作れば、あなたのための規程になる」とボーデは答えた。「次からの制度として提案はする。だが、今回は現行の条文で裁くしかない」
自分だけ例外にしてほしいとは思わなかった。一方、私を重く罰すれば正義になるとも思えない。処分の重さと、型紙の原因を残すことを分けて考えなければ、また一つの答えで二つの問題を塞ぐ。
「私がしたことは、婚姻を成立させました」
組合側の書記が顔を上げた。私は、功績を申し立てるのではないと先に告げた。
「第十二条を足したため、裾が閉じた家はあります。それは結果です。同時に、私は無資格で、着る人にも知らせず縫いました。それは手続き違反です。救ったから罪が消えるのも、罪だから型紙の欠陥が消えるのも違います」
審理官は、花嫁たちの婚姻が有効なら実害はなかったのではないかと問うた。私は、婚姻成立だけを利益として答えた。知らない間に無資格者が衣へ手を入れたこと、試着者の身体を経たこと、欠陥を知らされず貸出料を払ったことは、結果がよくても消えない。逆に、無資格者が縫ったからという理由で、成立した婚姻を無効へ戻すべきでもない。
提出された一着の所有者は、書面で私への処罰を望まないと答えていた。別の所有者は、家名を隠すなら最大の処分を求めると書いた。私はどちらも量刑の票として使わないよう願った。処罰感情を聞くことは必要でも、赦した人数と怒った人数の多数決で資格を決めれば、声を出さない家がまた数字から消える。
「当事者の意思を無視するのか」と組合法務が訊いた。
「無視しません。受けたこと、望んだことを残します。ただ、赦した人に私の資格を支える責任まで持たせないでください」
その言葉は、最初に六十九行を仲間へ開いた朝、エルナが出した条件にもつながっていた。傷を示した人を、罰を求める役にも、赦す役にも固定しない。審理の外で私たちが決めた扱いを、正式記録にも申し入れた。
ゾンネは私の言葉を補わず、提出した六着の検分票を並べた。六着すべてに第十二条があり、貸出台帳と私的台帳が一致する。ただし残る六十三着を同じ縫い手と認めるには、所有者の同意と比較が要る。証明できていないことを自分から述べた上で、その証明を求めるのが六十九件の申告だった。
審理は次回へ持ち越された。訂正期限だけは翌日まで残る。庁を出ると、ライナルト様が雪のない石段に座り、灰色外套の膝へ手を置いていた。立ち上がる前に私の顔を確かめた彼の視線は、すぐ、私が胸元へ抱えた空欄の訂正用紙へ下りた。
庁の扉が開くたび、別の申告者や書記が私たちの横を通った。王弟に席を譲ろうとする者には、彼が先に立って道を空け、また同じ段へ戻る。その繰り返しは、待つことから特別な献身の光を剥ぎ取り、一日の中にある少し不便な時間へ戻してくれた。
彼のそばには、包みを持った従者が一人いた。昼を過ぎても私が出ないので、食事を運ばせたらしい。毒見を済ませた王室の箱を使わず、冬祭りの屋台と同じ店から買った蜂蜜焼きが二つ、薄紙へ包まれている。私たちは石段へ腰を下ろし、審理の話を始める前に一つずつ食べた。
「今日は先に三つ数えないのですね」と言うと、彼は自分の分を半分に割った。「同じものを同時に食べれば、どちらが毒見か分からない」
冬祭りで初めて蜂蜜焼きを分けたときとは違い、今は紙の結果を待つ間だった。それでも、私がすぐ説明を始めるまで急かさず、甘い生地を飲み込む時間を同じにする。資格を救えなくてもできることを、彼は大きく見せず選んでいた。
「一件なら、五年だと聞いた」
「はい」
「王室から、量刑を軽くする意見を出すことはできる」
一度だけの申し出だった。恩赦を勝手に使うつもりはなく、私が望むなら正式な意見として出すという。何もできない自分に彼が耐えかねていることも、声の硬さで分かった。
「出さないでください。王弟の衣を作った報酬として軽くなれば、六十九家の検分まで私たちの私事になります」
「分かった」
彼は二度目を言わなかった。断られたことを、自分が見捨てた証拠にも、私が強い証拠にもしない。代わりに石段を一段下り、同じ高さから私へ尋ねた。
「では、判決のあとも来てよいか」
「どこへですか」
「あなたのいる店へ。資格が残っていても、なくても」
仕事の依頼を装った約束ではなかった。私は五年後や生涯の先を想像できないまま、「来るかどうかは、あなたが選んでください」と答えた。
「選んだ。行く」
「判決のあと、私が会いたくないと言ったら」
「扉の外まで行き、帰れと言われたら帰る」
「来ることは決めるのですね」
「あなたが私の選択を先に決めるなと教えた。会うかはあなたが決め、行くかは私が決める」
少しずれた律儀さに、私は笑いそうになった。生涯の処分を前に笑うのは不謹慎だと押さえかけ、誰への礼儀なのか分からずやめた。彼も口元を緩めたが、約束を恋の告白へ言い換えはしなかった。
石段を下りるとき、灰色外套の袖が私の仕事着へ触れた。初めて十二歩を越えて彼の襟へ伸ばした指より小さな接触で、どちらも立ち止まらない。待つ、来る、帰るという動詞が、十二歩の距離より近いところで二人の生活へ入り始めていた。
翌朝、訂正欄を空白のまま返した。登録から八日目の午後、資格停止の執行官が直し屋へ来た。二級の板と術式針を預かるという通知を読み上げ、私の作業台へ赤い封紙を貼る。
糊が乾くまでのあいだ、私は自分の台に触れなかった。わずか八日前に得た登録番号が、封紙の中央へ停止番号として書き写されていった。




