第38話 二級試験
ゾンネは、その場で推薦書を書かなかった。六十九着のうち、私が自分の記憶だけで数えた二件を選び、貸出台帳と現物の所在を四日以内に確かめるよう課題を出した。フォスは、彼の工房に残る焼損布を五枚持ってきて、原因と再発防止を別々に記せと言う。ラウは規程集を開き、無資格施術者を推薦してはならない条文がないか、自分で探せと命じた。
三人とも、私を信じるから推薦するとは言わなかった。推薦ができるのは、受験させると判断するところまでで、合格させる魔法にはならない。十日後に落ちる可能性も、合格後すぐ資格を失う可能性も知った上で、それでも二級を受ける力が今あるかを、それぞれの仕事で測った。
十日という期限から、私は最初に休む時間を引いた。右手で金糸を縫う実技がある以上、前日まで練習を重ねれば、本番前に紋を削る。朝は一刻だけ筆記、昼は推薦課題、夕方に金糸を六針だけ通し、夜は湯へ手を浸して針箱をケルナーへ預ける。予定表へ書き込んだのは、練習量より先に、止める時刻だった。
ミナは、私が机へ向かうたび砂時計を返した。初日は私が「あと一問」と言い、二日目には彼女が問答無用で紙を伏せる。自分より若い弟子に止められることを恥じそうになったが、試験に受かる力には、他人の停止を受け入れる力も含まれる。私は抗議した回数まで健康記録へ付けた。
私は二件の貸出先へ手紙を出し、訪問を許された一軒では、持ち主の前で衣装箱を開いた。薄青の絹は十年のあいだに黄ばみ、第十二条の金糸だけが裏で暗く光っている。もう一軒は現物を処分していたが、婚礼前後の支払帳に、私の私的台帳と同じ糸代が残っていた。現物ありと現物なしを同じ確度にせず、二種類の報告へした。
五枚の焼損布は、炎の形だけで診断しなかった。縫い代を開き、布目を灯りへ透かし、糸が熱を受けた方向を裏から読む。一枚は入口の過密、二枚は補修糸による流路の断絶、一枚は洗い縮みによる出口の閉塞。最後の一枚には原因が二つ重なっており、一つに決めれば再発するので、「判定不能」で片づけず「追加の全体検分が必要」と書いた。
フォスは私の報告を読み、三枚目へ赤を入れた。洗い縮みを原因とした布には、着用者が太った可能性も残るという。私は寸法台帳を求めたが、工房には最初の肩幅しかなく、現在の身体は測っていない。そこで原因欄を「布寸法と現身体の不一致」へ広げ、洗濯だけを断定しない形に直した。
「試験なら、もっと短い答えが好まれる」とフォスは言った。
「短くして誤るよりは、減点を選びます」
「それを含めて推薦する。だが、試験官があなたの事情を知って甘くすると思うな」
甘くしてほしくないと言い返すのは簡単だった。実際には合格したくて、落ちれば六十九件が開かないことを恐れている。私は潔い受験者の顔を作らず、「甘くされれば、審理で困ります」とだけ答えた。
ラウの規程集には、審理中の者を推薦できないという条文があった。ただし私はまだ申告前で、審理中ではない。それを抜け道として隠さず、推薦書の備考へ、合格後直ちに六十九件を申告する予定と明記する。審査官がその事情を理由に受験を拒むなら、拒否の条文を示すよう求める文も添えた。
四日目、三人の推薦が揃った。ゾンネは「記録の確度を分けた」、フォスは「複数原因を一つへ畳まない」、ラウは「自分に不利な予定を備考から外さなかった」と、それぞれ理由を書いた。人格への保証は一行もなく、その方が私には重かった。
推薦書の封は、三人が別々に閉じた。私が中身を見て書き換えを頼まないためでもあり、三通が同じ文面なら相談して作った推薦と疑われるためでもある。受付では、推薦者と私に最近の金銭契約がないことを確かめられた。ゾンネの工房で働いた賃金、フォスへ支払った材料費、ラウから借りた規程集を一つずつ申告し、通常の取引である証票を添える。
「王弟殿下との契約は」と受付官が訊いた。
「灰色外套の製作契約があります。報酬は受領済みです。今回の推薦は受けていません」
王族との関係を隠せば、あとで試験全体が疑われる。名を使わないことと、関わりがないよう装うことも別だった。
王家の推薦状も、書こうと思えば用意できるとライナルト様は言った。二級試験には王室工房枠があり、国王か王弟の推薦なら定員外で受けられる。私は申請用紙へ彼の名を一度置き、審理でどう読まれるかを考えてから線を引いた。
「あなたの推薦で受かれば、六十九件の診断まで王弟が買ったと言われます」
「私が何も書かなければ、三人に負担を移すことになる」
「三人は、自分の基準で推薦しました。あなたに推薦する力がないとは思いません。ただ今回は使わないと、私が選びます」
彼は納得した顔を作らなかった。役に立てないことへ腹を立てているのが分かる。それでも、役に立ちたいという感情を私の審理へ押し込まず、「では、試験場の外で待つことはできるか」と尋ね直した。
「待っていただいても、結果は変わりません」
「私の一日は変わる」
「待つだけですよ」
「何もできない日を、何も考えず過ごせるほど慣れてはいない」
彼の言葉で、王宮の遠い部屋へ置かれてきた時間を思った。人から離れて待つあいだも、彼はただ受け身でいたのではない。距離を守るために、自分で選んだ仕事として、その長い時間を引き受けてきた。今回は私が頼んだわけでも、命じたわけでもない。彼自身が場所を選べるなら、試験場の外の一日まで私が不要と決めるべきではなかった。
「では、待っていてください。ただし、王室の馬車を入口へ横づけしないでください。ほかの受験者が通れなくなります」
「徒歩で行く」
「護衛は」
「二人だけ、離して置く」
実務的な条件を交わすうち、待たれることへの居心地の悪さが薄れた。恋人と呼べる約束に届かなくても、仕事の結果を変えずに同じ一日を持つ方法はある。
答えに困った私を見て、彼は灰色外套の襟を自分で整えた。試験には手を貸さず、ただ同じ日に同じ場所まで来たいという希望なら、断る理由を私は持っていなかった。
二級試験は三日間だった。初日は規程と設計の筆記、二日目は誓文の縫製、三日目は焼損布の検分。受験者は、使用した針、布、判断をすべて番号で残し、最終日に口頭で説明する。
受験者は十九人で、女性は私を含め三人だった。年齢も所属も違うが、試験中は番号で呼ばれる。私の番号は十九。事情を知る試験官が答案の名を見て判断しないよう、筆記と実技布には最後まで番号しか付かなかった。
一日目の四十問には、誓文以外に、工房閉鎖時の記録移管、試着者の報酬、焼損時の届け出期限が出た。知識だけでなく、相反する義務が重なったとき優先する順を問われる。私は人命、証拠保全、顧客通知、工房報告の順とし、急いで衣を直して証拠を消すことを最後に回した。
筆記には、第十二条の欠けた型紙を依頼人がそのまま縫えと言った場合の問いがあった。規程どおり拒否し庁へ報告する、と書くだけなら正答になる。私はそれに加え、欠落すれば裾が閉じず婚姻が成立しないことを依頼人へ説明し、拒否と報告の控えを双方へ残す、と記した。三年前の私にできなかったことを、模範解答に見せるつもりはなかったので、現に同じ型紙が流通している可能性も末尾へ書いた。
二日目に渡されたのは、無地の婚礼衣装の裾だった。金糸で第一条から第十二条までを二刻以内に閉じる。婚家の蔵では六十九回、第十二条だけを暗がりで足したが、十二条すべてを明るい試験場で縫うのは初めてだった。
第七条へ針を入れたとき、夫が妻を愛することを要しないという文が金色に並ぶ。条文だけを悪と呼べば、情愛を誓えない政略婚の人まで婚姻から落ちる。欠けていたのは、夫が妻の手と仕事を取り上げないという第十二条であり、二つが同時にあることで、愛を強いず生活を奪わない誓いになる。私は意味を考える速度と針を動かす速度を分け、右手が震えたところで一度休めた。
制限より四分早く裾は閉じた。閉環の光が輪を走っても、私は成功を見続けず、針を置いて指の熱を申告する。検分では崩れが一つ増えており、試験監督は続行できる範囲だと言ったが、私は三日目に縫製がないことを確認してから署名した。
試験布は持ち帰れない。代わりに、針を置いた時刻、申告した熱、休止した回数が記録票へ残る。速く縫ったことだけを成績にすれば、痛みを隠した者が上へ行く。二級には工房で他人を止める権限も生じるため、自分を止めた記録も採点対象だった。
控室で右手を冷やしていると、隣の受験者が、試験中に止まれば未熟と思われるから黙っていたと話した。私は説教せず、申告はまだ間に合うと記録係の場所だけ教えた。彼女が行くかどうかは見届けなかった。自分が正しい選択をした証人として、相手の行動を使いたくなかった。
最終日の焼損布は、十二枚の中から一枚を抽選する。私へ渡ったのは、袖口から肘へ褐色の筋が上がる子供用の礼装だった。焦げの大きさだけなら出口不足に見えるが、裏を開くと袖丈を三度伸ばした跡があり、二度目の継ぎ布が流路の上へ重なっていた。
私は、最初の仕立てを欠陥とはしなかった。子供が育ったあと同じ術式を測り直さず、布だけを足した時点で出口が閉じた、と診断する。再発防止には廃棄でなく、現在の腕を直接測り、術式を一度外してから継ぐ手順を書いた。着用者が何歳で、誰が試着したかの記録がないことも、判断の限界として述べた。
試験官は、写真だけを見て診断できるかと問うた。私は、焼損箇所と糸の年代は推測できても、現在の身体寸法と裏の継ぎ目を見なければ確定できないと答える。「二級なら結論を出すべきでは」と重ねられても、資格は見えないものを見たことにする許可ではない、と返した。
さらに、当時の子供本人を呼んで再着用させれば原因を確かめられる、と仮定を示された。私は拒否した。再現で利益を得るのは工房と試験制度で、危険を負うのは着用者である。本人が成人後に望んだとしても、まず人台と試験布で検証し、必要なら受益者を明らかにした契約を作るべきだと説明した。
正解が用意された問いではなかったらしい。三人の試験官は互いの記録を見たが、賛成も反対も告げない。私は自分の判断が採点にどう響くかを追わず、十九番の札を返した。
口頭試問を終え、外へ出たときには日が傾いていた。ライナルト様は試験場の石段から十二歩より内側、灰色外套が守る同じ欄干のそばにいた。合否は七日後まで出ない。彼は出来を尋ねず、私の右手を見て「増えたか」と訊いた。
「一つ増えました」
「それを、受けてよかった代価だとは言わない」
「はい。私も言いません」
七日後、掲示板には合格者が番号順に並んだ。私は上から読み、最後の行でようやく、自分の名を見つける。
――二級衣装師 ヴェレナ・ノルデン。
隣にいたライナルト様はおめでとうと言わず、私が読み終えるまで名簿を見ていた。喜ぶ言葉は、登録証を受け取ってからにすると決めているようだった。




