第37話 六十九着
翌朝、直し屋の作業台には、六着の婚礼衣装と一冊の帳面を置いた。写真だけが残る一着と、裾の一部だけが返ってきた一着は、現物と混ぜず別の台に載せてある。見つかった八件が六十九件すべての代わりをするように見せたくなかった。
集まったのはケルナー、ミナ、ゾンネ、フォス、ラウ、それにエルナだった。ライナルト様は灰色外套を着て、皆と同じ卓の端へ座る。王弟として裁きを見届けるのでなく、昨日まで黙って待った依頼人として、私が口を開くのを待っていた。
扉には「関係者による記録確認のため休業」と貼り、新聞記者も組合の書記も入れなかった。告白を公表する前に仲間の同情を集める会にするつもりはない。今日確かめるのは、私の記憶と帳面のどこが一致し、どこからがまだ一人の主張にすぎないかだった。
六着には一から六まで札を付け、写真は七、裾片は八とした。所有者が許した検分範囲も札の裏へ書く。第一の家は工房名を伏せること、第四の家は婚礼年月までは出してよいこと、第六の家は判決が出るまで一切公表しないこと。私が罪を明かすためでも、他人の衣を勝手に公開する権利は得られない。
私は最初に、自分の白い婚礼衣装の検分票を出した。第十二条を無資格で縫い足した一着は、婚姻無効を届けた時点で、すでに私自身の件として処理されている。今日開く帳面に並ぶ六十九着は、それとは別に、婚家が他家へ貸し出した衣装だった。
「無資格で針を入れた総数は、私自身の一着と、他家の六十九着を合わせて七十着です。これから六十九着と呼ぶのは、必ず他家の分だけにします」
ミナが二つの数字を紙へ書いた。一と六十九、その下に総数七十。足し算なら子供にもできるのに、私は三年間、一と六十九を同じ帳面へ置くことさえしなかった。
帳面の最初の頁を開いた。日付、貸出先の頭文字、糸代、足した条文。最初の年は二十三着、二年目までで四十七着、最後の頁で六十九着になる。表の貸出台帳と照らせば日付は一致し、ここにある六着、写真、裾片にも、私の返し針の癖が残っていた。
「婚家にいた三年間、私はこの衣装へ第十二条を足しました。正式な型紙は第十一条で終わっており、そのまま貸せば裾が閉じなかったからです。資格はなく、家人にも、借りる家にも知らせませんでした」
声は震えなかった。震えなかったことを、私は立派だとは思わない。長く隠した事実ほど、口に出すときには何度も心の中で言い終えている。初めて聞く人にとっては今朝始まった話でも、私だけは三年と、その後の時間を使って慣れていた。
「なぜ、六十九回も」とミナが訊いた。
責める声ではなかったので、かえって答えを短くしたくなった。けれど、夫に命じられたからだけでは、二着目以降に自分で蔵へ入った夜が消える。
「最初は、貸出先の婚礼がほどけるのを防ぐためでした。一度直せば、次も私が直す方が早い。欠陥を言えば貸出そのものが止まり、婚家の収入が減る。そう考えて、黙ることまで仕事へ含めました」
三着目までは、夫の机から貸出票を盗み見て蔵へ入った。四着目からは、帳簿係が衣装箱を廊下へ出す時刻を覚え、誰にも命じられず先回りした。二十着を越えたころには、糸代を家計の余りから出し、五十着を越えるころには、返し針を浅くして右手の痛みをごまかす方法まで身につけていた。
「断れば、どうなると思っていた」とケルナーが尋ねた。
「婚礼当日に裾がほどけ、借りた家が責任を問われます。婚家は貸出料を失い、私は役に立たない妻として追い出されると思いました」
「実際に追い出された今、それより悪かったか」
答えは簡単ではなかった。離婚して仕事を持った今から見れば、早く言えばよかったと書ける。けれど当時の私は、家を出れば暮らせず、自分の針が無資格だということだけを知っていた。その怖さを愚かと片づければ、同じ立場の人へ次も正しい選択だけを要求する。
「分かりません。だから、怖かったことは事情として書きます。でも、怖かったので六十九回が一回になるとは書きません」
「花嫁を助けたかったんですよね」とミナは言った。
「助かった花嫁はいます。でも、それを理由に無資格でよかったとはしません。完成前に別の人が試着し、火傷した衣もありました。私は花嫁の名も、試着した人の名も帳面へ残していません」
エルナが自分の首の痕へ手をやった。彼女は私を赦すとも、責めるとも言わず、六十九行を最後まで読んだあと、「私の一件を、先生の事情の説明に使わないでください」と告げた。
「使いません」
「でも、同じ報告書には載せてください。別のことだと分かるように」
私はその条件を帳面の表紙へ記した。私が縫った第十二条と、誰かが負った火傷にはつながりがあるが、一方が他方を正当化したり、重く見せたりする材料ではない。二つを別表に置き、参照番号だけを結ぶ。
ミナも、自分が私を尊敬していることを証言に使わないでほしいと言った。「先生が悪い人じゃないって、あたしは言えます。でも、六十九着を縫ったときの先生を、あたしは見ていません」
「その通りです」
「それから、全部申告してほしいとは思います。でも、資格を失ってほしいわけじゃありません。両方書いてください」
私は彼女の希望も、賛成票にまとめず記した。近しい人の言葉ほど、私を赦す役へ使いやすい。泣きながら反対し、それでも全件を望むという矛盾を、そのまま残す方がミナ自身の言葉だった。
ラウは逆に、推薦を頼まれる前に、自分なら一件へ狭めると明言した。工房を守り、五年後に資格を戻し、その間に民間の聞き取りを続ける方が、長い目では多くを変えられるという。彼の計算も利己的ではない。私が全件を選ぶなら、最も合理的な反対を聞いた上で選ぶ必要があった。
ゾンネは六着の裾を検め、フォスは貸出台帳との一致を読み、ラウは無資格施術の規程を開いた。一件なら登録停止は五年。複数を故意に反復し、顧客へ知らせなかった場合は、生涯剥奪まであり得る。ただし、今ここで物証とともに立証できるのは、少なくとも六着と二つの断片であり、六十九件すべてではない。
「まず一件だけ出せ」とフォスが言った。「一件の審理中に型紙の欠陥を申し立てる。残りは、証拠が揃ってから追加すればいい」
「その場合、庁は一件だけを偶然の補修として処理できます」
「五年で戻れる可能性がある」
「戻れます。でも、六十九件が同じ欠陥から生まれたことは残りません」
「戻ったあなたが、あとから調べればいい」とラウが言った。「生涯資格を失った者の報告より、五年後の二級が出す報告の方を、庁は重く見る」
「五年間、同じ型紙が使われたら」
「使用停止だけを別に求める」
「一件の事故としてなら、同型すべては止まりません」
互いに次の手を出すたび、どこかで制度の扉が閉じる。一件なら私の先が残り、六十九件なら型紙全体への入口が開く可能性がある。どちらも確実ではなく、失う方だけがはっきりしていた。
フォスは私を守りたいのだろう。だからといって、彼の案を卑怯とは呼べなかった。一件ずつ確かな証拠を出すのは、審理として間違っていない。問題は、私がその間にも残り六十八件を秘密として持ち続けることだった。
ケルナーは私に決めろと言わず、帳面の一行目と六十九行目へ同じ紙片を挟んだ。「最初と最後で、縫い方は変わったか」
「三年目は右手が傷み、終端の返しが浅くなっています。けれど、足した条文と閉じ方は同じです」
「途中で、型紙を直させようとしたか」
「しませんでした。一着ずつ私が直せば済むと思いました」
問いに答えるたび、六十九は事故の数ではなく、私が同じ選択をし直した回数になった。最初の夜に命じられたことと、最後の夜まで黙ったことは、同じ重さではない。それも一行へ均してはいけない。
ライナルト様は、全員の話が終わるまで口を挟まなかった。王家の名で審理官へ型紙を調べさせることも、一件で済ませるよう頼むこともできる人が、私の帳面から手を離したまま尋ねる。
「あなたは、どちらを残したい」
「どちら、とは」
「一件にして戻れる道か。六十九件を出して、同じ型紙に同じ欠けがあったという記録か」
救われたいか、正しいことをしたいかとは訊かなかった。どちらにも失うものがあり、どちらを選んでも彼の望む答えにはしない問いだった。
私は六十九行をもう一度見た。ここにない花嫁の名、試着者の名、何も知らず衣を借りた家。私が戻れる五年を残しても、その人たちの衣が調べられなければ、同じ夜を閉じた意味まで私の胸の内側にしか残らない。
「六十九件を残します。私が縫ったことも、型紙が欠けていたことも、別々に」
「生涯になってもか」とフォスが確かめた。
「なっても、ではありません。なる可能性が高いと分かった上で出します。ただ、生涯を望んで出すのではありません。軽くできる規程があるなら、原因を消さない形で使ってください」
自分を罰することが目的だと誤解されれば、審理官は告白を自己犠牲として扱い、証拠を調べなくなる。六十九件を認定させることと、最も重い刑を望むことは違う。その区別も申告書の冒頭へ置いた。
ライナルト様は頷いたが、よかったとは言わなかった。ミナも泣かなかった。選んだ瞬間を美しく包まれなかったことで、私は自分の選択を他人の賞賛へ預けずに済んだ。
問題は、申告書の最後に付ける検分請求だった。婚礼誓文の条数と閉環を公的に診断できるのは二級以上で、三級の私が六十九着を見ても参考意見にしかならない。無資格施術を告白する資格は誰にでもあるが、欠陥型紙の検分を求めるには、今の私では一段足りなかった。
三級のまま申告し、二級のゾンネに検分請求だけを頼む方法もあった。だがそうすれば、私の罪と、彼の診断が別件として扱われ、六十九行を同じ申請番号へ載せられない。ゾンネは共同申請を提案したが、庁の書式では、施術者自身が二級なら現物の所在を含む全件照会を求められると分かった。
私は資格を名誉として欲しいのではない。受理された瞬間に失う可能性があっても、自分のしたことと、布から読んだ欠陥を、同じ名で提出するために要る。二級の板は長く首へ掛けるためでなく、閉ざされた窓口へ一度届く厚さとして必要だった。
次の二級試験は十日後だった。受験には一級または二級三名の推薦、実務記録、右手の紋の検分が要る。私はゾンネ、フォス、ラウの前へ、隠していた帳面と三級登録証を並べた。
「推薦してください。合格した日に、六十九件を申告します」
推薦を頼む言葉が、罪を軽くしてほしいという願いに聞こえないよう言い換えはしなかった。三人が何を確かめ、誰が断るかまで、私は受け取るつもりで待った。




