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「愛することはない」と言った旦那様と離婚して、王都一の魔導衣装師になりました  作者: 星舟能空


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第31話 型紙にならない一着

 差止書は、春の祭礼まで九日という日に届いた。衣装師組合、誓約庁儀礼課、王室祭礼局の三者名義で、灰色外套を公的な儀礼へ持ち込むことを認めないとある。


 理由は、未登録方式であること、着用例が一人しかないこと、第三者による再現試験をしていないこと。さらに、王弟殿下の周囲で異常が起これば、隣に立つ国王の術式衣や参列者の礼装へ延焼する可能性が挙げられていた。


 差止書の裏には、祭礼で許可された衣装の一覧があった。王族用の二十八着は、すべて登録済みの祝い術式で、糸の太さも出口の数も規格内に収まっている。灰色外套だけが異物なのは確かだった。しかし、その一覧の安全距離欄は空白で、ライナルト様が近づいた場合の試験をした衣は一着もない。


 私は反論書へ、外套の安全だけでなく、周囲の礼装を何歩で退避させるかも審査すべきだと書いた。彼だけを壇上から除けば事故は防げる。それは過去三十一年と同じ、最も簡単で最も検証を必要としない安全策だった。今度は彼が着るものと、彼の隣にあるものを、同じ紙の上で調べたかった。


 私は差止書を持って組合へ行った。会議室にはボーデのほか、儀礼課の官吏、祭礼局の責任者、公爵家の家令がいる。ライナルト様は呼ばれていなかった。衣装の安全審査に着用者本人を入れないことが、この国では普通らしい。


「一人に合ったことは認める」とボーデは言った。「だが、一人にしか合わないものを型紙と呼べば、標準という言葉がなくなる」


「私は標準型紙として申請していません。ライナルト様個人の外套です」


「祭礼で王族が着れば、明日には十軒が似たものを作る。殿下が着たという事実そのものが、組合の認可より強い印になる」


 彼の懸念は、入り口のない術式を初めて審査へ出した折に聞いたものと同じだったが、公の壇上と三千人の観衆が加われば重さが違う。成功した一着は、失敗した三十六枚より速く広まる。入口のない術式だけを真似し、利益を受ける本人に試させる条件や中止手順を捨てる者も出るだろう。


「では、何が揃えば認められますか」


 儀礼課の官吏は規程を開き、「同型三着、異なる三名による試着、七日間の連続使用」と読んだ。条文の余白には、対象となる着用者が一人しかいない場合の扱いはなかった。


「異なる三名には動きません。あの方の周囲にある魔力だけで働く衣です」


「ならば再現不能だ」


「着用者は同じまま、同じ条件で三着を試すことはできます」


「それは一人の例外を三度測っただけだ」とボーデが答えた。「標準は、例外を作らないためにある」


 祭礼局の責任者は、規程とは別の懸念を挙げた。壇上には王と王弟だけでなく、聖職者六人、近衛八人、献花を運ぶ子供が二人上がる。予定どおり三歩離れていても、歩みの順が乱れれば一歩へ縮まる場所がある。外套一着の試験では、十六人の衣まで保証できない。


 私は配置図を借り、移動線へ距離を書き込んだ。献花の子供は術式のない白麻、近衛は金属鎧で礼装を外へ出さない。問題は、祭司の肩帯と国王の王衣だった。二十一口の外套が本人の魔力をすべて吸うわけではない以上、隣の術式衣へ流れる可能性は残る。私は祭礼前に同じ金糸の帯を距離別に置き、白変が出たらどの鐘で中止するか、局と決める必要を認めた。


「認める、とは、危険だから辞退するという意味か」と官吏が訊いた。


「危険が残るから条件を作る、という意味です。条件を作れないなら辞退します」


 安全だと言い張って通すことも、危険だと言われて黙って退くことも、着る人の望みを訊く前には選べなかった。会議は結論を保留し、差止書だけが有効なまま終わった。


「標準へ人を合わせ、二十六着を焼いたことは、例外を作らなかったことになりますか」


 会議室の空気が硬くなった。二十六着の寸法不良は私たちの検分では見えていても、公的な焼損原因としてはまだ確定していない。私は言いすぎたことを認め、診断を避けて、確かめられた結果だけへ言い直した。


「二十六着が焼けた事実と、第三号が一刻を越えて保った事実があります。どちらも一人分の記録です」


 ボーデは私を言い負かそうとせず、差止書を指で押さえた。規程にない例外を認めたあとで何が広がるかを、私より遠くまで見ようとしている顔だった。


「あなたの一着が悪いと言っているのではない。よい一着だから危険なのだ。王族が着れば、条件の部分を読まずに答えだけを写す者が出る」


 私はその言葉を持ち帰った。正しさが一方だけにあれば、手続きはもっと簡単だった。けれどボーデが守ろうとしているのは、自分の権威だけではない。型紙を信じて働く職人と、それを安全だと思って着る客も含まれている。


 公爵邸の書庫で差止書を渡すと、ライナルト様は最後まで読み、署名欄が空であることを確かめた。自分の危険について書かれた紙なのに、自分の意思を記す場所は最初から作られていない。


 机の傍らには、春の祭礼で読み上げる祝詞の写しがあった。国王の名に続き、王女、王弟の順で春の安寧を誓う文面なのに、配置図では彼だけが三歩後ろへ下げられている。声は家族の一員として広場へ届き、身体だけは同じ段へ置かれない。その矛盾を、私は今まで儀礼の形として受け入れていた。


「差止めに従っても、祝詞は読まれるのですか」


「私の分は、兄が読む。これまでもそうだった」


 つまり失うのは一日の晴れ舞台だけではない。自分の名で誓うはずの言葉を、また兄へ預けることになる。私は安全の説明をする前に、その代価を聞くべきだった。


「あなたは、着るなと思うか」


「安全だけを言えば、着ない方がよいです」


「では、着ない方がいいのだろう」


 彼は紙を畳みかけた。私は、自分の答えが彼の選択を終わらせたことに気づいた。三年間、私は相手のためという形で先に決めてきた。今も、安全という正しい言葉を使えば同じことができる。


「お待ちください。私は、衣装師として危険を申し上げました。あなたが兄上の隣に立ちたいかは、まだ伺っていません」


 彼の手が止まった。


「立ちたい」


 整った王族の返事ではなかった。短く言ったあと、彼は理由を探すように窓の外へ目を向けた。


「三十一年、私は兄の三歩下か、四歩後ろにいた。あれが安全だった。安全だったが、私が望んだ位置ではない」


「でしたら、着てください。私の資格を証明するためでも、組合を負かすためでもありません。あなたが兄上の隣に立ちたいなら」


「あなたは、怖くないのか」


「怖いです。第三号が燃えることも、陛下の王衣へ熱が移ることも、成功して粗悪な模倣が売られることも」


 私は一つずつ数えた。恐れていない顔をすれば、あとで彼が私の覚悟を借りて無理をする。怖さを隠さず、それでも何を引き受けられるかを分ける必要があった。


「ですが、あなたが立ちたいと言ったことを、私の怖さだけで無かったことにはしたくありません。止めるべき色が出たら、私は祭礼の途中でも止めます。そのときあなたが恥をかくとしてもです」


「分かった。その恥は私が持つ」


「止めた判断は私が持ちます」


 彼は一瞬だけ目を細めた。責任を曖昧に半分ずつ分けるより、互いに自分の選択を持つ。冬祭りの広場で秘密を伏せた日から、私たちが何度も言い直してきた関係だった。


 私は差止書の裏へ、分かっている危険と中止条件を書いた。外套は本人専用で、他者へ同型を推奨しないこと。壇上の下へ消火布を置き、異常時には本人が退場すること。周囲の礼装に白変が出た時点で、祭礼を止めること。


 さらに、壇上へ上がる十六人の衣装一覧、退路、消火担当、停止を告げる鐘の回数を別紙にした。祭司の肩帯は銀糸を外し、献花役の子供には術式のない衣を用意する。国王の王衣だけは儀礼の中心で替えられないため、肩の金糸が一本でも白変したら、祈りの途中であっても王と王弟が左右へ離れる手順にした。


 祭礼局は、儀式を汚すと渋った。だが、止める手順を書かないまま成功を祈る方が、祈りを安全策へ使っている。私は第三号の一刻超試験、金糸の十二歩試験、第二号を三分五十四秒で脱いだ記録を提出し、止めた実績も安全性の一部として数えるよう求めた。


 ボーデは外套を認可しなかった代わりに、模倣禁止の臨時通達を出した。波形の菱形だけを写した衣を「王弟式」と称して販売すれば処分する。ただし私たちも、祭礼で成功した場合に同型の注文を受けず、記録には未登録の一人用試作と明記する。その条件へ私、ミナ、ケルナー、ゾンネの四人が名を連ねた。


 ライナルト様は一つずつ読み、最後へ自分の名を書いた。王家の印を使わず、私有衣の着用者として普段の署名を選んだ。


「私が着たい。あなたが私に誂えたものだからだ」


「ミナとケルナーとゾンネも作りました」


「知っている。だが、私に着るかを返したのは、あなたです」


 署名した紙を、彼は王室祭礼局へ提出した。差止めが消えたわけではない。規程上、王族本人が私有衣を着ることを組合は強制的に止められず、祭礼局には式を中止する権限がある。その二つの間で、局は壇上の配置を三歩のままにし、消火要員を増やす決定をした。


 祭礼前夜、配置図の訂正が届いた。国王フェリクス三世の名の横から、弟までを示す線が二歩ぶん消されている。


「陛下ご自身の変更です」と使者は説明した。「王弟殿下の危険同意書を読み、自分の立ち位置は自分で決める、と」


 三歩が一歩になっていた。外套が守る範囲は、着る人の身体から、その隣に立つ人まで広がっていた。


 使者が帰ったあと、私は配置図を仕事台へ広げた。三歩なら白変しても退く余裕がある。一歩では、国王の金糸が受ける魔力も、弟を隣へ置くという意志も、桁が違う。安全を測った私に相談せず距離を変えたことへ腹が立ち、同時に、兄もまた自分の位置を自分で選んだのだという言葉を否定できなかった。


 そこで一歩を元へ戻せとは書かず、国王本人の危険同意を求めた。夜半に返った紙には、弟だけに遠ざかる責任を負わせない、白変時には自分も手順どおり退く、とフェリクス王の署名があった。王命の威光を外し、一人の着用者の署名として受け取って、私は国王用の停止票をもう一枚作った。


 祭礼前の最後の点検で、灰色外套の襟には私が触れた日の折れ癖が残っていなかった。二十一の出口を一本ずつ開き、前紐を三度引き、裏札の名を確かめる。明日一歩へ立つのは王弟一人でも、そこへ届くまでに選んだ人の名は、衣の内側から一つも消えていなかった。


 点検票を閉じる前に、私は着用を中止する最終権限者の欄へもう一度、自分の名を書いた。立たせたいと願う私と、止めなければならない衣装師が同じ人間でも、どちらかを曖昧にはしなかった。


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