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「愛することはない」と言った旦那様と離婚して、王都一の魔導衣装師になりました  作者: 星舟能空


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第30話 波形の菱形

 第二号外套には、脇、袖口、裾へ二つずつ、背の下部へ二つ、合計八つの逃がし口を置いた。織り目を割って周囲を補強し、暖気を使い終えた魔力が外へ散る道を作るので、単なる穴とは違う。数を増やすほど一つの負担は減るが、縫い目が増えるほど布は裂けやすくなる。


 第一号で重なった右脇の三本は、高さを一寸ずつずらした。線が交差しないよう平らな型紙で離すだけでなく、腕を下ろした状態の麻の仮身頃へ糸を渡し、布が折れたあとも互いに触れないことを確かめる。ケルナーが人台の肩を押し下げ、私が脇を閉じ、ミナはそのたびに出口へ細い紙片を差して、塞がっていないかを見た。


 八口の縁は、同じ幅に揃えなかった。袖口は動きが多いので短く深く、裾は裂けにくいので長く浅くする。教本なら均一であることが美しい縫い目だが、同じ量を違う場所から逃がすには、布の強さに合わせて形を変える必要がある。仕上がった裏側には不揃いな八つの口が並び、それぞれの理由を知らなければ、腕の悪い衣装師の仕事にも見えた。


 第二号を裁ってから二十日目の試験で、外套は二十七秒を越えた。二分、三分と過ぎても右脇は変色せず、三分五十四秒でライナルト様が「背中が熱い」と申告した。彼は自分で紐を引き、外套は燃えずに脱がれた。


 一分ごとに、彼は肩、脇、胸の順で熱を答えた。二分では「冬の陽だまりほど」と言い、三分では「暖炉から二歩」と言い直す。温かい、熱いという言葉は人によって違うため、石室の壁へ三段階の目安を書いた札を掛けていたが、三十一年間まともな暖気衣を着ていない彼には、その基準自体が馴染まない。私は比喩をそのまま記録し、勝手に中温へ換算しなかった。


 三分四十秒を過ぎると、外套の表はまだ安全色のままだった。だからこそ、本人の「熱い」が先に届いたことに意味がある。布の変色まで待たず脱げたなら、前回の試験条件が働いたことになる。家令は炎の上がらなかった外套へ消火布をかけようとし、途中で手を止めた。失敗を炎の有無だけで測る癖は、私だけでなく全員に残っていた。


 背の中央へ、掌ほどの熱が溜まっていた。前身頃には脇の縫い代があり、裾にも端があるが、背は一枚布なので逃がし口を入れると裂けやすい。八つの配置をそのまま増やしても、今度は外套としての寿命が短くなる。


「背に当て布を置く」と私が言うと、ミナは灰色の端切れを肩甲骨の間へ当てた。「四角だと仕事着みたいですね。丸だと、そこだけ可愛すぎます」


「形は強度で決めます」


「強度のある形を、格好よくすればいいんでしょう」


 彼女は端切れを斜めに折り、菱形を作った。縦の布目と斜めの布目が重なるため、中央を裂けにくくできる。縁を少し持ち上げれば、当て布と背の間が長い逃がし口になる。


「縁を波形にしたら、もっと長くなりませんか」


 ミナの指が、直線を緩やかな山と谷に変えていく。同じ菱形でも、波にすれば縁の長さが増え、魔力を逃がす箇所を細かく分けられる。飾りを考える目が、教本にない機能へ先に届いた。


 私は糸で四辺の長さを取り、波を一つ増やすごとに出口の総延長がどれだけ伸びるか計った。細かすぎれば毛がほつれ、少なすぎれば背の熱を分け切れない。十九、二十、二十一、二十二と紙を並べ、同じ面積へ縫って引張り試験をすると、二十二は上の頂点で裂け、二十は中央に熱の筋を残した。


 二十一の配置だけが、四辺の小さな口と裾へ続く下の頂点を働かせ、左右の波へ均等に熱を渡せた。未完成の王衣にも二十一回路があるが、同じ数になったのは偶然で、働きは同じではない。白い王衣は二十一本すべてが胸の一点で重なって焼け、集める流れだったのか、配る流れがそこで止まったのかはまだ読めない。この外套の菱形は、背へ来た力を二十一口へ分け、布の外へ逃がす。私は型紙の表紙へその違いを太く書き、数だけを見た者が同じ仕組みだと思わないようにした。


「二十一にできます」


「波をですか」


「逃がし口を。四辺へ五つずつ、裾へ続く下の頂点を一つ足して二十一」


 ミナはすぐに紙へ波を描き始めた。私はその下へ流路を重ね、ケルナーが裂けやすい角度を消す。三人の線が一枚に揃うまで四日かかったが、誰の案を誰が直したかは余白へ全部残した。


 第三号は、前の二着より見た目が整っていた。粗い山羊毛の灰色は変わらないのに、背の波形の菱形が、働くための意匠として衣を引き締めている。襟と袖口にも同じ波を小さく繰り返すと、一人の身体へ合わせた規則が生まれた。


 仕上げの段階で、家令はせめて銀の留め具を一つと申し出た。私は銀そのものを退けず、十二歩試験と同じ太さの試験帯を作り、外套の内側へ置いて確かめた。留め具へつながる銀糸は五歩で曇り始めるため、胸元には使えない。代わりに北方で山羊毛を留める磨き角の釦を選び、表面へ波形を彫ってもらった。


 高価なものを何も使わないことが清廉なのではない。適さない銀を王族らしさのためだけに置けば、命を飾りへ譲ることになる。角の釦は銀の半額だったが、手袋でも外しやすいよう一つずつ形を削る工賃を含めれば、値はそれほど変わらなかった。私は材料費と職人名を依頼書へ足し、安い外套という物語にも仕立てさせなかった。


「殿下の家紋より、こちらの方が殿下らしい気がします」


 ミナの感想に、私は返事を控えた。家紋は家の誰が着ても同じだが、この菱形はライナルト様の魔力と背の広さにしか合わない。私も、こちらの方が彼らしいと思ってしまったからだった。


 試験の日、石室へ第二号と第一号も並べた。失敗を隠さず、比較できる位置に置く。ライナルト様は第三号の背を鏡で見て、最初に訊いた。


「誰が考えた」


「菱形と波はミナ、布の重ね方はケルナー、流路は私です。裁ちはゾンネにも確認してもらいました」


「あなたの衣ではないのか」


「私一人の衣ではありません。ただし、あなた一人のための衣です」


「私一人のために、四人の名が要るのか」


「布を織った者と、釦を削った者も入れれば、もっとです」


 彼は鏡に映る灰色の背を見た。王衣なら、着る王の名だけが年代記へ残り、縫った手は工房名の内側へ消える。けれどこの外套の裏には、小さな布札を一枚縫いつけ、設計、縫製、補強、発見、素材の出所を記していた。


「名が多いのに、私だけの衣なのだな」


 その声には、所有を誇る響きより、何人もの仕事が自分一人へ向けられたことへの戸惑いがあった。私は、彼だけが背負う衣だからこそ、彼以外の名を消してはならないと答えた。彼は裏札を指で押さえ、試験が終わっても切り取らないよう家令へ命じた。


 彼はその違いをしばらく考え、袖を通した。琥珀色の光が胴へ広がり、波形の縁から細い筋となって床へ落ちる。第一号のように一点へ集まらず、二十一の小さな出口が同時に働いていた。


 十分で、私は肩と脇を確認した。二十分では背の色を読み、三十分で本人へ熱感を訊く。いずれも異常はない。四十分を過ぎると、家令が初めて椅子へ腰を下ろし、医師も鞄から手を離した。


 一刻に達しても、私はすぐには成功と言わなかった。砂時計を返し、さらに百まで数える。菱形の二十一口は同じ明るさを保ち、襟も脇も安全色のままだった。そこで初めて、私は終了を告げた。


「まだ暖かいだけだ」


「分かっています。今日は一刻で止めると手順書へ書きました」


「書いたのはあなたか」


「署名したのはお二人です」


 ライナルト様は自分の名を確かめ、素直に前を開いた。脱いだ外套の裏には焦げも白変もなく、波形の縁だけが淡く濃い色へ変わっている。魔力が通った跡であり、焼損ではなかった。


 成功の印を付ける前に、私たちは三十分置いて冷まし、もう一度すべての縫い目を開いた。見えない熱が残ったまま畳めば、保管中に布を傷める。右脇の交差は離れ、背の二十一口はいずれも同じ程度に色づいていたが、上の頂点だけがわずかに濃い。次回は三十分で一度、襟を開いて熱を逃がすという着用条件を加えた。


 一刻を越えて燃えなかったから、何刻でも安全とは書かない。今日できたのは、定めた条件の中で一刻と百の計数まで着られたという事実だけだった。それでも記録紙へ「焼損なし」と墨を置いた瞬間、右手の力が抜け、私は机へ指をついた。二十七秒と三分五十四秒のあとで得た一刻超は、最初からあった正解ではなく、二着の失敗を着た時間の上に立っていた。


 検分を終えた後、彼はもう一度着たいと言った。今度は石室の外へ出て、廊下の端まで歩くためだった。


 私は十二歩の試験帯を廊下へ置いた。彼が外套を着て近づいても、金糸は白くならない。十歩、五歩と距離が縮まり、とうとう一歩まで来た。


 近くで見ると、襟の左がわずかに内側へ折れていた。外套の機能には影響しない。家令を呼べば直せるし、本人へ告げてもよい。それなのに私の手は、考えるより先に襟へ伸びた。


 指先で山羊毛を起こす。硬い毛の下には彼の体温があり、喉元から呼吸が伝わった。燃えるものは何も身につけていないと分かっているのに、触れた箇所だけ、私の方が熱を受け取ったようだった。


 採寸の日には、同じ場所で手を止めた。必要がないからと巻尺の端を彼へ渡し、触れないことを正確さの中へ隠した。今は襟を直す必要など、あの時よりなお少ない。それでも、彼が自分で着ると選び、私が一刻で止めると決め、その両方を守ったあとなら、近づくことを手順のせいにせず選べる気がした。


 私は折れた襟を親指と人差し指で挟み、縫い代の向きを外へ返した。彼の顎がほんの少し上がり、私の作業へ場所を譲る。その従順さは王弟が衣装師へ従っているだけのはずなのに、首筋を預けられたように感じてしまい、いつもなら一度で済む布目を二度撫でた。


 ライナルト様は動かなかった。私が襟を整えて手を引くまで、自分から距離を詰めも、逃げもしない。


「暖かい」と彼が言った。


 外套の話だと分かっていた。だから私は「はい」と答えればよかったのに、指を離すのが一つ数えるぶん遅れた。彼もまた、その一つを急かさなかった。


 翌日、王室から春の祭礼の配置図が届いた。ライナルト様の名は、大聖堂の階上、兄王から三歩後ろに記されている。三十一年ぶりに、王族と同じ壇上へ立つという。


 祭礼までは十八日。私は第三号を着用衣、まだ裁っていない同じ山羊毛を予備とし、毎日の点検項目を書き始めた。襟へ触れた指には、燃えた痕も紋の崩れもなかった。ただ、紙を押さえるたび、粗い毛の感触だけが残っていた。


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