第29話 二十七秒
第一号外套を縫う間、私は一日を三つに分けた。朝は直し屋の診断、昼は山羊毛の裁ちと縫製、夜は右手を湯へ浸して何もしない。何もしない時間まで仕事へ数えなければ、指はすぐに私の計画から脱落する。
入口を持たない暖気回路は、教本にないぶん線そのものは短い。難しいのは、周囲から自然に入った魔力がどこへ集まるかを予測できないことだった。脇、背、腹、袖。それぞれの布目へ濃淡があり、同じ山羊毛でも流れやすさが違う。
裁つ前に、生地を水へ通し、乾かしてからもう一度寸法を取った。粗い山羊毛は縮み方まで不揃いで、右前身頃は縦へ二分、左は横へ一分詰まった。王都の上等な布なら欠点として除く差だが、今回の流れはその不揃いな隙間を使う。左右を同じ形に切り揃えず、縮んだ向きに合わせて型紙をわずかに回した。
先に術式のない生成り麻で仮外套を作り、ライナルト様へ腕を上げ、座り、前の紐を引く動作をしてもらった。肩の左右差を残した型は、直立しているとわずかに非対称に見えるが、椅子へ腰掛けても襟が喉へ寄らない。家令は鏡の前で眉を寄せ、本人は腕を三度回してから「動きやすい」と言った。どちらを衣の目的へ入れるかは、依頼書ですでに決まっていた。
「王族らしく見せる修正は、完成してからでもできます」と私は家令へ伝えた。「けれど先に左右を揃えてしまえば、殿下の身体に合った線は戻せません」
家令は不満を隠さなかったが、勝手に肩綿を足すことはしなかった。美しさを捨てたのではなく、誰の目に美しくするかを、火を止めたあとで選び直す。その順序だけを守った。
ケルナーは左手で型紙を押さえ、線の曲がりを二度だけ指摘した。ミナは四つの逃がし口を補強し、引き紐をつける。着た本人が胸元を一度引けば、前身頃が左右へ割れ、袖を抜かなくても脱げる仕立てだった。
「王弟殿下の服に、荷運び人みたいな紐をつけるんですね」
「燃えたとき、品位は消火に使えません」
「その言い方、家令さんの前でもしてください」
「頼まれれば」
紐は、ミナが荷袋用の太い麻をそのまま付けたのではない。手袋の指でも一度でつかめる太さに組み、端へ木の輪を通し、引く向きが分かるよう左右で長さを変えた。飾り紐に見せるため金具を付ければ、熱を持つ場所が増える。そこで灰色の糸だけで三つ編みにし、前身頃の留めへ直結させた。
完成前日には、術式をまだ縫っていない外套で脱衣だけを五回試した。一回目、ライナルト様は前を開いたあと袖を抜こうとしたので、私は止める。二回目は紐を強く引きすぎて木輪が胸へ当たり、三回目に力を減らすと右側だけが外れなかった。留め具の角度を直し、四回目と五回目で、両手のどちらからでも肩から落とせるようになった。
火を前にすれば、初めての動作はできない。試験時間が二十七秒で終わったとしても、そのうち何秒を脱ぎ方に迷わせるかは仕立てで変えられる。ミナは五回すべてを記録し、最終形の紐へ赤い糸を一目だけ縫った。触れば目印が分かるが、そこに術式は通さなかった。
十七日目、灰色の外套は人台の上で形になった。裏地も刺繍も必要なものだけで、王族らしい装飾は一つもない。美しいとはまだ言えなかったが、着る人より先に目立とうとしない、正直な衣には見えた。
公爵邸の石室では、前回と同じ砂、水、消火布を用意した。家令は二人、医師が一人、扉の外には術式を身につけない従者が待つ。誰が何をするかを口頭で済ませず、熱を訴えるのはライナルト様、色を読むのは私、脱衣を補助するのは家令と決めて紙へ記した。
開始前、私は全員に停止の言葉を言ってもらった。「熱い」「白変」「中止」のどれを聞いても、理由を確かめる前に外套を脱ぐ。王弟殿下が「まだ続ける」と言っても従わない、と家令二人にも署名させると、年長の一人は手を止めた。仕える相手の希望へ逆らう手順を、忠義のない行為だと感じたのだろう。
「私が撤回を命じても、最初の署名を優先せよ」とライナルト様が言った。「そのための紙だ」
家令はようやく名を書いた。危険な場で勇敢な者を探すより先に、躊躇する人でも動ける命令を作る。その一幕を見て、私は彼が着る人であると同時に、周囲へ命令できてしまう人であることを、試験条件から外してはならないと思った。
「熱いと感じたら、その瞬間に紐を引いてください」
「糸が白くなる前でもか」
「あなたの皮膚の方が先です。記録を一秒延ばすために我慢しないでください」
「あなたは数えるのか」
「数えます。ですが、あなたは数えないでください」
彼は理由を訊かず頷いた。昨日までの彼なら、自分の身体より記録を優先したかもしれない。私がそう思っていると見抜いたのか、袖を通す前にもう一度、「我慢はしない」と自分の言葉で確認した。
外套の前を合わせた瞬間、灰色の山羊毛に淡い琥珀色が走った。入口を縫っていないのに、暖気の機構が働いた。ライナルト様の周囲にある魔力だけが、粗い織り目から入り、胴を巡っている。
「温度は」
「まだ冷たい」
五つ数えると、肩の力が少し抜けた。十で、彼は手袋をした両手を見下ろす。従来二十六着の最長記録は十二秒だったが、その時点を越えても白変は起こらなかった。
「暖かい」
その二文字を聞いたせいで、十九までの数が曖昧になりかけた。私は砂時計へ目を落とし、声に出さず刻みを追う。二十五で右脇の銅糸が赤くなり、二十七に届いたところで、布の内側から小さな炎が上がった。
「脱いでください」
私が言い終えるより早く、彼は引き紐を引いた。前身頃が開き、家令が肩から外套を落とす。消火布をかぶせると炎はすぐ消え、医師が右脇と腕を確かめたが、皮膚には赤み一つなかった。
私は外套を石床へ広げた。焼けたのは右脇の一点で、周囲の布には魔力が滞った濃い筋が残っている。これは、これまでの二十六着が身体に合わず、多くは肩や襟、二着は脇や袖口で焼けたのと同じだとは、まだ判断できない。第一号は彼の寸法で裁ってあり、四つの逃がし口へ届く前に、自然流入した魔力が脇へ集まりすぎていた。
薄紙を焼け跡へ重ね、褐色の輪郭を写した。四つの逃がし口はいずれも開いており、塞がった痕も縫い違いもない。それでも右前身頃から入った三本の流路が、腕へ分かれる手前で一度交差していた。人台では平らに離れて見えた線が、彼が腕を下ろしたとき脇の縫い代で重なったのである。
地下に残る二十六着では、二十四着が肩や襟、二着が脇や袖口を、寸法不良で身体へ押しつけられて焼けていた。あちらは仮縫いを別人で済ませ、本人の動きに合わない布が流路を折った。第一号は本人を測り、本人が着てもなお、一着へ入った魔力を四口で逃がし切れなかった。炎という結末が同じでも、直すべき原因まで同じにしてはならない。
「外套の広さを減らせば、入る量も減ります」と家令が提案した。
「短くすれば冬の衣でなくなります。殿下の身体を細く裁つこともできません。必要な面積を残して、出口と交差を変えます」
私は三本の交差へ赤を入れ、次には一本ずつ別の高さで通すと記した。焼け穴は失敗の証拠であると同時に、線が布から身体の形へ変わる場所を教えていた。
「二十七秒でした」
「二十七秒、暖かかった」
「失敗です」
「その評価を変えろとは言わない。だが、私にとっては三十一年で初めてだ」
七歳の麻の上衣を、彼は暖かい衣として覚えていなかった。母が測った一着は、寒さを防いでも術式で熱を生みはしなかったのだろう。自分の魔力で暖まったのは、今の二十七秒が初めてだった。
私は焼け穴へ指を入れた。硬く縮んだ縁の少し手前に、赤から褐色へ移る帯がある。発火より先に色が変わるなら、安全標として次にも使える。
「この部分を切り取ってもよろしいですか」
「外套は残らないのか」
「失敗布として分けて保存します。変色帯、焼損部、無傷部の三つにすれば、次の比較に使えます」
「形のまま残したい」
思いがけない希望だった。焦げた衣は地下に二十六着もあり、彼はどれにも触れようとしなかったはずである。
「なぜでしょう」
「着た時間を覚えているからだ。ほかの衣は、燃えたことしか覚えていない」
二十七秒を長いとは言えない。けれど、そのあいだ彼が肩を緩め、手袋をした手で自分の胸の温度を確かめていた姿を、私も見ていた。燃える前に終わった時間まで失敗の穴へ落とせば、次の一着は何を延ばすために作るのか分からなくなる。
「でしたら、二十七秒も所有記録へ書きます。焼損した時刻だけでなく、暖気が安定していた時間として」
「一秒もまけないでくれ」
「砂時計で確認したのは二十六秒までです。二十七は私の計数ですから、その違いも書きます」
彼は苦笑せず頷いた。喜びたい依頼人に数字を多く渡さず、失敗させた衣装師である自分に数字を少なくもしない。二十七秒を二種類の測り方で残したとき、焼けた外套は、次に比較できる第一号へと変わった。
私は切り取る場所を最小にし、外套の形を保った。変色帯だけ三回路分を細長く外し、残りは依頼人へ返す。記録上は失敗第一号、所有欄にはライナルト様の名を書いた。
「次は、逃がし口を八つにします。倍にしても耐久時間が倍になるとは限りません」
「一秒でも延びれば、二十八秒になる」
「減る可能性もあります」
「それも記録になる」
私が失敗を慰めないのと同じように、彼も私の仕事を励ましの言葉で軽くしなかった。石室を出る前、彼は焦げた第一号を自分の腕へ掛けた。着ることはできなくても、燃えた衣を人台へ置き去りにはしなかった。
直し屋へ戻り、右手を灯りに透かすと、指の紋に新しい崩れが一つあった。ごく小さな欠けだったが、記録紙では一つと数える。私は日付と試作回数を書き、次の欄へ「休止三日」と記した。
これまで私は、残る時間を年で考えていた。だが一着の試作ごとに欠けを一つ増やすなら、使える指は季節より早く尽きる。第二号、第三号と番号を置くことは、布の失敗だけでなく、自分があと何度針を持てるかを数えることでもあった。
「二枚目へすぐかかる顔をしているな」とケルナーが言った。
「三日休むと書きました」
「書いた人間が守るかを訊いている」
私は針箱を彼へ預けた。自分で持っていれば、夜のうちに一針だけ試す。一針が十針になることを、三年間の私はよく知っていた。
三日後に針箱を返してもらい、私は右脇へ集まった流れを八つへ分ける線を引いた。二十七秒の失敗は、次の衣の内側へ隠そうとせず、焼けたまま隣に置いた。
その三日、ライナルト様は催促に来なかった。ただ一度、家令から第一号をどう保管すればよいかという照会が届き、私は防虫香を布へ直接触れさせず、焼け跡の裏へ薄紙を当てるよう返した。彼が失敗布を丁寧にしまおうとしていることが、急げと言われるより私を針へ向かわせた。だからこそ三日目の夜まで針箱を受け取らず、欠けた紋が増えていないことをケルナーに確認してもらってから、二着目の布を広げた。




