第24話 蜂蜜焼き
冬祭りの日、店には朝から一人も客が来なかった。紹介名簿から外されて三週間、通常の繕いまで減り、ミナは午後の薪を一本少なくして帳尻を合わせている。窓の向こうでは赤と金の旗が並び、広場へ向かう人々の外套が次々と通ったが、直し屋の鈴だけは鳴らなかった。
「祭りを見てきてください」とミナが言った。「ここで戸を睨んでも、客は怖がって余計に入りません」
「留守番を一人にするわけには」
「開けていても来ないなら、留守番の危険もありません。それに蜂蜜焼きが冷める前に、二つ買ってきてほしいんです。経費にはしませんから」
店主であるケルナーまで、今日は針の穴が暗くて見えないと戸を半分閉めた。追い出された形で広場へ出ると、油と香辛料、焼いた木の実の匂いが混じり、何十もの声が石壁へ跳ね返っていた。客のいない静けさを三週間聞いた耳には騒がしすぎたが、誰も私の店の売上を知らず、三級札の将来も気にせず、目の前の菓子や楽隊へ笑っている。その無関係さが少しありがたかった。
毛織の帽子を深くかぶった長身の男を見つけたのは、蜂蜜焼きの列へ並んだときだった。護衛らしい者は人混みの中に散り、本人は紋のない濃灰の外套を着ている。それでも、周囲の人間へ触れないよう無意識に一定の距離を取り、屋台の煙が流れる向きまで読んで立つ姿は、ほかの誰とも違った。
「殿下」
私が低く呼ぶと、ライナルトは帽子の縁を少し上げた。
「今日は、その呼び方をされないための服です」
「では、お名前を大声で呼びましょうか」
「あなたは時々、脅し方が実務的すぎる」
彼には祭りを視察する予定がなく、一刻だけ与えられた空白の時間を歩いていたという。公爵邸の厨房を通らない食べ物は毒見の手順がなく、買ったことがないらしい。目の前では、丸い生地を鉄板で焼き、焦がし蜂蜜を塗って砕いた胡桃を振っているだけなのに、王族が一つ口にするには、産地と売り手と器具を調べる者が要る。
「私が先に食べます」
「毒見をさせるために会ったのではありません」
「私も、毒見役になるために来たのではありません。ミナのお使いです。ただ、一つ多く買います」
二つ分の代金を払おうとした彼の手を、屋台の女主人が見て、銀貨では釣りがないと笑った。ライナルトは銅貨の価値を知らないわけではないが、自分で財布から選ぶ機会がほとんどない。私は銀貨一枚で何個買えるかを説明し、彼に銅貨を七枚数えさせた。女主人は身分に気づかず、胡桃を増やすならもう一枚だと容赦なく求める。
受け取った蜂蜜焼きは紙越しにも熱く、端から蜜が滲んだ。私は半分に折らず、まず一口食べ、三つ数える。毒なら三つで分かる保証はないが、彼が儀礼の外へ出るための、最低限の手順にはなる。
「死にませんでした」
「三つで断定する診断書を、あなたは書かないでしょう」
「祭りの菓子に診断書を付けると、冷めます」
彼は私が口を付けたものとは別の一つを取り、帽子の影で小さく噛んだ。焦がした蜜が予想より苦かったらしく、整った眉がわずかに寄る。甘いものは嫌いかと尋ねると、嫌いかどうかを決めるほど食べたことがないと答え、もう一口は最初より大きかった。
「おいしいですか」
「判断に、あと二つほど必要です」
「二つ食べれば夕食に差し支えます」
「一つのうち、あと二口です。私にも量の感覚はあります」
公的な席では、彼の食事は一皿ごとに毒見され、料理名と摂取量まで記録されるという。自分で銅貨を払い、熱いうちに齧り、蜜を手袋へ一滴落とすような失敗は、その記録に存在しない。私は布を拭う小布を差し出したが、彼の指へ触れないよう掌へ置く。ライナルトも距離を縮めて受け取らず、私が手を引いてから取った。
「あなたの外套には、汚れを弾く術式がありませんね」
「身分を隠すため、既製品を借りました。蜜の染みが残るなら、持ち主へ謝ります」
「洗い方を間違えなければ落ちます。何でも術式で弾くより、布には優しい」
私は小布へぬるい水を含ませる方法を教え、彼は王族らしからぬ慎重さで、自分の手袋の染みを叩いた。衣装を介せば彼の身体へ近づけるのに、今日は仕事を受けたわけではない。その境を互いに守りながら同じ屋台の前へ立つことが、儀礼に守られて遠くから話すより親密に感じられた。
私たちは広場の端を歩いた。子供が投げ輪をする屋台、古着へ刺繍を足す実演、北方の染料を売る商人。ライナルトは何を見ても制度上の用途を問う癖があり、私は祭りの飾り帯に逃がし口が要るか調べ始める。二人とも仕事へ戻りそうになるたび、今日は解決する問題を持ってきていないと確かめた。
古着屋では、紺の袖へ赤い花を刺してもらった少女が、左右の高さが違うと泣いていた。私は反射的に直そうとしたが、店主が花をもう一輪足して違いを柄へ変え、少女自身に位置を選ばせるのを見て手を引いた。私が見つけた不具合を、すべて私の針で解く必要はない。ライナルトはその様子を見て、「いま、働くのを我慢しましたね」と言った。
「休日ですから」
「休日を守るのも、あなたには技術が要るらしい」
「殿下も、あの屋台の税率を従者へ訊くのを我慢なさいました」
「気づかれていましたか」
私たちは互いの失敗を一つずつ数え、罰の代わりに、次の屋台では仕事の話をしないと決めた。色硝子の飾りを売る店で、彼は青と緑のどちらが私に似合うか長く迷い、結局買わなかった。途中で、私が欲しいかを聞いていないと気づき、関係に名を付ける恐れより私の返事を先に置いたのだという。
「欲しかったですか」
「今日は、欲しくありません。見て選ぶ時間だけで十分でした」
「次は先に訊きます」
その次を当然のように口にした彼へ、私は訂正を加えなかった。
「店の窮状は聞いています」と彼は、広場を半周したところで言った。「組合の紹介から外れたことも」
「なら、王家の仕事を回しますか」
「あなたがそれを望むなら、正式な入札に加えることはできます。望まないのに命じれば、組合長がしたことと向きが違うだけで、客の流れを権力で曲げる点は同じです」
「望みません。いま王家の名で店を満たせば、私が一人で立てたか分からなくなります」
「そう答えると思いましたが、先に決めてよいとは思いませんでした」
私は援助を求めず、店の売上があと一月戻らなければ、ミナの勤務日を減らすことになると話した。窮状を聞いている人に、私が何を怖がっているかまで隠せば、拒否もまた格好をつけるための演技になる。ライナルトは金額を訊かず、ミナ本人にはもう説明したかと尋ねた。
「まだです。決まってから伝えようと」
「あなたは、他人の選択を守る話をするときほど、自分の近くにいる人へ結論だけ渡す癖があります」
言い返せなかった。明日、勤務を減らす可能性と帳簿をミナへ見せると約束すると、彼はそれ以上助言しなかった。問題を解かない時間であっても、互いの見落としは見える。ただし、その場で相手の代わりに片づけず、本人が戻るべき場所へ返すこともできた。
彼が私の拒絶を予想しても、選択そのものを省かなかったことに、胸の内側が温まった。蜂蜜焼きの紙から移った熱だと考えるには、もう菓子は冷め始めている。
「では、仕事ではないことで、何かお望みはありますか」
尋ねたあと、私は自分から私的な問いをしたと気づいた。ライナルトもすぐには答えず、私の手元に残る半分の菓子と、行き交う人々を見た。その間は、自分の望みを私に負わせない言葉へ整えるために使われているようだった。
「次に会う理由が仕事しかないのは、不便だと思っています」
「不便、ですか」
「ほかの言い方をすると、あなたが断りにくくなる」
「今なら、断れます」
「知っています。だから、いずれ、仕事のない日にまた何かを食べませんか」
私はすぐに承諾せず、祭りの予定は毎年変わること、店の休みも決まっていないことを考えた。自分で来られる日を数え、来月の最初の休日なら、と答えると、彼は公務を確かめてから正式な手紙を出すと言った。
「私的な約束にも、正式な紙が要るのですか」
「忘れないためです。権力を使わないことと、曖昧にすることは違うでしょう」
笑いかけたところで、人混みの向こうから王家の伝令が駆けてきた。胸と袖に通信の金糸を巡らせた衣で、遠方の命令を熱と光に変えて運ぶ。彼がライナルトから四歩の位置へ入った瞬間、金糸の色が鮮やかな黄から白へ変わり、さらに危険を示す薄青へ近づいた。
「止まってください」
私は伝令へ声を掛け、ライナルトとの間へ身体を入れず、横から腕を伸ばして制した。祭りの音の中では本人も衣装の変色に気づかず、命令筒を差し出そうと、もう一歩踏み込もうとしている。
「なぜです。急報を――」
「その場所で筒を置き、十二歩下がってください。説明はあとです」
ライナルトは私の指示へ命令を重ねず、伝令に従うよう目で示した。男が離れるにつれ金糸は薄青から白、黄へ戻ったが、四歩の位置まで焼けかけた流路には、細い黒ずみが残った。周囲では祭りが続き、三百人近い人々がこの小さな異常をまだ見ていない。
仕事ではない時間は、そこで終わった。けれど、私は残った蜂蜜焼きを捨てず、包み直して袖の内へしまった。次に会う理由が再び仕事になっても、その前に私たちは、問題を解かないまま一つの菓子を買い、来月の約束を自分たちで選んでいた。




