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「愛することはない」と言った旦那様と離婚して、王都一の魔導衣装師になりました  作者: 星舟能空


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第23話 断ってくれてよかった

 イレーネの婚礼衣装は、冬の湖を思わせる青白の絹に、ハーロウ家の蔦を金で這わせたものだった。仮縫いまで進んでいるが、裾飾りは第十一条の終わりで途切れ、第十二条を置くはずの空白には、蔦の実が三つ刺してある。私は料金と資格範囲を説明し、診断だけなら受けられるが、条文を新たに縫い入れて閉環させる作業は二級以上でなければできないと告げた。


「知っています」とイレーネは言った。「あなたが三級になったことも、今日の衣装を術式なしで仕上げたことも。それでも、私のものはあなたに縫ってほしい」


「理由を伺えますか」


「あなたなら、秘密にできるから」


 以前の私には、何より強い依頼の言葉だった。誰にも知られず直し、依頼した相手の体面を守ることを、信頼されている証だと思っていた。いま聞けば、それは私一人へ違法の責任を渡し、衣装が閉じた成果だけを依頼人が受け取る条件である。


「お断りします」


 イレーネは、拒絶を予想していたように頷いたあと、青白い裾を両腕でさらに強く抱いた。


「銀貨なら払えます。ギルベルト様には言いません。あなたの紋が減ることも承知しています」


「私の手を高く買ってくださっても、三級が二級の仕事をしてよいことにはなりません」


「三年間は、したのでしょう」


「はい。だから、その先の何十着まで同じ方法で捨てないと決めました。あなた一人の一着のために、この先の何十着かを捨てません」


 言葉が厳しすぎたかと思ったが、柔らかく言い直せば、彼女を大切にしないから断るのだという誤解を残す。私は衣装を台へ広げ、有料診断なら今日できること、修補はゾンネが審査を終えたあと、あるいは別の二級へ正式に依頼できることを示した。


「あなたは、私が嫌いでしょう」


「好きではありません」


 イレーネの肩が小さく揺れた。私はそこへ慰めを急いで足さず、自分の側の事実も続けた。


「あなたがギルベルト様の腕へ手を置くところを、三年間見ていました。あの方があなたへ向ける声を、私は一度も受け取らなかった。お二人の衣装を何度も直しました。嫌いにならずにいるほうが、不自然です」


「なら、どうして診ると言えるの」


「好きな人の衣装だけを安全にする資格ではありません。それに、嫌いであることを理由に危険なまま返せば、私は自分の仕事まであなたへ渡すことになります」


 彼女は椅子へ座り、抱えていた衣装をようやく台へ載せた。絹を離した腕には、金糸の刺繍が押した跡が赤く残っている。私は診断料銀貨二枚を先に確認し、ミナを立会人として記録へ名を入れた。


 診断前に、私は青白い衣装をイレーネ自身の肩へ当てた。仮縫いの寸法はよく合っていたが、胸元だけが半指狭く、深く息を吸うと裏地が引かれる。彼女は式の日には食事を減らすから問題ないと言う。私は、婚礼を成立させるため花嫁の呼吸を削る修補はしないと記し、胸当てを別布で裁ち直すよう指示へ足した。


「あなたの衣装を、三年間、私は何度も直しました」と私は言った。「いつもギルベルト様から渡され、あなたへ質問する機会がなかった。肘の内側が擦れることも、青は濃いほど顔色が悪く見えることも、衣装から推測しただけです」


「私は、あなたが触っていることを知らなかった」


「いまは、あなたが着る前に訊けます。胸を広げたいですか。それとも別の形を選びますか」


 イレーネは鏡の前で何度か呼吸し、見た目がわずかに変わっても、苦しくないほうを望むと答えた。嫌いな相手の身体へ似合う布を考えるときにも、指は正確に動いた。手順は感情を消しはしないが、相手の答えを感情で改竄することから私を守ってくれる。


 裾の欠落だけでなく、右脇の逃がし口も飾り布で半分塞がれていた。仮縫いで着る予定の娘が右側だけ強く焼ける可能性がある。私は白い仕付け糸で危険箇所を囲み、条文追加と逃がしの修補を分けて診断書へ書いた。ゾンネなら審査の範囲内で相談に乗れ、実際の縫製はレーマーの工房が春の終わりに一枠空く。


「春分のあとになります」とイレーネは呟いた。


「婚礼を延期するか、別の衣装を選ぶか、このまま危険を承知で別の工房を探すかは、お二人で決めてください。ただし私は、この診断の写しをあなたにも渡し、依頼を断ったことを記録します」


「ギルベルト様へも?」


「共同の衣装なら、お二人が同じ情報を持つ必要があります。あなたがご自分で伝える期限を三日置き、その後に依頼人であるハーロウ家へ写しを送ります」


 イレーネは診断書を見たまま、涙を一粒落とした。紙を汚す前に自分で顔を背け、持っていたハンカチを出す。その泣き方を見せられても、私は断りを撤回しなかった。


「あなたを困らせたかったのです」と彼女は言った。「私のために規則を破らせたかった。そうしたら、広間であなたを追い出した私と同じ、悪い人にできると思ったの。あなたばかりが正しい仕事を始めるのが、苦しかった」


「私は正しい人ではありません。無資格で七十着に針を入れ、あなたの腕を直したときも記録を残しませんでした」


「だから、またしてくれると思った」


「私も、少し前ならしたと思います」


 嫌いな相手に頼まれ、それでも助ける自分を立派だと思う誘惑は分かる。誰かの一着のために指を使い切れば、過去の罪も孤独も美しい理由へ縫い直せる。けれど、そうして失われる次の仕事を数えたから、私は自分の善良さを見せるための針を取らなかった。


「断ってくれて、よかった」


 イレーネは泣きながら言った。「もし縫ってくれたら、私は秘密にして、あなたを軽蔑したわ。断られたら、やっぱり嫌いだと思うはずだったのに、いまは少しだけ、安心しています」


「安心したままにせず、ギルベルト様へご自分で話してください」


「ええ。婚礼も延期します。私の名で公表するわ。彼の家のせいだけにすれば、私はまた、何も選ばなかったことになるから」


 三日を待たず、翌朝にはイレーネ名義の告知が王都へ出た。『衣装の安全と誓文の欠落を確認するため、婚礼を延期する。これは花嫁本人の選択である』。貴族令嬢が式の延期を自分の名で公表した最初の例となり、称賛より先に、縁談を支えにしていたハーロウ家の信用が揺れた。


 取引先は、いつ婚姻が成立するか分からない家へ前金を出さず、ギルベルトが組み直していた資金繰りは止まった。その同じ午後、組合から店へ、紹介先名簿の更新通知が届く。ケルナーの直し屋の名は、通常修補、術式診断、緊急紹介のすべてから外されていた。


「名目は紹介の判断です。規程違反の処分には当たらないそうです」とミナが紙を読んだ。「罰金も停止もないから、不服申立て先がありません」


 ボーデは違法な命令をせず、組合が持つ客の流れを別へ向けただけだった。戸口の三級札は残り、私の作業台も封じられていないのに、翌週の予約欄には白い日が並ぶ。イレーネの一着を断って守った何十着は、こちらへ来なければ仕事にならない。その現実を前にしても、私は青白い衣装へ違法な一条を縫わなかったことを、後悔とは呼ばなかった。


 翌日から、ミナは紹介に頼らない客を探し始めた。市場の掲示板へ三級診断の料金表を貼り、洗濯屋には緑の外套の修補記録を、持ち主の許可を得て見本として置いてもらう。私はボーデへの抗議文を書きかけたが、ケルナーに「何を戻せと頼む」と訊かれ、筆を止めた。名簿へ戻れば以前と同じ客は来るが、組合が気に入らない店を説明なく外せる仕組みは残る。


「処分なら理由と期限、不服申立ての窓口が要ります。紹介判断なら、依頼人へ選定基準を公開してもらいます」


「それを求める紙を書け。仕事を恵めという紙は、俺の名で出すな」


 私たちは売上を戻してほしいとは書かず、名簿の掲載基準、更新日、除外理由を開示するよう求めた。レーマーは署名したが、ゾンネは審査中の自分が名を足せば論点を逸らすと判断し、代わりに過去三年の紹介件数を提供した。ボーデへ向き合うときも、全員で勇ましく並ぶ形を求めず、それぞれが使える位置を選んだ。


 一週間後、イレーネから衣装の受領書と、婚礼延期を告げた夜の記録が届いた。ギルベルトは最初、家の信用をさらに落とすと反対し、その後、診断書を自分の二十三件と同じ順で読み、延期の告知へ共同署名したという。二人が幸福になった証ではない。ただ、彼女一人に公表の責任を負わせなかったという、小さく確認できる変化だった。


 青白い衣装はゾンネの工房へ移され、彼の審査が終わるまで封をした箱で保管される。私が断った仕事は消えず、別の有資格者へ渡り、依頼人の呼吸と危険箇所を書いた診断も一緒に運ばれた。箱の封へ私とイレーネが一つずつ印を置き、開封には両方の記録を求める。針を取らなくても、次の手が正しく始められる場所まで渡すことを、私は自分の仕事として料金に含めた。


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