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「愛することはない」と言った旦那様と離婚して、王都一の魔導衣装師になりました  作者: 星舟能空


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第22話 光らない婚礼

 春分の日、市の広場には三百脚の椅子が扇形に並び、その正面へ低い木の壇が組まれた。両家の礼拝堂も紋章も使わないため、背景にあるのは朝市の石造りの噴水と、まだ葉の少ない街路樹だけである。招待状を訂正しても来た人々は、親族、商人、職人、物見高い市民までさまざまで、法的婚姻ではない式をどんな顔で見ればよいのか、誰も作法を知らなかった。


 控えの天幕で、私はフローリアの衣装を着付けた。乳白の絹は曇り空の下でも沈まず、織柄の花弁が呼吸に合わせて現れては消える。腰紐を締める前に、彼女へ指二本ぶんの余裕を確かめてもらい、胸元の鉤も自分で留めさせた。


「いつもの花嫁なら、手を出さないでと叱られるところね」


「今日は、自分で脱げる衣装です。留め方を知らないまま着せるつもりはありません」


「逃げる準備がいいわ」


「暑くなったときの準備です。逃げるかどうかは、あなたが決めてください」


 鏡の中で妹が笑った。髪には家宝の冠でなく、生花を五輪だけ挿している。蕾を一つ残したのは、完成を装わず始めたいという彼女の希望だった。


 私は前夜に残した検品票を渡した。『この衣装を、いま着たいですか』の欄へ、フローリアは『はい。ただし途中で苦しくなれば脱ぎます』と書く。ユリアンの返事は別の天幕で受け取り、そこには『はい。彼女が脱いでも、私も脱ぐとは限りません。自分で決めます』とあった。恋人らしく同じ答えを揃えるより、互いを映すだけの人形にならない返事のほうが、この二着には似合っていた。


 ユリアンの上衣には、侯爵家の金釦がない。内側の比翼で前を留め、襟と袖口にフローリアと同じ絹がのぞく。彼は天幕へ入る前に声を掛け、妹の許可を得てから姿を見た。衣装を褒めたあと、似合うという一言だけでは足りないと思ったのか、「歩けそうか」「息は苦しくないか」と訊く。フローリアは裾を持たず一度回り、あなたより速く歩けると答えた。


 壇の脇にはボーデが検分記録を持って立ち、その隣に一級衣装師エルンスト・フォスがいた。フォスは招待されていなかったが、光らない婚礼服を見たいと自分で来たらしい。私が裾裏の始末を見せると、術式のない場所まで検分するのかと尋ねた。


「裾は光らなくても、歩くためにあります」


「その答えは、嫌いではない」


 彼は布端の三層を指で確かめ、表へ返した。ボーデは術式反応なし、誓文なし、閉環なしと記録する。その筆圧は強く、最後の『注文仕様につき故障なし』だけ、少し時間を掛けて書いた。


 鐘が正午を告げると、二人は別々の通路から壇へ上がった。通常の婚礼なら、父が娘を夫へ渡し、式官が誓文を読み、裾の輪が光った瞬間に婚姻成立を宣言する。今日は父も式官もおらず、フローリアが自分の衣装で歩き、ユリアンも同じ距離を歩いた。


「私たちは今日、法的な夫婦にはなりません」とユリアンが最初に告げた。


 三百人の間にざわめきが走った。後ろのほうで、では何を見せられているのかと声が上がったが、フローリアは話を急がなかった。


「私たちは、互いの暮らしを今日から一緒に選びます。家が決めた一生を一度で誓う代わりに、来年の春分には、また続けるかを書きます。安全に、二人が知って選べる婚礼衣装ができたとき、望むなら正式な婚姻を申し込みます」


 二人は自分たちで書いた誓いを一行ずつ交互に読んだ。手と仕事を奪わないこと、同じ資料を読むこと、同居を終える道を塞がないこと。永遠や運命という言葉は一つもないのに、私は三年前の長い誓文より、二人がこれから何をするのかを具体的に想像できた。


 読み終えると、二人は第一枚目の確認書へ署名した。日付と、『今年、一緒にいます』という文、翌年に見直す場所。誓約庁の公式書式ではないため法的効力はなく、市の書記官は二人が自分で書いたことだけを証言する。フローリアの筆は最初の一文字で墨を多く含み、ユリアンは姓を書く前に一度手を止めた。どちらも整った見本にはならなかったが、その日の手が書いた原本として、直さず残した。


 最後に紙へ署名しても、衣装は光らなかった。裾は乳白のまま風に揺れ、金の輪も家紋も浮かばない。沈黙のあと、誰か一人が拍手を始めるような美しい揃い方はしなかった。前列では侯爵家の親族が席を立ち、商人たちは隣と議論し、若い令嬢の一人は母親に何かを尋ねて叱られている。受け入れと反発が同時に起こることこそ、この式が見世物で終わらなかった証拠だった。


 広場の後ろでは、光らないなら偽物だと笑う男がいた。反対に、術式金糸を買えない職人の娘が、私たちも同じ式をできるかと母へ訊いている。私はどちらへも、この一例がすぐ答えになるとは言えなかった。無術式なら費用は下がっても権利が自動で生じず、財産のない者ほど、その欠落をあとで大きく受ける。美しい前例として広がる前に、何を失う選択なのかも説明しなければならない。


 ボーデは壇の下で、「秩序を壊す危険な前例だ」と私へ言った。


「前例にならないよう、婚姻ではないと三度記録しました」


「言葉遊びでは済まん。これを見た者が、型紙も検分も要らないと言い出せば、危険な私製術式が増える」


「無術式と、無検分の術式は違います。その違いを説明するのが、今日ここへ来たあなたの仕事ではありませんか」


 彼は不愉快そうに私を見たが、検分記録を丸めなかった。後日組合へ提出し、職人へ注意を出すという。反対者が記録を残すなら、この式は賛成した人の都合だけで語り直されずに済む。


 フォスは壇へ上がり、フローリアへ裾を少し持ち上げてもよいか許可を取り、縫い目を見た。裏返せば通常糸ばかりで、彼の一級紋が反応する術式はない。


「誓文のない衣が、今日いちばん美しい」


「それは、術式衣装師として負けを認める言葉ですか」とボーデが刺す。


「技術は、使わない判断まで含めて技術だ。もっとも、この裾まつりは一目だけ粗い。そこは三級以前の問題だが」


 私は指摘された一目を確かめ、あとで直すと答えた。称賛だけで終わらせず、不出来な箇所を見つける人がいることに安堵した。


 式のあと、フローリアは衣装を脱がずに広場を歩き、来客一人ずつへ自分で挨拶した。私は人混みの端から、閉じない裾が石畳を渡るのを見ていた。三年前、私は誰にも言わず一条を足し、閉じない婚礼を成立したふりで隠した。妹は光らないことを三百人へ知らせ、相手と並んで、閉じないまま暮らしを始めた。


 侯爵家の席を立った叔母の一人は、帰り際にフローリアの前で足を止めた。祝福はしない、家の女たちが軽々しく真似をすれば困る、と言いながらも、誓いの写しを一部欲しいと求める。フローリアは自分で渡し、『真似をさせないためにも、何を選ばなかったかまで読んでください』と頼んだ。拒絶と関心は同じ顔の中にもあり、今日だけで賛否を縫い分けることはできない。


 着替えの際、妹の右踵に小さな赤みを見つけた。術式熱の痕とは違い、新しい靴の縁が擦れたものだった。私は裾の一目を直すより先に靴へ薄い当て革を入れ、明日まで痛むなら古い靴を履くよう伝えた。誰も焼けない衣装を作っても、婚礼の支度からすべての痛みが消えるわけではない。小さな不具合を美談の外へ残さず直すことが、今日の仕事の最後になった。


 広場の片づけにも、二人は客より先に残った。侯爵家の使用人が来なかったため、椅子を運ぶ人員が足りず、ユリアンは白い上衣の袖をまくり、フローリアは裾を腰へ留めて木箱を数えた。華やかな姿を保つため周囲へ任せきる作法を退け、自分たちが選んだ式の後始末まで負う。その姿を三百人全員が見たわけではないが、私には、壇上の誓いより暮らしの始まりらしく見えた。


 第一枚目の原本は二人が一通ずつ持ち、式で読んだ写しは市の記録庫へ預けた。『私人間の共同生活意思の証言』という新しい箱へ入り、正式な婚姻記録とは分けて保管される。箱にはまだこの一件しかなく、書記官は来年も同じ文書を受け取る規則がないと断った。フローリアは、ならば来年また頼み、断られた理由も紙にして持ち帰ると答えた。


 誰にも制度として認められていない一枚は、金糸より軽く、二人の衣装を一度も光らせなかった。それでも、来年の返事を要求せず、来年また尋ねる場所だけを残している。その開いた余白を、私は閉じない裾と同じくらい美しいと思った。


 夕刻、衣装を店へ戻して粗い一目をほどいていると、戸口の鈴が鳴った。イレーネが一人で立っていた。抱えているのは、ハーロウ家の蔦紋を金糸で埋めた青白い婚礼衣装で、裾からはまだ仮縫いの糸が長く垂れている。


「これを、あなたに直していただきたいのです」


 彼女は衣装の重さで腕を震わせながらも、従者を呼ばなかった。私は作業台を片づけ、まず診断を受ける依頼なのか、それとも縫製を求めているのかを尋ねた。イレーネは私の三級札を見た上で、「あなたが縫って」と答えた。


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