第21話 二人で書く誓い
フローリアの白衣装を裁つ日は、店の一番大きな台から術式糸をすべて退けた。乳白の絹へ一本でも金糸が混じれば、光らせる意図がなくても魔力を拾うことがある。針は鉄、仕付けは生成りの麻、芯地は水洗いした薄絹。素材の一覧を二人へ読み上げ、術式不使用の空白が明確な選択として残るよう注文書へ記した。
「何もない衣装を、こんなに細かく書くのね」とフローリアが言う。
「何も入れないために、何が入っていないかを確かめています。白は、放っておけばすぐ他人の意味を縫い付けられる色ですから」
私は前身頃を布目に沿って置き、腰から裾へ続く線を通常の婚礼服より緩くした。誓文衣装は閉環した瞬間に裾が一定の幅へ整うため、型紙もその力を前提として細く裁たれる。今回は布自身が歩幅を許す必要があり、フローリアに靴を履いて二十歩歩いてもらい、その膝がどこまで前へ出るかを見て幅を足した。
ユリアンの上衣も、家紋を外した場所だけ無地にすれば、反抗を飾る穴になる。そこで元の釦穴をいったんほどき、乳白の絹で小さな比翼を作って内側へ隠した。いつか侯爵家の紋章釦を戻す日にも、別の釦を選ぶ日にも、生地を切らずに済む。彼は、父と仲直りすることを私たちの成功の条件にしないでほしいと述べたが、戻れないよう縫うことも望まなかった。
二人は採寸のたびに意見を聞かれ、自分たちが共同生活で守りたいものを紙へ書き始めた。誓約庁の定型文を使わず、法的な強制力もない。そのため、麗しい言葉より、暮らしの中で違反を見つけられる文にしようと、ミナが店の会計表の裏を下書きに渡した。
「互いを尊重し、永遠に慈しむ、は?」とユリアンが書く。
「尊重していない日でも破ったと証明できないわ」とフローリアが消す。「私が腹を立てて、一晩あなたの顔を見たくないときまで、慈しむふりをするのは嫌」
「では、互いの手と仕事を奪わない」
「それは残しましょう。ただし、私は今まだ仕事を持っていない。仕事を選ぶことも奪わない、と足して」
二人の筆跡は、行の中央で何度もぶつかった。互いが書いた文の意味を問い、消した理由も余白へ残す。私は布を裁ちながら聞いていたが、『どちらかが望めば同居を終えられる』という一行で、鋏が一瞬止まった。
「終えることまで、最初に誓うのですか」
「お姉様は嫌?」
「羨ましいのだと思います」
自分の口から出た言葉に、私がいちばん驚いた。私の婚礼では、閉じないと気づいても、引き返す文が一つもなかった。夫に愛を求めない第七条はあったが、私自身がその暮らしを望むか、いつ確かめ直すかはどこにも書かれていない。終えられると知った上で始める二人のほうが、金糸の輪で縛られた姿より近く見えた。
「羨ましいです。あなたたちが互いに選んだことも、選び直す日のことを怖がらず書けることも」
フローリアは慰めるように姉にもいつか、と言わなかった。代わりに自分の下書きを一枚こちらへ向け、「衣装師として、読みにくいところを見て」と頼んだ。私は誓いの内容を直さず、一文が長すぎて二つの意味に分かれる箇所と、主語のない箇所へ印を付けた。
最終的な紙には、『互いの手と、いま持つ仕事、これから選ぶ仕事を奪わない』『家と金に関する決定は、二人が同じ資料を読んだあとに行う』『どちらか一人が望めば同居を終えられる。そのために必要な財と住まいを妨げない』『毎年、春分に、この暮らしを続けるか二人で書く』と並んだ。最後の一行は、フローリアが自分から足したものだった。
「一度選んだことを、毎年聞くの?」とミナが尋ねる。
「一度の式で一生分を答えたことにするより、面倒でも、その年の私たちが答えたいの」と妹は言った。「返事が同じでも、書く手は毎年少し違うでしょう」
私はその紙を衣装へ縫い付けなかった。布が失われても言葉が読め、衣装を脱いでも選択が続くよう、二通作って互いに一通ずつ持つ。式で読み上げる写しは閉じず、末尾に翌年の日付だけを記した白い欄を残した。
二通は同じ書記が清書せず、フローリアがユリアンの分を、ユリアンがフローリアの分を書いた。互いの紙に相手の筆跡があり、自分の署名だけを当日加える形である。写し間違いを照合すると、ユリアンは『同じ資料を読んだあと』を『同じ資料を読んでから』と書いていた。意味は近いが、片方だけ読了時期を曖昧にしないよう、二人で『互いに質問する時間を置いたあと』へ直した。
「面倒でしょう」と私が言うと、フローリアは乾かしている紙を裏返さず答えた。
「面倒にしているの。簡単に済む約束ほど、あとから誰かが都合よく意味を足すもの」
その言葉に、私は八十年前の暫定命令を思った。二人の私的な誓いが国の欠落をすぐ直すわけではないが、少なくとも、この紙から理由や日付が失われれば、空白だったと分かるよう作られている。
仕立ては、思っていたより手間が掛かった。術式なら魔力で馴染ませる襟芯を、細かな八の字留めで身体へ沿わせ、裾の落ち感は鉛糸を使わず、裏側へ幅の異なる布を三層重ねて整える。指の縫製紋を摩耗させない普通の針仕事は遅いが、熱も光も出ず、間違えれば糸を切ってやり直せる。その可逆性が、白衣装の誓いに似合っていた。
一度、私の裁った右袖が、左より半指細いことをミナが見つけた。術式布なら流れの力で馴染む範囲だが、普通の絹は誤りを隠してくれない。納期を考えれば縫い代をぎりぎりまで出して済ませたくなったものの、ユリアンが腕を上げるたび肘へ皺が寄る。私は袖を二枚とも裁ち直し、誤った二枚は式の紙を包む袋へ変えた。
「高い絹を袋にして、赤字です」とミナは帳簿へ書きながら言った。
「私の採寸違いです。二人へ請求はしません」
「分かっています。赤字を美談にせず、次の見積もりへ採寸直し一回分を入れてください」
弟子に教えるつもりでいた私が、利益を残す方法を弟子から教えられた。白衣装は誰も焼かないが、だから安くてよいのでも、職人が無償で損を引き受けてよいのでもない。私は次の無術式礼装の料金表へ、仮着付け二回と裁ち直し予備を加えた。
仮着付けの日、フローリアは木綿の試作を着て、店の端から端まで歩いた。右へ曲がると裾が靴の飾りへ一度だけ触れたため、私は腰の後ろを四分上げ、前は変えない。ユリアンは袖を伸ばしたとき肩が引かれると言い、背幅を半指足した。貴族の礼装では多少の窮屈さを姿勢の良さと呼ぶが、この衣装は二人が生活を始める日に着る。疲れた夕方にも呼吸できる形でなければ意味がない。
仕付けを外していると、ボーデが検分官二人を連れて店へ入った。無術式衣装を作ること自体は規程違反ではないが、婚礼と誤認させて注文を取れば組合の信用を損なうという。
「型紙を持たず、誓文も縫わない式を婚礼と呼ばせるつもりはない」と彼は言った。「当日、三百人の前で裾が光らなければ、客は職人の失敗だと思う。ほかの工房まで、閉環できない衣装を売っていると疑われる」
「二人は法的婚姻ではないと明言します。注文書にも無術式礼装と書きました」
「客は細字を読まん。白い衣装と男女が並べば、婚礼だと思う」
「では、あなたご自身で検分に来てください。最初から光らせない注文だと確認すれば、失敗との違いを記録できます」
挑発のつもりではなかったが、ボーデは断らなかった。検分記録を公開し、この衣装を組合の婚礼実績へ数えないことを条件に、当日の立会いを告げる。彼が来れば批判は強くなる一方、私たちの説明を内輪の美談にせず済む。
その夜、最後の裾をまつると、絹を何百回も送り出した乾いた痛みが指先に残った。術式熱を帯びないその感覚を確かめ、私は初めて、自分の手を燃料にせず一着を縫い終えた。
仕上げ台へ二着を並べると、単独でも形が整い、隣へ置けば襟と袖の乳白がゆるやかにつながった。片方を取り去っても、残った衣装に欠けた模様は生まれない。私は検品票へ、術式反応なし、通常縫製の強度良好、着用者自身で着脱可能と書き、最後の欄だけ二人に残した。『この衣装を、いま着たいですか』。式の朝に別々の手で答えてもらうためだった。
衣装を箱へ納める前に、ミナが乳白の端切れを二枚、内ポケットへ縫い付けた。翌年の確認書を入れる場所だという。私は衣装を毎年着るとは限らないと指摘したが、彼女は最初の一枚を運ぶ袋として使い、紙を衣装へ縛らなければよいでしょうと譲らなかった。そこで袋の口は閉じず、糸も簡単に外せる四針だけにした。
二着の箱には、術式なしと大きく記し、誓文用の金糸を誤って同梱しないよう、店に残る金糸の数まで数えた。何も起きないことは、何もしなかった結果ではない。光らせる材料を退け、着る人の動きを測り、離れる余白を裁つという、いくつもの手を通った末に作られた静かな仕様だった。




