第17話 それだけのために八十年
誓約庁から最初に返ってきたのは、閲覧に必要な申請書の一覧だった。問い合わせへの回答へ辿り着くには、変更命令の年を特定する三種、命令理由を読むための二種、申請者に直接の利害があると証明する婚礼衣装の診断書と旧家からの委任状が要るという。紙の数に腹を立てるより、どの紙が何を守ろうとしているかを確かめたほうが早い。私はギルベルトから三家分の委任状を取り寄せ、レーマーの登録印、ゾンネの審査番号、自分の三級番号を順に並べた。
申請を待つ六日の間に、ギルベルトが預け先を決めた二十本も、各工房から診断の写しが届いた。第十二条の位置へ刃を入れた跡は二十三本すべてにあり、削った幅も深さも同じだった。同じ道具と指示に従った型紙だと分かり、レーマーは一軒の思いつきでは生じない紙の毛羽立ちまで図へ起こした。
申請から六日後、窓のない閲覧室へ通された。保管官が運んできた第五次標準型紙改訂の綴りは、革表紙の背が白く乾き、触れれば粉になりそうだった。八十年前の日付がある命令書には、『誓文第十二条は、調査完了まで暫定的に休止する』と明記されている。削除でも廃止でもなく、休止であり、しかも終わりを前提にした言葉だった。
「調査の内容と、再検討時期の頁をお願いします」
保管官は目録と綴りの背を見比べ、二枚の位置へ薄い骨べらを差した。そこには紙を綴じていた糸だけが残り、頁は根元から切り取られている。
「目録にはあります。理由説明一枚、再検討日程一枚」
「いつ失われたか、記録は」
「三十年前の補修時には欠落と書かれています。それ以前は確認印だけで、頁数を数えていません」
数えなかった、という同じ言葉が、今度は八十年の書庫から戻ってきた。原型紙を削った職人は命令に従い、家の衣装師は原型に従い、式官は家の伝統に従った。誰も、自分が一行を消しているつもりではなかったのかもしれない。その結果、暫定という一語だけが制度の奥に埋まり、妻の手を守る条項は、八十年にわたってないものとして扱われた。
写しを取る間、レーマーは命令書の余白へある薄い印を見つけた。『再検討資料、別冊へ』と読めるものの、別冊番号は滲んでいる。ゾンネは年代ごとの標準型紙を並べ、休止命令から七年ほどは第十二条へ細い取消線を引き、『暫定休止中』と注記していたのに、その後の版では行そのものが詰められていると示した。
「最初の職人は、消したことを読めるようにした」と私は言った。
「次の職人は、見栄えを整えた。空いた一行を残しておけば、問い合わせが来るからな」とレーマーが答える。
「問い合わせを減らすのも仕事だと思っていた」とゾンネは、自分の若い頃の筆跡がある写しを見ながら認めた。
閲覧室を出ると、廊下で待っていたボーデ組合長が、私たちの写しへ封をするよう求めた。彼は変更命令の存在を否定せず、第十二条のない型紙も、命令に従って作られた以上、有効と見なすべきだと主張した。
「八十年だ。今さら暫定だったと言って、何千という婚姻と相続を開き直せば、守られる妻より家を失う妻のほうが多い。職人も、当時の規程どおり縫った。過去の仕事を今日の目で犯罪にするつもりか」
「無効だと一括して告げるつもりはありません」
「では、この紙で何をする」
「八十年前の判断に理由があったなら、その理由を読みます。理由を失ったまま継続してよいか、いまの着用者に確かめます。少なくとも、新しく縫う衣装まで、考えず欠けさせる必要はありません」
「新旧で効力を分ければ、親子で婚姻の形が変わる。家業を継ぐ工房は、二種類の型紙と二種類の責任を抱える」
ボーデの懸念は正しかった。古い婚姻を守りながら新しい型紙を直せば、同じ家の姉と妹で違いが生まれる。第十二条を戻した結果、妻の実家が仕事を強要する可能性も、失われた理由の頁に書かれていたのかもしれない。正しい一行を戻せばすべてが整うほど、布も人も平らではない。
私たちは閲覧室へ戻り、休止直後の申請記録も調べた。最初の一年には、第十二条を入れたまま縫ってよいかという照会が四十七件あり、庁は一件ずつ『調査中のため不可』と答えている。十年目には照会が三件、二十年目には一件もない。疑問は解かれぬまま、訊く職人がいなくなるまで同じ返事が続いた。
ある工房の記録には、依頼した夫婦へ休止中であることを説明したところ、式官から混乱を招いたと譴責されたとある。次の年、その工房の型紙からは休止の注記まで消えていた。人は秘密を好んで守るとは限らない。知らせるたび仕事が遅れ、客に叱られ、役所へ呼ばれるなら、よく働こうとする者ほど、やがて知らせない手順を身につけてしまう。
「この四十七件の衣装師を、責められますか」と私はボーデへ訊いた。
「命令に従った者を責める気はない」
「では、命令が暫定だと伝えず継がせたことは」
「庁の仕事だ。組合ではない」
「組合も照会を止めています」
十九年前の組合通知には、『標準型に関する重複照会を控え、各工房は現行版に従うこと』とあった。署名は前組合長で、ボーデ自身のものではない。彼は紙を読んでから、自分が就任後も撤回しなかった以上、無関係とは言わないと答えた。一方で、今日ただちに全工房へ第十二条を戻せと命じることも、同じように考える手を止める命令になると言う。
「ならば、工房が依頼人へ見せる説明票だけでも作りましょう。休止中であること、理由頁が欠けていること、現行では第十一条までを使うこと。三つを隠さず、選択欄を空ける」
ボーデは組合名での配布を拒んだが、私たち三人の責任で試作し、希望する工房が使うことまでは禁じなかった。その譲歩を勝利と呼べば彼は次に閉じるだろう。私は条件と拒否の範囲をそのまま議事録にし、レーマーとゾンネに確認印を求めた。
「だから、理由と再検討時期の頁が要るのです」
「ないものを探す間、工房は何を使う」
「第十二条の休止を明記し、着る二人へ欠落と危険を説明する暫定型を作ってください。ない条文を、最初から存在しないふりで縫わせないでください」
彼は、組合の工房すべてへ混乱を広げられないと拒んだが、私たちが取った写しを没収する権限もなかった。ボーデが守ろうとしているものには、自分の面目と、今日も納期を抱えて針を動かす何百人の職人がともに含まれる。私たちが見つけた一語だけで、その仕事を止めてよいとは私にも思えなかった。
直し屋へ戻ると、ギルベルトが残り二十件の依頼先一覧を持って待っていた。七工房は診断を受け、五工房は組合判断が出るまで保留、八工房は理由を書かず断っている。彼は命令書の写しを読み、暫定の二文字へ何度も視線を戻した。
「私は、これを永久の家法として相続した」
「あなたが生まれるより前から、そう扱われていました」
「知らなかった」
「はい」
「ならば、私に責任はないと言ってくれるのか」
「理由を失ったまま、八十年です。その八十年目に、あなたは知らない条文を妻へ向けて使いました。知らなかったことと、したことは、同じ箱へ入れられません」
慰めを求めていたのかもしれない。けれど私が彼を軽くすれば、次に重さを引き受けるのは、また名も知らない妻たちになる。ギルベルトは写しを返さず、料金を払って一部を持ち帰り、ハーロウ家の書庫でも失われた頁を探すと約束した。
試作した説明票は、まずレーマーの工房の受付へ置かれた。最初の客は紙を読むと婚礼が遅れるのかと怒り、次の客は妻に見せるため写しを求めた。同じ三行から反対の反応が生まれるのを見て、レーマーは「混乱を増やした」と渋い顔をしたが、紙を引っ込めなかった。混乱が見える場所まで出たなら、少なくとも見えないまま固定された秩序より、問いを返す先がある。
その日の終業間際、ノルデン家の封を押した手紙が届いた。差出人は妹のフローリアで、春分に予定された婚礼衣装がハーロウ家の貸し型紙で仕立てられていること、父は問題ないと言うが、広間で私が見せた裾を忘れられないことが記されていた。型紙の写しも同封され、第十一条の下には、蔦の飾りが隙間なく並んでいる。
『お姉様なら直せるのでしょう。私の衣装だけは、閉じるようにしてください』
妹の筆跡は最後の一行で細くなっていた。三年前の私なら、眠らずにでも第十二条を縫い足し、何も知らせず春の式へ送り出しただろう。いまの私は三級で、その縫製をする資格がなく、何より、フローリア本人の知らないところで人生を閉じてやることを、助けるとは呼べなくなっていた。
手紙の端には、衣装と一緒に選んだという薄桃の糸が結ばれていた。私はそれをほどかず、返信へ同じ長さの青い糸を添えた。青は答えを示す色ではない。妹が持つ資料と私の控えが対になっていると分かる印で、どちらか一方の紙だけでは、もう決めないためだった。
便箋をしまう前に、私は妹の婚礼衣装の予定表へ赤い糸を通した。裁断、仮縫い、術式縫製、着付け、式。それぞれの期限の間へ、説明、本人の選択、再検分という札を置けば、従来の日程では二月あっても足りない。衣装を間に合わせるため誰かの考える時間を縮めることこそ、八十年続いた暫定の手順と同じだった。




