第14話 三級試験
三級衣装師試験の朝、誓約庁の講堂には四十一台の作業机が並び、それぞれに灰色の覆いを掛けた衣装が置かれていた。持ち込めるのは針と鋏だけで、糸も定規も庁が用意する。私はケルナーに借りた針箱を受付へ開いて見せ、一本ずつ刃先を確かめられたあと、二十七番の木札を渡された。
推薦人の名は受付で読み上げられなかったが、提出した紙を見た事務官の眉が、ヴィルヘルム・ゾンネの箇所でわずかに動いた。試験中は受験者の名を伏せる決まりなので、机へ置かれるのは番号だけである。その制度が完全に公平だとは思わない。それでも、誰かが好ましくない名前を見たあとにも、紙と衣装だけで採点する時間が残ることは、ないよりずっとよかった。
筆記では、術式糸の耐熱限界、身分礼装の配置、誓文の対価条項、診断拒否の記録法が問われた。『依頼人が外観を理由に逃がし口の閉鎖を望んだ場合』という設問に、私は拒否するだけでなく、危険を説明し、外観を損なわない代案を試し、それでも別の店へ行く場合に備えて書面を渡す、と記した。正しさを告げて戸を閉めれば、その人は危険な衣装を抱えたまま別の戸を叩く。仕事を受けないことと、結果に無関係になることは違う。
十八問目は、依頼人が幼い試着係を連れてきた場合の処置だった。教本には年齢制限がなく、保護者の同意と報酬契約を確認するとだけある。私はその二項を書いたあと、本人へ危険を説明し、拒否によって報酬以外の不利益を受けないか確かめる、と付け足した。自分が子供の頃、その問いを向けられても断れたとは思えない。それでも、訊かれなかったことを規則として残すより、答えにくい問いを一つ増やすほうを選んだ。
最後の設問では、誓文第七条と対になる条項を全文で書かされた。『夫は、妻の手と、妻の仕事を取り上げない』。二百十四着を読んだ直後の目には、短い一文のどこにも飾りがなく、そのために書き落とされやすいことまで見える気がした。私は条文のあとへ、十二条あるかを番号だけでなく内容まで数える、と注記した。求められていない一行だが、試験官が減点するなら、その理由もまた残る。
休憩の廊下で、隣席の若い娘が水差しを抱えていた。四杯飲んだのに喉が渇くと青い顔で言うので、私は五杯目を止め、塩をひとつまみ載せた黒パンを渡した。彼女は親方の工房から初めて受験しに来たレナと名乗り、十四問目に『拒否する』としか書けなかったことを悔やんでいた。
「拒否できるのは大事です。私は三年間、それもできませんでした」
「でも、試験の答えとしては足りませんよね」
「採点する方が決めます。いま足せるのは、水を五杯にしないことくらいです」
レナは、似た名前の人に言われると従う気になると言い、黒パンを半分だけ食べた。励ますために自分の答えを正しいと言い切ることはできなかったが、緊張のため動かなくなった指は、廊下の終わりで二度開閉できるようになっていた。
実技開始の鐘が鳴り、灰色の覆いを外すと、私の台には濃紺の運搬用上衣があった。肩から袖へ風を流し、荷の重みを散らす型で、添付された原型では襟から入った流路が両袖口へ抜けている。しかし実物へ掌を当てると、力は脇の下へ逃がされ、右側だけ左より半指ぶん低い。型紙と衣装が違う以上、受験者に求められているのは差異を直すことだと、周囲ではもう鋏が布へ入っていた。
私は裏地を開かず、まず上衣が覚えている身体の癖を読んだ。三人が着ており、最も長く使った者は右利きで、右肩へ太い吊り革を掛ける。原型どおり袖口へ風を通せば、腕を上げるたび流れが吊り革に遮られ、熱と力が肩へ戻るだろう。脇へ逃がす改変は、着用者の仕事に合わせて意図的に施されており、縫い目も健全だった。
紙のほうが新しい。端に付いた裁断粉と折り癖は衣装の年代と合わず、試験のためにあとから添えられた写しだと分かる。私は鋏を置き、針を一本だけ選んだ。
『本品の術式は破損していない。添付原型と異なる脇下の逃がしは、右肩で荷を負う着用者の身体と作業に即した正しい改変と判断する。型紙へ戻せば安全性を損なうため、術式縫製を行わない』
そう記した紙へ、使用者が替わる際には再診断すること、実物と原型の差を次の衣装師が誤修補しないよう内側へ記録を残すことを足した。それを裏地の見返しへ通常糸で留める。縫ったのは三針、術式には一針も触れなかった。
残りは一刻半あった。四十台から糸を引く音が重なり、布を断つたび乾いた響きが講堂へ走る中、私だけが両手を膝へ置いていた。何もしないでいることは、夜の衣装蔵で働き続けるより難しい。悪い箇所を見つけた者として必要とされるため、まだ直せる場所を探したくなり、襟の縫い代を二度も確かめた。
待っている間、私は上衣を着る人の一日を紙の裏へ思い描いた。朝、倉庫で右肩へ革帯を掛け、荷を積み、腕を下ろしたまま長い距離を歩く。袖口へ風を抜けば、何も持たない試験台では美しく光っても、拳を握り帯を引いた瞬間に流れが滞る。脇へ逃がす現在の配置なら、汗を吸った裏地へ多少力を奪われても、肩の関節を熱が跨がない。衣装は台を離れ、その人が働く時間の中で正しさを試される。
私の指は、使える針を前にすると無意識に選び取ろうとした。手を動かせば、少なくとも努力した形が残る。縫わない判断には、外から見える労苦も、針数で測れる成果もない。そこで私は、開始前に配られた糸を一本も切らず元の長さに巻き戻し、針先の油を拭いて箱へ戻した。糸に傷を付けず、次の手へ渡せる状態まで片づけることも、私の仕事に含めた。
試験官が通りかかるたび、針を持っていない自分が怠けて見える気がした。隣の受験者は袖口へ流路を戻しながら、「諦めたのか」と低く訊く。私は壊れていないので縫わないと答えたが、その人の手を止めることまではしなかった。試験は各自の判断を差し出す場所で、私が他人の答案まで選び直せば、同じ衣装に二人分の命令を通すことになる。
ただ待つうち、上衣の片袖に付いた薄い擦れを見つけた。術式とは無関係な摩耗で、今すぐ裂けるほどではない。紙へ『次回洗浄時に当て布を推奨』と加えようとして、手を止めた。この試験の問いへ何でも書けばよいのではない。次に必要なことと、いま評価されたい自分を区別し、余白を残した。
終了の鐘が鳴る直前、隣では型紙どおりに直された流路が青白く光った。見た目は整然としているが、右肩から熱が戻る細い筋がある。試験官は表情を変えず、受験番号を確認して覆いを掛けた。私の台では記録紙を読み、上衣に触れ、もう一度紙へ戻ると、何も尋ねず答案だけを外した。
廊下へ出ると、レナは両袖を型紙どおり直したと話したあと、私の三針を見て自分は落ちたと俯いた。私は合否を慰めで決めず、なぜ直したかを覚えておくよう勧めた。結果がどちらでも、次に同じ衣装を渡されたとき、採点者の顔を忘れ、着る人の肩から考え始められるようにするためだった。
退出後、講堂の前には迎えの馬車が並んでいた。工房の紋を付けた従者に囲まれる受験者の横を抜けると、ミナが籠を持って待っている。昼食の籠に見えたが、中にはゾンネの控えを書き写すための紙束が詰まっていた。
「どうでした?」
「一刻半、座っていました」
「試験で?」
「壊れていなかったので」
ミナは私の顔を見て、落ちた人へ掛ける言葉と、受かった人を祝う言葉のどちらを選ぶべきか迷ったらしい。結局、「では、手が疲れていないうちに二十着写せますね」と籠を押しつけた。その現実的な扱いがありがたく、私たちは閉鎖中の工房へ向かった。
ゾンネは結果を訊かず、十九着の再確認用に細い色糸を切っていた。私は実物と型紙が違い、実物のほうが正しかったと説明する。彼は「直さなかったのか」と問い、私が頷くと、昔なら不作為で落とされたが、今の庁がどう採るかは知らないと言った。
「あなたなら、直しましたか」
「四十年前ならな。昨日までなら、少し迷って直したかもしれん。二百十四を数えたあとなら、原型の条数から数える」
人は一度の告白で別人にならず、私も試験一回で職人にはならない。けれど、三人で控えを写し始めると、ゾンネはどの綴りでも最初に条文の数を指で追った。合否の通知は十日後で、それまで私にできることは、壊れていないものへ針を入れなかった判断を、退屈な待ち時間ごと引き受けることだった。
十日のうち、三度は自分の答案が夢へ出た。夢の中では、周囲の受験者が全員縫い終えたあと、私の上衣だけが台から立ち上がり、何もしなかった手を指して笑う。目覚めれば、掌の紋は同じ薄さで残り、余計な一針を入れなかった事実も変わらない。合格への期待を育てるより、落ちた場合にも自分の判断を他人のせいにしないため、私は答案と同じ内容を店の記録帳へ書き写しておいた。




