第13話 二百十四着
ヴィルヘルム・ゾンネの工房は閉鎖中の札を下げていたものの、煙突からは細い煙が上がり、裏口の敷居にはその朝ついたばかりの灰色の糸屑が絡んでいた。審査を受ける者は仕事をしてはならないが、長年、起きれば釜へ湯を入れ、湿らせた布を伸ばしてきた人間から、その手順だけを取り上げるのは難しいらしい。三度叩いても返事がなく、四度目をためらっていると、内側から「鍵は掛かっていない」と嗄れた声がした。
工房には仕立てかけの衣装が一着もなく、壁沿いの棚を、紐で括った控えの綴りが埋めていた。窓辺の作業台には、私の婚礼衣装を縫ったときの写しが開かれている。三年前の私の寸法も、ノルデン家から支給された白金の絹の長さも、裾飾りにハーロウ家の原型を使用したことも、端正な文字で残っていた。
「第十二条を、知っていらしたのですか」
昨日から紙へ書いていた最初の問いを口にすると、ゾンネは逃げ道を探すより先に頷いた。
「知っていた。三級の教本にも載っている。第七条が情愛を要件としない代わり、第十二条は妻の手と仕事を夫から守る。二つが対になって、婚礼誓文は閉じる」
「では、なぜ足りないまま縫ったのです」
「数えなかったからだ」
あまりに飾りのない答えだったので、私は責める言葉を見失った。知らなかったと言われれば教本を示せたし、伯爵家に強要されたと言われれば命令書を求められた。彼はそのどちらにも隠れず、壁の棚を見渡した。
「家の原型を渡され、そこにある十一条を、あるだけ縫った。貴族家の型紙には由緒があり、外から招かれた衣装師は勝手に一目も足さない。それが慎みであり、職分だと教わり、私も弟子へ教えた。十二条あるべきだという知識と、目の前の型紙を疑わない習慣を、同じ頭の中へ四十年しまっていたんだ」
「今、同じ型紙を渡されたら」
「数える。だが、その答えで三年前の仕事は変わらん」
ゾンネの右手は、開かれた控えの頁を押さえていた。太い指の爪際には針を扱う者特有の硬い艶があり、私の裾を縫った手と同じものだと思うと、怒りは一つの形にまとまらず、熱い砂のように散った。この人が一針ずつ悪意を込めたのなら憎みやすかったのに、実際にあったのは、よく訓練された手と、数えない目だった。
「控えを、すべて見せてください」
「私の罪を数える気か」
「閉じる可能性のある衣装を数えます。誰が悪いかは、そのあとでも決められます」
彼は私の手袋を見た。布読みを続ければ二年で縫製紋が尽きると告げられた指に、朝から痛みはなかった。それでも手袋を外したとき、掌の薄くなった紋を見て、ゾンネは棚の一段目から綴りを下ろした。私がどれほど数えられるかを測るような動作で、許しの色はなかった。
四十年分の控えは二百十四着あった。私たちは作業台を二つ並べ、ミナが台帳へ年、家名、着用者、使用原型を書き、私が写しの術式を読む。ゾンネは、私たちが読み違えれば訂正する役に回った。閉じているように描かれた輪だけを見ず、第七条から糸の向きを辿って対になる文言を確かめると、最初の十着のうち、正しい第十二条があるのは二着だけだった。
「これは第十二条と番号がありますが、内容が逆です」
私は十五年前の赤い婚礼衣装の控えを光へ透かした。『妻は夫の財を侵さない』という一文が、第七条と同じ向きへ力を流し、裾の輪を外見だけ整えている。
「奥方の実家が用意した追加条項だ。家同士が了承していた」
「家同士が了承しても、着る二人の流れが一方へしか行かなければ閉じません。これは数へ入れられません」
ゾンネは反論せず、鉛筆で控えの端へ小さな斜線を引いた。その斜線は日が傾くまで増え続け、二十、五十、百と綴りを越えるたび、工房の棚は同じ姿のまま重さだけを変えた。礼装として美しく、式では光り、子も生まれ、相続も済んでいる衣装が大半である。いまさら裾が閉じていない可能性を知らせれば、その一着から、それぞれの家に積み重なった年月まで揺れる。
昼過ぎ、ミナが買ってきた黒パンを三つに切り、布を汚さないよう紙の上で食べた。ゾンネはひと切れを持ったまま、十八年前の控えを見つめていた。
「この娘は、知っている。婚礼の翌年、夫の領地へ移った。子が二人いるはずだ」
「では、急いで知らせますか」
「そうすべきだと言わせたいのか」
「いいえ。あなたが決めれば、私が従うと思わないでください。私が決めても、あなたに従えとは言いません。今は、知らせたとき何が起きるかを控えに足しましょう」
ミナが新しい欄を作った。現住所、婚姻後の年数、子の有無、相続の有無、再縫製の可否。分からない箇所は推測で埋めず、空欄のままにした。正しい糸がない衣装と、すぐに壊してよい暮らしは同じではない。かといって、暮らしが続いた年月を理由に、欠けたものを欠けていないことにもできなかった。
三日目の夕方、最後の綴りを閉じた。正しい第十二条が入り、着用した二人が互いに知った上で閉じた可能性のある衣装は、二百十四着のうち十九着だった。残り百九十五着を一つの災厄のように呼べば、そこにいる百九十五人の妻も夫も見えなくなるため、ミナは集計の下へ一件ずつ異なる注記があると太く書いた。
十九着のうち六着は、妻が家業を続けるため第十二条を自分から求めた記録があり、四着は夫が追加を提案している。残る九着には条文こそあっても、二人が内容を知った証拠がなかった。正しい文言があることと、正しい婚姻であることを同じ印で括らず、一覧には『閉環の可能性あり・意思未確認』と記す。逆向きの条文がある三十一着、番号だけ飛んでいる八十七着、飾りで空白を埋めた七十七着も別々に分けた。二百十四という大きな数字は人を怯えさせるが、仕事を始めるには、まず異なる壊れ方へほどかなければならない。
ゾンネは四組の写しを作ることに同意し、原本は審査中も自分の工房へ、第一の写しはレーマー、第二はケルナーの店、第三は誓約庁へ封印して預けることにした。第四の箱だけは受取人を空欄にする。いま名前のある人間だけで囲えば、私たち全員が同じ考えに陥ったとき、誤りまで四つに増えるからだった。未来に異議を唱える誰かへ渡せる余白を、箱一つぶん残した。
「あなたを、許すとは申しません」
指に付いた鉛筆の黒を布で拭いながら、私はゾンネへ告げた。
「許されたいとは言っていない」
「断罪するとも、今は申しません。私が先に渡したいのは、数えたあとの仕事です。控えを四組写し、原本と別の場所へ置くこと。十九着にも、正しい可能性があるだけだと伝えること。百九十五着については、知らせる順序と、暮らしを壊さず調べる手順を作ることです」
「誰に命じている」
「私と、あなたと、仕事として引き受けるミナに。私の分は無料にしません。今日までの三日分は、三級に受かってからお支払いします」
「受からなかったら」
「別の仕事で返します。そのためにも、推薦状を書いてください」
ゾンネは、机の端に揃えた控えと私とを何度も見比べた。審査中の自分は推薦人として最悪であり、その名が添えられれば私の受験歴にも疑いが付くと、先にすべて説明した。それでも書式一の紙を出した彼の手には、次こそ自分で数えるという決意があった。
推薦状を受け取った足で、私はレーマーの工房へ向かった。前日と同じ受付係が困惑するのを待ち、ゾンネの署名を見せる。裁断室へ通されると、レーマーは眼鏡を掛けたまま読み、審査中の者の推薦など庁が喜ばないと指摘した。
「先日、正しい人の推薦人になれば、ご自分が二人目になるとおっしゃいました」
「言葉尻を取りに来たのですか」
「順番を一つ進めに来ました。ゾンネ様が、ケルナーに続く二人目です。推薦状としてはゾンネ様が一人目、あなたが二人目ですが、疑問を紙にする人としては、あなたが三人目です」
彼は紙から顔を上げた。私は二百十四着の集計を見せ、正しい可能性が十九着しかないこと、その数字を知る人間を一人の工房へ置かないと決めたことを説明した。レーマーは紙面に並ぶ家名を追い、途中で眼鏡を外したが、拭くことはせず、両手に持ったまま尋ねた。
「先の二人が資格を失えば、同じことではありませんか」
「二人目までは、変わった人だと思われます。三人目からは、そういう人たちになります」
「私を三人目にするため、推薦人の数と、異議を唱えた者の数を使い分けたのでは」
「はい。ただし二枚目の推薦状をお願いしていることは、誤魔化しません」
裁断室の奥で、誰かが堪えきれず短く笑った。レーマー自身は笑わず、二十年前にケルナーの照会へ名を連ねなかった自分を、今さら勇敢な者に数えるなと言った。私は勇敢であることを推薦の条件にしていないと答え、誤りを見つけたとき私を庇わず申告してくれる人が必要なのだと伝えた。
彼はようやく椅子を勧め、私の診断記録を最初から読み返した。推薦欄へ名を書くまでに一刻かかったが、その一刻を急かさなかった。紙を受け取ると、戸口にボーデ組合長が立っていた。誰かからゾンネの推薦を聞き、撤回させに来たらしい。
「レーマー、工房の者まで巻き込むつもりか。まだ間に合う。署名を取り消せ」
レーマーは乾く前の墨へ砂を振り、余分を箱へ戻した。
「一人目なら変人だ。二人目までは、やはり変わった人間だろう」
「何の話だ」
「三人目からは、そういう人たちだ。残念ながら、私はもう三人目らしい」
私を正しいと称える言葉は、一度もなかった。渡された二通の紙にあるのは、見た仕事に責任を持ち、誤れば名を連ねて問われるという約束だけである。だから私はそれを折らずに筒へ入れ、二百十四着の一覧と一緒に胸へ抱えた。資格試験へ持っていけるのは私の腕だが、その腕を疑う人の名が二つあることを、初めて心強いと思った。




