第12話 正しい人の二人目
レーマーの工房を再び訪ねたのは、翌朝だった。前日と同じ若い受付係が困った顔をしたので、「断られたことは承知しています。理由を一つだけ伺いに来ました」と伝える。待たされたあと、奥の裁断室へ通された。
大通りに面した店だけあり、ケルナーの直し屋三軒分ほどの広さがある。高い窓から入る光の下で、六人の職人が春用の礼装を縫っていた。薄紅、若草、象牙。どの台も整い、裁ち屑まで色ごとに籠へ分けられている。親方が守ろうとしているのは自分の資格だけではなく、この秩序と、ここで針を動かす手の暮らしなのだろう。
窓際には、納品日ごとの木札が十二枚並び、遅れている二枚だけが裏返されていた。受付の若者が、侯爵家から届いた催促状をレーマーへ見せる。親方は象牙色の袖から目を上げず、「今夜までに仕立てろという追加には、夜業六人分の料金を書いて返せ」と指示した。
「先方は、他所なら通常料金でできると」
「なら、他所へ頼む自由がある。こちらには、明日の針を今日使い切らない自由がある」
六人の肩から、聞こえないほど小さく力が抜けた。レーマーは権威に逆らえないだけの人ではなく、守る範囲を自分で決め、その内側では断る人だった。だからこそ、その範囲へ私を入れることが、六人を危険へ近づけるのだろう。
レーマーは象牙色の袖へ仕付けを入れていた。眼鏡を外し、曇りを拭ってからこちらを見る。
「理由を訊けば、答えが変わると思いますか」
「変えるのは私の役目ではありません。ただ、何を足せば検討できるのかは知りたいのです」
「組合長の通達は読みましたな」
「はい。推薦人は、私の無資格判断にも責めを負うと」
「あれは規程を言い換えただけで、嘘ではない。あなたは実際、軍服へ無資格で鋏を入れた。結果がよかったから、次も正しいとは限らない」
「それが一つ目の理由ですか」
レーマーは眼鏡越しに私を見た。
「数えるのですか」
「数えなかった条文で失敗しましたので」
彼は笑わなかったが、象牙色の袖を置く手つきが少しだけ緩んだ。
「一つ目は通達と連帯責任。二つ目は、あなたの仕事をまだ一件も見ていないことです」
「三つ目は」
「あなたの婚礼衣装を縫った男より先に、私があなたを正しいと書けば、事情を知らなかった彼を切り捨てる形になる。私は、自分だけ安全な側へ移るために同期を売りたくない」
三つとも、私に腕がないとは言わない一方、腕があるだけで消える理由でもなかった。まず一つ目を受け取った。
「その点は、ボーデ組合長からも伺いました」
「ならば、なぜ来る」
私はベルタとヨルク、二枚の記録を机へ置いた。どちらにも、私が正しかったとは書いていない。見た事実、依頼人が選んだ方法、処置の結果、まだ分からないことだけを記してある。
「私が今後も正しいと保証していただくためではありません。誤ったとき、あなたのお名前ごと問われることを承知のうえで、それでも試験を受けさせる価値があるか、仕事を見て判断していただきたいのです」
レーマーは紙へ触れず、象牙色の袖を一度畳んだ。
「あなたの婚礼衣装を縫った男は、私の同期です」
予想しなかった言葉に、記録を差し出した手が止まった。
「広間であなたが糸を引いた翌日から、彼は誓約庁の審査を受けています。二十四年前、二級へ上がった年にハーロウ家の型紙を使い、書かれたとおり縫った。家の原型を勝手に変えないのは、衣装師の正しい作法です」
「第十二条が欠けていることを、知らなかったのでしょうか」
「少なくとも私は、彼が知っていて黙ったとは思っていない。家ごとの型紙には事情があり、外の職人は条文を足さない。そう教えられてきた」
「疑うことも、衣装師の仕事ではありませんか」
「その問いを、二十年前にも聞きました」
彼は拭いた眼鏡を掛け直した。裁断室にいる職人たちの針は動いているが、誰も会話へ顔を向けない。聞こえていて、聞いていないふりをしている。
「ある一級起草師が、標準型紙の変更履歴を開示するよう誓約庁へ求めたのです。第十二条が消えた時期と、命令した者を確かめたい、と。庁は型紙への不信を広げたとして、彼の資格を取り上げました」
「一人で求めたのですか」
「最初に疑問を口にしたのは一人ではない。私も人のいない場所では同意しました。けれど、庁へ提出された紙には、あの男一人の名しかなかった」
人のいない場所の言葉には、仕事も家族も載っていない。紙へ名を書いた瞬間、失うものが同じ重さで載る。レーマーが二十年間、自分を臆病者と数えてきたことは分かったが、今ここで私が許したり責めたりできる話ではなかった。
「規程に違反したのですか」
「違反したと判断された。私は彼と同じ疑問を持っていましたが、照会へ名を連ねなかった。黙っていた結果、私はこの工房を持ち、彼は右手で針を持てなくなった」
右手。その一語で、塗り潰された看板と、台の下へ隠される固い指が浮かんだ。けれど、レーマーは起草師の名を言わず、私もケルナーの名を口にしなかった。
「あなたが正しいと思っています」
「では――」
「正しい人の推薦人になると、こちらが二人目になるのです」
レーマーは周囲の六人へ目をやった。自分が資格を失えば、この工房の名で受けている仕事は止まり、弟子たちの雇用紋も揺らぐ。臆病だと一言で裁けば、彼の後ろにいる人まで消してしまう。
「分かりました。記録だけ、置いていってもよろしいですか」
「置かれても、推薦は書きません」
「お返しになるまで、読んでいただけます」
「読んだ結果、誤りを見つければ、組合へ出します」
「そうしてください。推薦より先に、そのために見ていただきたいのです」
そこでレーマーは初めて紙を取り、ベルタの外套の図を上へした。私が正しいと信じて受け取ったのではない。誤りを探す責任ごと引き受けた手だった。それだけでも、昨日閉じた扉の隙間は、紙二枚ぶん開いた。
ベルタの紙とヨルクの紙の写しを机へ残し、工房を出た。拒絶されたことは変わらない。それでも今度は、扉の向こうに何があるかを少し知っていた。
直し屋へ戻ると、ケルナーは濃茶の上着を左手だけで裁っていた。型紙へ重石を置く右手が使えないため、肘と木製の挟みを組み合わせ、生地をずらさず鋏を進めている。そのやり方を邪魔しないよう、裁ち終わるまで待った。
濃茶の布は、荷運び人が冬に着る丈夫な梳毛だった。動く右手の代わりに革輪を鋏の片柄へ結び、左の親指で刃を閉じ、肘を引いて開く。曲線では三寸ごとに重石を移さなければならず、両手なら一息で裁つ袖山に、六度手を止めていた。それでも切り口は毛一本ぶんも型紙から外れない。
「その方法は、ご自分で考えたのですか」
「手が動かなくなった日に、腹が減った。次の日までに考えただけだ」
「私にも教えてください。右手が使えなくなる前に」
ケルナーは鋏を台へ置き、私の手袋を見た。慰めも、まだ二年あるとも言わず、革輪の結び目をほどいて見せる。
「教える。だが、動く手を先に捨てるな。片手の技術は、両手を使い切った者への勲章じゃない」
私は結び方を一度だけ試し、右手へ持ち替えて残りの端切れを裁った。失う未来への備えと、今ある手を使うことは、どちらか一つではなかった。
「二十年前、標準型紙の変更履歴を求めた起草師がいたそうです」
鋏は止まらなかった。濃茶の布を切る音だけが、いつもより長く続く。
「その方は資格を失い、右手で針を持てなくなったと」
「そうか」
「ケルナー。私の婚礼衣装を縫った方の名をご存じですか」
そこでようやく鋏が止まり、老人は濁っていない目を上げた。
「知って、どうする」
「会って、なぜ第十二条のない型紙を縫ったのか訊きます。責めたいのか、推薦を頼みたいのか、自分でもまだ分かりません」
「分からんまま会うほうがいい。先に役を決めれば、相手をその形に切る」
「怒鳴られたほうが楽だぞ」
「怒鳴られる覚悟はあります」
「あいつは怒鳴らん。だから面倒だ」
ケルナーは台の抽斗から古い職人名簿を出し、一本の指で頁を開いた。
「ヴィルヘルム・ゾンネ。二級衣装師。四十年前、私と同じ日に登録した。中央区の南寄りに工房があるが、審査中で今は閉めている」
「私を推薦してくださると思いますか」
「私は推薦できん。資格がないからだ」
「それだけですか」
問いかけたあと、続きを言えなくなった。他人のためなら二度目を訊ける。ベルタには選択肢を示し、ミナの給金が遅れれば代わりに口を挟める。けれど、自分のためにケルナーへ過去を語ってほしいと頼むことは、喉の手前で止まった。
ケルナーは答えを待たず、名簿を閉じた。
「ゾンネへ行くなら、朝にしろ。工房は閉まっていても、煙突から煙が出る日がある」
その夜、宿へ戻ると、受付から封のない手紙を渡された。差出人の名はなく、王家の紋章もない。厚手の紙に、整った字で二行だけ書かれていた。
その前日に、私は公爵邸の従僕へ短い便りを託していた。九軒に断られ、最後の衣装師だけは三つの理由を述べたこと。助力を求める文にはせず、「一度は自分で頼んだ」という約束の報告だけを書いた。秘密の依頼については一字も入れず、返事も求めなかった。
『断る理由を三つ言う人間は、条件を待っている。二人目になりたくないなら、先に一人目を訪ねればよい』
ライナルトには、九軒目で何を言われたかを短く知らせただけだった。彼はレーマーの代わりに答えを決めず、私が次に訊くための読み方だけを返した。
机へ母の型紙帳を開き、空いた紙へ、ヨナス・レーマーとヴィルヘルム・ゾンネ、二人の名を書いた。推薦欄はまだ白いままだが、明日の行き先は一つに決まった。
その下へ、ゾンネへ最初に訊くことも三つ書いた――第十二条を知っていたか、私の衣装を縫う前に原型を数えたか、今、同じ型紙を渡されたらどうするか。推薦をください、とは最後まで書かなかった。まず相手がした仕事を一着ぶん聞き、その答えを受け取ってから、自分のための依頼を口にすると決めた。




