第3話 思い出と切り抜き
翌朝、目が覚めても昨夜の余韻はまだ胸の奥に燻っていた。
楽しかった、ワクワクした。そんな純粋な感情が、冷え切っていたはずのワンルームを今も満たしている。
(今日は配信、あるのかな……)
スマホの画面を確認するけれど、まだ何の通知もない。当然だ。朝早くに配信があるわけない。さっさと仕事を終わらせて、いつでも配信を観れるように待機しておこう。そう思っただけで、いつもは億劫な通勤の足取りがほんの少しだけ軽くなった。
僕の仕事は、工場でひたすら機械をいじるだけの、なんてことのない作業だ。黙々と手を動かすだけの退屈な業務。だけど今日ばかりは、頭の中で昨夜の賑やかな声がずっとBGMのように流れていた。
あっという間に終業時間を迎え、寄り道もせずさっさと帰宅する。
パソコンを起動し、昨夜のゲームを立ち上げながら配信サイトのページをチェックする。……んー、ないか。今日のスケジュールには何も書かれていない。
「じゃあ、今日は一人かな」
ぽつりと呟き、僕は気合いを入れる。
「よし、気を取り直して一人で行こー。今日の目標は、自己ベストの20ステージ超えだ!」
最高到達点を塗り替えてやる。そう意気込んで、ソロモードのスタートボタンを押した。
――けれど、その気合いはものの数十分で打ち砕かれることになる。
「くっ、一人が辛すぎる……! 大きなアイテムを運ぶのって、こんなに大変だったっけ!? 昨日の感覚が抜けてないからか、無意識に誰かに助けを求めそうになる……一人なのに!」
昨夜のわちゃわちゃとした一体感が身体に染みついてしまっていて、思うようにステージを進められないのだ。
誰かと遊ぶ楽しさを知ってしまったからこそ、今、一人の辛さが骨身にしみて分かる。アイテムを回収する人、敵のヘイトを取る人、周囲を探索する人……。昨夜は各々が自由に動いていたようで、絶妙な役割分担ができていたのだ。
ソロプレイでは、それら全てを自分一人でこなさなければならない。
「ふぅ~……。やっと6ステージか。僕、下手になったのかな……w」
どうにかアイテムを納品し、安全なショップエリアに移動したところで、思わず溜め息混じりの言葉が漏れた。
誰にも届かない言葉。だけど静かな部屋の中で、その声は虚しく自分へと跳ね返ってくる。下手になったわけじゃない。これがいつもの、普段通りの僕だ。ただ、心が勝手にあの賑やかさを求めて、寂しがっているだけ。
「……でも、一人の時にも利点はあるか。強化アイテムを独り占めできるし、全部自分の思うように遊べる」
気を取り直してショップで買い物を済ませ、ロボットを強化するアイテムと、敵を迎撃するための武器を購入する。これで少しは立ち回りがマシになるはずだ。
次のステージへのカウントダウンを見つめながら、ふと、思考が別の場所へと飛ぶ。
「それにしても……桃心さん、か。素敵な人だったな」
耳の奥に、昨夜の彼女の声が蘇る。
重いアイテムを二人で息を合わせて運んだ記憶。他愛のない話をしていたら、背後から敵に襲われて一緒に悲鳴を上げたこと。自分がやられた後、先に墓場に居たメンバーと他のプレイヤーの視点を観ながら、みんなでワイワイ騒いだこと。
楽しかった思い出の真ん中には、いつも彼女の弾けた笑顔のような声があった。
「次は、いつ配信するんだろう……。また一緒に遊びたいな」
結局、その日は夜遅くまで待っても配信の通知が来ることはなかった。一人で黙々と挑んだゲームも、レベル11で理不尽な敵の群れに囲まれて全滅し、そこで終わりを迎えた。
「んー……。そうだ、アーカイブを観よう」
ベッドに寝転びながら、僕はスマホで昨夜の配信アーカイブを開いた。
彼女の声をもう一度聴きたいという気持ち半分。
「僕、どんな風に喋ってたっけ。変なこと口走って、嫌われてないよね……?」
人見知り特有の急な不安を抱えながら、僕は再生ボタンを押した。
最初のほうに、当然ながら自分の姿はない。それでも、桃心が他のリスナーと楽しそうに掛け合いをしている姿を観ているだけで、自然と口元が緩んで微笑ましい気持ちになってくる。
「へぇ~……。こんなアイテムの運び方もあるんだ。勉強になるなぁ」
彼女や他のプレイヤーの立ち回りを観察し、新たな発見に感心していると、配信開始から20分が過ぎたあたりで、チャット欄に『朝帳』の名前がひょっこりと現れた。
「僕、意外と早くにこの配信を見つけてたんだな。……っていうか、ここから2時間近くも一緒に遊んでたのかw」
画面の中の自分に、少し驚きながらも可笑しくなる。それからは時間を忘れて、配信終了までのタイムラインをじっくりと見返していった。桃心の声に交じる自分の声は変だなぁと感じながら。
「あはは、ここ本当に面白いな。……うん、このシーンすごく良い。何か形に残せないのかな」
見返していると、笑ってしまうようなコミカルなシーンもあれば、手に汗握る手に汗握る熱いシーンもある。ただ消費されていくだけのライブ配信。その中にある最高の一瞬を、どこかに書き留めておきたい。僕は画面を見つめたまま、サイトのUIを色々と弄り始めた。
「赤い動画サイトは大手が多いイメージだけど、こういう参加型を気軽に探すなら、やっぱりこの紫のサイトがいいな……」
何気ない呟き。
数多くある配信サイトの中で、僕が普段使っているのは2〜3個ほど。世間でよく「赤い方」「紫の方」と色で呼ばれる大手サイトと、あとはほとんど開かないマイナーな場所だけだ。
「実はこの配信サイト、まだ使い方がよく分かってないんだよな。ほぼ観る専門だったし、アカウントを作ったのも最近といえば最近だし……。ん? 『クリップ』……? これはなんだろう」
アーカイブを観ながら、サイトの仕様を知るために色々なボタンを押していると、配信動画の一部を数十秒だけ切り取って、誰でも見やすく保存できる機能を発見した。
「おぉ……これはいいな! 面白いシーンをそのまま残せるのか。ほぉ、他の人が作った切り抜きも…どれどれ。あはは。面白いなぁ。ここにたくさん上がってるんだな……よし、簡単に出来そうだし僕も作ってみようかな」
思い立ったら行動は早かった。
試行錯誤をしながら、動画のシークバーを細かく動かす。といっても、そこまで難しい作業ではない。切り抜きたい範囲の始まりと終わりに合わせて、時間を調節するだけだ。
「……こんなもんでいいのかな。一応、僕たちの会話が一番盛り上がった面白いシーンだし、他の参加者の人の声が変に途切れないように配慮もしたし。うん、これなら大丈夫だろう」
マウスを握る手に、心地よい緊張感が走る。
「――作成、っと」
静かに左クリックを押し込む。
こうして、僕の手によって切り取られた桃心の一瞬が、彼女のチャンネルの切り抜き欄へと、確かな爪痕としてその姿を残したのだった。




