第4話 対人戦のゲーム
あの日、僕は深夜まで試行錯誤しながら、桃心の配信からいくつかのクリップを作成した。改めて見返してみても、どれもあの夜のわちゃわちゃとした混沌が凝縮されていて、実に楽しそうな一瞬が形に残せたと満足しながら眠りについた。
それからは、いつも通りの平凡な日々が過ぎていった。
工場で黙々と仕事をこなして帰宅し、不慣れな家事を手早く終えたら、パソコンの前に座る。一人暮らしの、変わり映えのしない静かな日常。
けれど今日、その退屈なルーティンに確かな変化が訪れる。
仕事帰りにスマホを確認すると、桃心の配信通知が届いていた。液晶画面を滑る僕の指が、自然と急ぎ足になる。
ただ、今日彼女がプレイしているのは、あの夜に一緒に遊んだロボットの協力ゲームではなかった。
画面に映し出されていたのは、5対5の熾烈なタクティカルFPS。一瞬の判断と精密なエイムが勝敗を分ける、僕が普段は全く触らないタイプの、純粋な対人戦ゲームだった。
「一応……タイトルには『参加OK』って書いてあるけど……」
マウスを握ったまま、僕は少しだけ気後れして呟いた。
「そもそも僕、このゲームやってないしなぁ。今からインストールして……んー、いいか。こういう敷居の高いゲームは、見ている方が楽しいし。……うん、上手い人のプレイを観るのは、勉強になるかな」
少しだけ言い訳をするように自分に言い聞かせ、僕はチャット欄の隅っこに腰を下ろした。
配信画面からは、絶え間なく激しい銃撃音と爆発音が響き渡っている。
画面の中の桃心は、いつものおちゃらけた雰囲気とは一変し、冷静に、だけど本当に楽しそうに照準を動かして敵を次々と倒していく。その鋭いプレイングにハラハラと胸を焦がされながらも、今の僕は画面越しに心の中で応援することしかできない。
(桃心、頑張れ……!)
固唾をのんで見守る中、彼女の操作するキャラクターが角を曲がった――その瞬間、待ち構えていた敵の銃弾に貫かれ、彼女のアバターが崩れ落ちた。
「あ~~! くやしぃぃぃ~!!」
スピーカーから桃心の悔しげな絶叫が飛び出す。 相手は残り2人に対して、味方は3人。人数有利の構図だ。あとは設置された起爆装置が起動するまで残り数十秒の時間を守り切れば勝利となる。
桃心はボイスチャットを使い、敵が詰めてきそうな射線に向けて煙幕――通称『モク』を焚くよう的確に指示を出し、視界を塞いで味方の身を守ると同時に、相手の時間を削っていく。
カウントダウンの焦りに耐えかねた敵が、モクの中から焦って姿を現した。
――パン、パンッ!
味方の一人が待ち伏せしていた場所に、見事なまでに敵が飛び込み、そのまま沈む。残る最後の一人も時間がないため強引に突っ込んできたが、残った二人が左右から挟み撃ちにする形で銃弾を浴びせ、見事にラウンド勝利の文字が画面に踊った。
「ナイスーー! やったね! いやぁ、今の私のモク、めちゃくちゃ良い位置だったでしょ~?」
桃心は興奮気味に味方たちと先ほどの試合についての反省会を始めていた。勝って終わりにするのではなく、「ここをこうすれば良かった」と、すぐに反省点を次のラウンドで修正しようとする姿勢。
彼女の真剣な横顔を眺めながら、僕は手元のデスクトップで、いつものロボットゲームを起動した。
(今日は……ROM(閲覧)に徹して、裏で大人しくアイテム集めでもしてよう)
画面の片方に自分のゲームをフルスクリーンで映し、もう片方のモニターに桃心の配信画面を流す。実家にいた頃にはできなかったこの環境が、今の僕にはたまらなく便利で、居心地が良かった。実家を出て本当に正解だったと、改めて噛み締める。
裏画面で黙々とロボットを操作してアイテムを回収する間も、もう一つのモニターの中では激しい戦闘が繰り広げられていた。敵の頭のラインにぴったりと照準を合わせ、ヘッドショットを命中させていく桃心たち。
「こういうゲームができる人は、本当に凄いなぁ……」
一応、僕も対人ゲーム自体は齧っている。だけど、桃心がやっているゲームとは仕様がまるで違う。 僕が好んで遊ぶのは、宇宙で育った遺伝子組換えのゴリラが無双したり、重厚な鎧を纏ったイケおじが大きな盾を張って前線への道をこじ開けたりするようなゲームだ。キャラクターの個性が豊富で、エイムが下手でも自分に合った立ち回りを見つけやすい。ちなみに、僕が得意なのは爆弾魔のネズミや、重力を操る宇宙博士のキャラだ。得意なだけで、決して上手いわけではないけれど。
競技性の高い『ランク戦』というものには基本的に触れない。あそこはみんなが本気で上を目指すための、ピリピリとした戦場だ。僕はただ「楽しくワイワイできればいい」と思っているので、勝敗を競うより、平和で、時にちょっぴり熾烈な場所で身内と楽しむ方が向いている。 そんなことをのんびり考えながらアイテムを集めていた、その時だった。
「あ、朝帳さん見てくれてる。やほ~~」
スピーカーから、突如として僕の名前が降ってきた。
(な、なぜ!? バレた……! ROMってるのが一瞬でバレたぞ! どうしてだ!?)
心臓が跳ね上がる。チャットすら打っていないのに、どうして僕が部屋にいることが分かったのか。慌てて配信画面の端っこを凝視して、僕は「あ、これか……」と納得した。
この時、僕はまだこの『紫の配信サイト』の仕様をよく分かっていなかったのだ。現在視聴しているユーザーの欄を開くと、ログインしているアカウント名がずらりと表示される仕組みになっていることを、この瞬間に初めて知った。
バレてしまったものは仕方がない。見つけてくれたお礼も兼ねて、挨拶くらいは残すべきだ。僕は裏画面から配信のチャット欄にカーソルを移し、キーボードを叩いた。
『こんばんは。この前はありがとうございました~』
「お、朝帳さん出てきた。やほぉ~! こちらこそありがとね~! 今日は別ゲーやってるよ。朝帳さんも来る?」
桃心に名前を呼ばれると、胸の奥がくすぐったいような、何とも言えない嬉しい気持ちになる。だけど、お誘いには正直に答えなければならない。
『ごめんねぇ~! そのゲームは持ってないんだぁ~すまぬ~!』
「あ、持ってないのか! 残念~。あ、でも明日はこの前のロボットのゲームするよ! 来てね!」
……インストールだけでも、今からしておくべきだろうか?
いや、今から始めても初心者の僕じゃ足を引っ張るだけだ。ここは大人しく視聴に徹しよう。それに、明日になればあの使い慣れたロボットのゲームで、彼女の枠に参加できる。呼ばれたからには、絶対に一番乗りで行かないと。
『はぁ~い! 明日楽しみにしてるねぇ~! 応援してます!』
「ありがと~! ……ところで朝帳さんはこういうゲーム自体はしないの?」
おっと、桃心がさらに踏み込んで誘ってきた。一瞬言葉に詰まる。
『銃撃つゲーム苦手で~! すまない!』
「あ~、それじゃあ、しょうがないかぁ……。でも! いつでも始めていいからね! やるときは言ってくれたら、私がいっぱい教えるよ~!」
『ありがとぉ~! やることあったら言うね!』
銃で撃ち合うゲームかぁ……。画面を眺めながら、僕は小さく首を振った。多分、僕の人生でやることはないだろうな。
――この時の僕は、まだ知らない。この後、彼女から何度も何度も熱心に誘われ、その笑顔に抗えなくなった結果、半年後にはパソコンの前に張り付いて、苦手だったはずの激しい撃ち合いを克服するためにひたすら銃をぶっ放し続けている未来の自分の姿を。
今の僕はただ、明日彼女とまた遊べるという約束だけで、胸を弾ませていた。




