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第2話 ゲームスタート

 画面が暗転し、ロード中を示すアイコンが動いている。ゲームセッションへと接続されている合図だ。


(やばい、どうしよう……! 第一声は何て言えばいいんだ!?)


 心臓が肋骨の裏を激しく叩く。無難に「よろしくお願いします」か、それとも「初見の朝帳です」と名乗るべきか。人見知りの脳細胞がフル回転でシミュレーションを繰り返すけれど、どれもしっくりこない。

 そんな僕のパニックを置き去りにして、画面が無慈悲に切り替わった。

 ロビー画面には、桃心ももこのアバターと、すでに参加している他のプレイヤーたち、そして確かに『朝帳』の二文字が並んでいる。ボイスチャットの接続を示す緑色のインジケーターが、僕の環境音を拾って細かく明滅した。


「あ、朝帳さん入れたね! こんばんはぁ~、よろしくお願いしまぁす!」

「「お願いしまぁ~す!」」 


 桃心の突き抜けるような明るい声に続いて、他の同乗者たちの声が重なる。

 のんびり悩んでいる時間なんて一瞬で消し飛んだ。早く返事をしなければ、回線トラブルか、あるいは感じの悪い奴だと思われてしまう。


「あ、あ……お、お願いします!」


 裏返りそうになる喉を必死に抑えて、どうにかそれだけを絞り出した。


「はぁ~い、お願いします! それじゃあ、他にも参加する方いるからちょっと待ねぇ~」


 桃心はいつものカラッとした調子で受け流し、次の準備へと意識を向ける。

 ……おや? 大丈夫、か?

 身構えていた「声への指摘」は特に降ってこなかった。他のプレイヤーたちも、僕の声に対して怪訝そうな反応を見せる様子はない。


(よ、よかったぁ……!)


 張り詰めていた肩の力が、一気にふっと抜ける。第一印象がどうであれ、まずは無事にこの場所に受け入れてもらえた。それだけで十分だ。一度きりの気まぐれな参加者で終わるつもりはない。ここで良いところを見せて、絶対に常連の切符を掴み取ってやるんだ。


「あ、お願いしまぁす」

「お願いします! よし、これで全員揃ったね! しゅっぱーつ!」


 他のメンバーが揃ったことで桃心が景気よくスタートボタンを押すと、画面がフェードアウトし、アイテムを回収するための退廃的でどこか愛らしいステージへと移動した。

 ゲームが始まった瞬間、プレイヤーの操作するロボットたちがワイワイと一斉に走り出す。みんな慣れた様子で、各々自由にアイテムを探しに散っていくようだ。よし、僕も負けていられない。

 心の中で意気込んだ

――その時だった。


「今参加してくれた人たち、みんな綺麗な声ですね~。女性の方ですか~?」


 スピーカーから響いた桃心の無邪気な言葉に、僕の指がピタリと止まる。


(き、きたぁ……! 性別の話題……!)


 ネットの海で何度も直面してきた、僕にとっての天敵。

 ここはどうする? はぐらかすべきか、それとも正直に言うべきか。頭の中で激しい葛藤が巻き起こるけれど、ボイスチャットの沈黙は許されない。えぇい、ままよ!


「男で~す」

「あ、僕も男です」


 他のプレイヤーの告白に便乗する形で、僕も小さく「男です」と声を添えた。


「えぇ!? みんな男性の方なの!? 綺麗な声でびっ……」


 桃心が驚愕の声を上げた、まさにその瞬間。


 ――ドォーン!!


 突然、鼓膜を突き破るような爆発的な発砲音が響き渡った。

 直後、画面の中で僕たちの先頭を走っていた桃心のロボットが派裂し、その場にぽつんと頭部だけが残される。


「やばい! おじいちゃんが来た! みんな静かにして!!」


 誰かの悲鳴のような囁き声が響く。


 そう、このゲームはただ呑気にアイテムを回収するだけのチルゲームではない。ステージを徘徊するランダムな敵が容赦なくプレイヤーの命を奪いにくるのだ。

 今現れたのは、配信者殺しと悪名高い通称『おじいちゃん』――盲目のハンター。

 目は見えないが音に対して異常に敏感で、プレイヤーの足音やアイテムの作動音を感知した瞬間、一撃必殺の銃弾を叩き込んでくる最悪の天敵だった。


「桃心さんがwww」

「いきなりおじいちゃん引くかフつー!w」


 配信主が開始早々に瞬殺されたというのに、他の参加者たちは笑いながらも、音を立てないよう静かに行動を開始している。誰もピリピリしていない。なんて居心地が良くて、温かい雰囲気の配信なんだろう。


「とりあえず、頭を回収してっと……」


 このゲームでは、やられたプレイヤーの頭部を、ステージ内で集めたノルマ分のアイテムと一緒に回収カートへ納品すれば復活させることができる。僕はそっと忍び寄り、転がっている桃心の頭を拾い上げてカートの中に収めた。おじいちゃんの銃撃をかわし、物を壊しにくる土偶の襲撃を退け、どうにか納品エリアへと滑り込む。


「あー! 喋れるー! 生き返ったぁあ!」

「おかえりなさぁ~い」

「ただいm――」


 ――ドォーン!!


 デジャブのような銃声が再び響き、桃心はまたしても綺麗な頭部だけになった。もはや様式美、完璧なコントである。

 ステージが進むごとにアイテムの納品ノルマは増えていく。今回は最初のステージなので納品自体は1回でクリアだ。ただし、納品を終わらせた瞬間から敵が無限に湧き出し、脱出用の宇宙船へと一斉に押し寄せてくる仕様になっている。


「ふ、船だしてww! 早く船だしてぇ!」

「頭は回収したから大丈夫ですww 逃げましょう!」


 わちゃわちゃと悲鳴を上げながらみんなが船に飛び込み、命からがら離脱する。ゲームのマップや敵の配置、そして落とし穴などのギミックは全てランダム。だからこそ、何度やっても新鮮で、全員で声を掛け合って遊ぶにはもってこいのゲームだった。

 ステージが5レベルを超えたあたりから、エリアは一気に複雑さを増し、過酷な戦いになっていく。


「はぁ~……やられてばっかりだぁ。みんな本当うまいなぁ」


 画面の向こうで、桃心が心底悔しそうに、だけど楽しそうに息を吐き出した。その声に、僕は少しだけ誇らしく思いながらマイクを引き寄せる。


「僕は実家にいた頃、ずっと一人で遊んでたので。敵の対処法とかアイテムの運び方は、ある程度頭に入ってますね」

「えぇ~!もしかして朝帳さんプロですか?ソロでは最高何ステージまで行ったんですかぁ~?」

「20ですね」

「に、20ぃ!? 一人で20も行ったの!? すごくない!? 私なんか1~5ステージを永遠にループしてるのにぃ!」


 桃心が今日一番の驚き声を上げる。他のプレイヤーからも「おぉ、ガチ勢だ」と感嘆の声が漏れた。


「敵の動きとマップのパターンさえ覚えていけば、10以上は安定していけるようになりますよ。まあ、ランダム要素が強すぎるので、敵の引きによっては永遠に進めないこともありますけどね」

「すごーい! プロの人がいてくれてよかったぁ~。めちゃくちゃ勉強になります!」

「ふふ、僕に教えられることなら何でも教えますよ」


 極度の人見知りで、自分の声にさえコンプレックスを持っていたはずの僕が、ネットの向こうの誰かと、こんなに自然に笑い合えている。その事実が、胸の奥をじんわりと満たしていく。

 その後も難関ステージに挑み続け、最終的にはレベル12で全員が全滅し、本日の配信は終了となった。


「はぁ~、楽しかった! みんな集まってくれて本当にありがと~!」

『ありがとうございました! 楽しかったです!』

「朝帳さん、来てくれてありがとね! 上手くて本当に助かったよぉ~!」


 チャット欄に素早く文字を打ち込む。


『また遊びに来ますね! お疲れ様です!』

「はぁ~い! ありがと~! じゃあね~ばっばーい!」


 ブツリ、と配信画面が切り替わり、黒い画面に『オフライン』の文字が浮かび上がる。

 静まり返ったワンルームの中で、僕はしばらくの間、キーボードに手を置いたまま、胸の奥に残る熱い余韻に浸っていた。


「……人と遊ぶのって、こんなに楽しいんだな」


 ぽつりと呟いた自分の声は、いつもより少しだけ明るく聴こえた。 また配信が始まったら、絶対に遊びに行こう。僕は桃心のチャンネルの通知ボタンをしっかりとオンにした。


「よし、これで大丈夫。……ふぅ、疲れたし今日はもう寝るか」


 心地よい疲労感と、これまでにない充実感。高まった気持ちを落ち着かせるようにベッドに潜り込む。 次の配信はいつだろう。

 画面の向こうの太陽のような彼女の声を思い出しながら、僕はゆっくりと目を閉じた。

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