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第1話 推しとの出会いと、僕の始まり

 僕はどこにでもいる、ごく普通の一般人。

 今年の誕生日がくれば四半世紀――25歳になる。

 高校を卒業して、特に大きな夢もないまま地元の会社に就職し、気づけばもう7年目だ。唯一叶えた「自立する」というささやかな目標のために最近実家を出て一人暮らしを始めたけれど、毎日の家事にはいまだにあたふたしている。

 普段の僕は、良く言えば冷静で物静か。悪く言えば冷めていて、自分の世界にこもりがちな人間だ。けれど中身は、そこまで大人になりきれていない未熟さを自覚している。

 そんな僕の退屈で平坦な日常をガラリと変えたのは、高校時代に出会った「VTuber」の世界だった。

 最初は、友人に勧められてなんとなく見始めただけだった。それが気づけば、親に頭を下げて借金をしてまでグッズを集めるほどの大沼に転落。それまで部屋に引きこもってゲームばかりしていた僕が、推しのイベントのために外へ出るようになった。関東在住という地理的アドバンテージを活かして現場に足を運び、時には名古屋まで遠征して観光を楽しむ。

 僕の人生は、推しのおかげで最高に充実しているはずだった。


 ――だけど、画面の向こうの幸福には、いつか終わりが来る。


 引退、契約解除。大好きな推しが、ある日突然、手の届かない場所へ去ってしまう。出会っては別れ、見送るたびに、僕の心は少しずつ摩耗していった。仕事と推し活のサイクルの中で、心が追いつかなくなっていくのを感じていた。

 そんな僕の停滞した日々に、小さな変化が訪れる。

 きっかけは、小さなロボットを操作してアイテムを回収する、とある協力型のチルゲームだった。

 実家暮らしの頃はマイクなどの機材もなく、ボイスチャットができなかったから、ずっと一人で黙々と画面に向かっていた。けれど、配信で大勢の仲間と楽しそうに群れ、意思疎通をしながら笑い合うロボットたちの姿を見るたび、胸の奥がチクリと痛む。


「……僕も、誰かと一緒に笑いながらゲームがしたいな」


 その寂しさが原動力になり、僕は実家を飛び出して一人暮らしを始めた。通信環境を整え、機材も一通り揃えた。

 問題は、ここからだ。

 配信サイトを開けば、そこは無数の部屋が並ぶ星の海。僕は極度の人見知りで、コミュニケーション能力は壊滅的だ。

 おまけに、リアルでもネットでも、やたらと性別を間違えられる中性的な声をしている。リアルではずっとこの声がコンプレックスで、自分の殻に閉じこもる原因でもあった。男のくせに高めで通るその声で喋るたび、相手の「え?」という顔を見るのが嫌だった。

 けれど、ネットの世界なら、この声も一つの個性として受け入れてもらえるかもしれない。そんな淡い期待だけを胸に、僕は配信を探した。

 あまりに過疎っている配信は緊張する。かといって、何千人もいる大手ではコメントさえ流れてしまう。ある程度のリスナーがいて、明るい雰囲気の場所がいい。

 慎重に画面をスクロールする僕の指が、ある配信の前でピタリと止まった。

 直感だった。

 サムネイルには、どこか親しみやすさを感じるキャラクターアイコン。

 配信タイトルには『参加型!協力ゲーム!』の文字。


「あー!もう!今の絶対いけたじゃん!!なんで落ちるの私のおバカーー!」


 入室した瞬間、鼓膜を震わせたのは、お世辞にも上品とは言えない、だけど最高に楽しそうな叫び声だった。

 画面の中で、楽しそうにリスナーとプロレスまがいの掛け合いをするその弾んだ声。男勝りでサバサバしていて、思ったことは全部口に出すような真っ直ぐさ。でも、不思議と嫌な高圧さは一切なくて、むしろその場にいる全員を巻き込んで笑顔にするような、太陽みたいなエネルギーに満ちあふれていた。

 気づけば、じっと画面に見入っていた。

 ドクン、と心臓がうるさいくらいに脈打ち始める。冷え切っていたワンルームの空気が、彼女の声だけで急激に熱を帯びていくような錯覚さえ覚える。

 チャット欄にカーソルを合わせる。震える指で慎重に言葉を選んで文字を打ち込んだ。


『初見です。参加しても良いですか?』


 あ、打っちゃった……!

 送信ボタンを押した瞬間、心臓が爆発しそうになり、一気に脇汗が吹き出す。どうしよう、身内ノリで無視されたら。人見知りの僕なんか、冷たくあしらわれて終わりかもしれない――。

 数秒の遅延の後、画面の向こうの彼女が、僕のコメントをハッキリと読み上げた。


「お、初見の朝帳ちょうりさん!こんばんはぁ~!どうぞどうぞ、今ちょうど枠空いてるから一緒に遊びましょ~!」


 それは、ひまわりが満開に咲いたような、圧倒的な明るさだった。僕の脳内のネガティブな妄想を、一瞬で消し飛ばす力強さ。


「やった……!一緒に遊べる!」


 誰もいない部屋で、僕は声を出さずに小さくガッツポーズをした。これで、寂しいボッチゲームとはおさらばだ。救われたような気持ちで胸をなでおろす僕に、彼女の声が追い打ちをかけるように続いた。


「あ、フレンドにならないとゲームの招待送れないから、コメント欄の固定に出てるコードにフレンド申請お願いね~?待ってるよ!」

「えっ、ふ、フレンド申請……!?」


 思わず声が裏返った。いきなり、そんな距離感でいいの!?

 画面に表示されているフレンドコードを、見間違いがないように一文字ずつ慎重に入力していく。送信ボタンを押すだけの動作なのに、指先が信じられないくらい震えていた。

 よし、送信完了。僕は再びキーボードを叩き、チャット欄にメッセージを滑り込ませる。


『フレンド申請送りました!よろしくお願いします!』


 画面の中の彼女が、すぐにそれに気づいて声を弾ませた。


「はーい、朝帳さん申請ありがと~!今承認したよ!じゃあ早速、ゲームの招待送るね!」

『ピコンッ!』


 静かな部屋に、小気味いいシステム音が響く。

 僕の真っ白で寂しかったフレンド欄に、初めて「誰か」の名前が刻まれた。


桃心ももこ とフレンドになりました 】


 その直後、画面の隅にパッとポップアップが表示される。


【 桃心 からゲームの招待が届いています ―― [ 参加 ] 】


 マウスを握る右手に、じわりと汗がにじむ。

 この『参加』の文字を押せば、もう引き返せない。彼女のいる世界へと、僕の足が一歩踏み出すことになる。

 ごくり、と唾を飲み込み、僕は意を決して左クリックを押した。

 これが、僕の物語の始まり。

 ネットの世界で自分の居場所を見つけ、彼女の飾らない優しさに触れ、数々の壁にぶつかりながらも――人生で一番きれいで、一番苦しい恋に落ちていく記録。

 僕の最推し――桃心との、運命の幕が上がった。

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