給食を作っていた手
【本文】
千鶴の元同僚、佐伯美和は、地下の調理場へ入って最初に床を見た。
水が溜まり、ゴーレムの脚跡が調理区画まで続いている。このままでは食材より先に人が滑る。
美和は挨拶より先に清掃道具を求めた。排水溝を分け、運搬経路と調理者の動線を線で区切る。循環粘体にも、食材へ触れる個体と床を掃除する個体を分けた。
百人分の料理は、家庭の鍋を大きくするだけでは作れない。中心まで火が通る時間も、冷める時間も違う。
美和は温度計を鍋の三か所へ差し、加熱記録を残した。千鶴が献立と在庫を決め、美和が現場の手順へ落とす。
調理を手伝いたい避難者は多かった。全員を入れれば衛生管理が崩れる。手洗い、体調確認、刃物、火傷の講習を受けた人だけが交代で入る。
美和は給食センターが止まった日に、自分の仕事も終わったと思っていた。
だが地下には、食べる人の顔と、汚れた床と、明日の献立がある。
彼女は調理担当表の最初ではなく、千鶴の次の欄へ自分の名を書いた。
美和は配膳が終わったあと、食堂を一周した。床へ落ちた米、返却されない食器、冷めたまま残る椀。献立表だけでは分からない問題を拾う。食べる時間が足りない夜勤者には保温箱を用意し、握力の弱い患者には軽い器を回した。料理を作った時点ではなく、最後の人が食べ終えて片づけるまでが給食の仕事だった。
翌日の担当者は、美和の作業を見ながら温度記録を練習した。一人の熟練だけで調理場を回さない準備だった。
美和が休む日でも同じ手順になるか、翌朝は助言せず最後まで見守る予定を組んだ。
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