六本目の吸入薬
【本文】
結衣が夜明け前に発作を起こした。
咳と呼吸音で千鶴が気づき、環を呼ぶ。結衣専用の吸入薬を使うが、一度では治まらない。酸素飽和度が下がり、第七迷宮へ運ばれた。
小春の観測では、感染症ではなく埃と疲労が引き金だった。換気工事で舞った微粒子が生活区画へ流れ込んでいる。
ネーヴェの糸は気道へ使わない。モモも全体治癒を止められた。現実の吸入と酸素、安静で治療する。
二度目の吸入後、呼吸はゆっくり戻った。
湊は妹のそばにいたが、自分の《分配》で苦しさを引き受けようとはしなかった。症状を移しても原因は消えず、二人の患者を作るだけだと学んでいる。
原因となった区画の換気を止め、全員を別室へ移す。鉄平と奈々がフィルターを追加し、清掃粘体が床と配管の粉塵を集めた。
薬は一本減った。残り五本。
補充できたから安心ではなく、使う日が来たからこそ在庫の意味があった。
朝、結衣は自分で水を飲み、発作時刻と吸入回数を台帳へ書いた。
医療区画の外では、次の救急要請を知らせる赤い無線が鳴り始めていた。
結衣の発作を受け、工事の開始前には医療区画へ時刻と場所を知らせる規則が追加された。埃の出る作業は生活区画の換気を切り替え、喘息患者が移動してから始める。作業終了後も清浄度を測り、安全を確認するまで戻さない。防げたはずの発作を、薬があるからと繰り返さないためだった。
結衣は自分だけが原因で工事を止めたと思わないよう、改善後の換気表を鉄平から見せてもらった。
同じ区画を使う避難者にも変更理由が説明され、清掃へ参加する人が増えた。
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