帰れない救急車
【本文】
救急車一台が、崩れた県道の向こうで動けなくなった。
車内には妊婦と救急隊員二名。陣痛が始まり、病院までの道は黒い石柱と放置車両に塞がれている。
安西は徒歩救助班を編成した。岳、由香、運搬型ゴーレム、そして出産経験のある助産師が同行する。
第九迷宮の物流通路は物資用で、人間を運べない。第八迷宮の水路も方向が違う。最後の一キロは地上を進むしかなかった。
疾影が二体、救急車の周囲を回っている。岳は倒さず、盾を地面へ固定して音を立てる。疾影を自分へ引きつけ、安西たちが反対側の扉を開けた。
妊婦をゴーレムへ乗せた直後、道路の亀裂が広がる。救急車は傾き、戻れなくなった。
助産師は病院ではなく、最も近い学校入口へ運ぶ判断をする。設備が整う場所より、間に合う場所を選んだ。
第七迷宮の臨時病床へ到着したとき、陣痛間隔は三分だった。
由香は救急車の薬品と記録を全て持ち込み、地上の隊員へ車両位置を送る。
使えなくなった一台を惜しむより、乗っていた三人を帰す仕事が先だった。
経路上には倒れた電柱もあり、ゴーレムだけでは越えられなかった。岳が《荷重固定》で電線の動きを止め、安西が通電していないことを確認する。救急隊員は妊婦の診療記録を声に出して由香へ伝え、朔が無線で地下へ先送信した。患者より情報が遅れれば、到着後の数分を失うからだった。
妊婦の夫にも無線が繋がり、移送先変更を伝えた。知らない地下へ運ばれたと後から知る形にはしなかった。
父親の声を聞いた妊婦は呼吸を整え、助産師の指示に合わせて移動できた。
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