モモが怖がる壁
【本文】
「名前、いる?」
湊が尋ねると、桃色の塊は縦に伸びた。
話せる言葉は少ない。自分が何者か、なぜ器へ閉じ込められていたかを聞いても、「わすれた」と縮むだけだった。
結衣が桃好きだから、湊は仮にモモと呼んだ。塊は気に入ったのか、靴の周りを一周してから爪先へ乗った。
小春が岳の腕を観測する。傷は塞がったが、失った血まで戻ったわけではない。モモ自身も先ほどより一回り小さくなっていた。
「治せる回数には限界がある。頼り切ったら駄目」
小春の言葉に、モモも真似るように「だめ」と答えた。
小部屋の奥には別の通路があった。朔の反響探査では大きな空洞へ続いている。帰還標は反対方向を示すが、出口を開く守護核はおそらく奥だ。
湊たちは休憩を取り、水と飴を分けた。岳の荷物を三人へ移し、負傷した腕を使わせない。モモには魚肉ソーセージをもう一欠片だけ与えた。
通路へ踏み出した途端、モモが湊の肩まで跳ねた。
『そっち、いや』
桃色の体が震えている。見つめているのは通路の先ではなく、右側の何もない岩壁だった。
朔が調べても空洞はない。小春の観測にも異常は映らない。湊が触れると、岩の奥から低い振動が掌へ伝わった。
どくん。間を置いて、もう一度。
巨大な心臓の鼓動に似ていた。
「この向こうに何がある?」
低い問いかけにも、壁の鼓動は止まらない。
モモは答えず、湊の首へ張りついた。金色の点だけが激しく揺れている。
四人は壁に蛍光テープで印を残した。今は開けない。帰ることを優先する。
歩き出した背後で、壁の内側から爪を立てるような音が三度続いた。
(次話へ)




