残り三本
【本文】
世界公開から三日目の朝、結衣が咳き込んだ。
発作ではない。地下の乾いた空気と、眠れない夜が喉へ負担を掛けている。吸入薬は三本残っているが、避難者百四十一人の中には同じ薬を必要とする子どもが二人いた。
環が薬の使用回数を数える。一人分なら数週間。三人で共有すれば、次の補充前に尽きる。
「私のを使っていいよ」
結衣は言った。湊はすぐ頷かなかった。優しさだけで薬を分ければ、妹の発作時に足りなくなる。
小春は三人の処方量と症状を確認し、共用にはしなかった。それぞれの吸入器へ名前を付け、緊急用一本だけを医療区画で管理する。感染を防ぐため器具も分ける。
県立病院には薬の在庫があるはずだ。しかし病院は非常電源で稼働し、救急患者が押し寄せている。奪いに行くことはできない。
安西が病院との無線を試す。応答は断片的で、酸素供給設備の異常と、地下入口周辺で負傷者が出たことだけが聞こえた。
第七迷宮の白衣母ネーヴェが、病院側の扉を細く開く。向こうから消毒液と煙の匂いが流れ込んだ。
薬を取りに行く前に、止まりかけた病院を助けなければならなかった。
医療区画では、薬の残数だけでなく発作を起こしやすい場所も地図へ記した。粉塵の多い工事区画、冷気の漏れる通路、人が集中する食堂。薬を増やすまで待つのではなく、使わずに済む環境を先に直す。結衣は自分の症状を説明し、同じ喘息の二人へ吸入器の使い方を見せた。子どもだからと記録から外さなかった。
吸入薬には残量だけでなく、開封日と使用回数も書いた。見た目が残っていても規定回数を越えれば正しい量が出ない。
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