名簿にない人
【本文】
訓練へ迷い込んだ高齢女性、堀越文は、地下から戻っても夢だとは思わなかった。
薬局で血圧の薬を受け取った直後、桃色の生き物と鉄の四脚が人々を案内するところを見た。怖かった。それでも階段の途中で立ち止まった自分を、女子高校生が急かさず待ってくれた。
翌日、文は畑で採れたジャガイモを薬局へ持ってきた。口止めの代金ではない。地下には食べ物がほとんどなかったからだ。
千鶴が事情を聞き、迷宮の存在と公開までの期限を話した。文は驚いたあと、自分の畑の種芋と井戸を地図へ書いた。
「百二十人、何日食べさせるつもりだい」
誰も答えを持っていなかった。保管庫があっても、中身は地上から運ぶ必要がある。
文は地域の農家を三人紹介した。真実を全て伝えずとも、災害備蓄として収穫の一部を買い取り、種を分けて保存できる。代金を払わず善意へ頼れば長く続かないとも釘を刺した。
文自身も、畑を捨てて地下へ逃げるつもりはなかった。作物は一日水を止めただけでも弱る。避難する日まで世話を続け、危険が迫れば種と記録だけを持ち込むという。湊は全員を早く地下へ集めれば安全だと思っていたが、地上で続けなければ失われる仕事があると知った。
湊は文を助けた側だと思っていた。実際には、一度入口へ迷い込んだ女性から、百二十人の食事を守る方法を教えられている。
文の名は未登録者欄から農業担当へ移された。
彼女は笑い、まず地下の湿度と土を見せろと言った。
名簿には年齢だけでなく、できる仕事と必要な薬も書き足した。保護される人と働く人を分ける欄は作らなかった。
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