水を止めないために
【本文】
第八迷宮へ入る前日、浄水場の水圧が急低下した。
市内の一部で濁り水が出始める。施設を全面停止すれば数万人へ影響するため、鳥居奈々という土木技師が応急系統へ切り替えていた。
安西は湊たちを特殊点検班として紹介した。奈々は高校生がいることへ反発したが、壁に浮かぶ『0/4』を湊が読み上げると表情を変えた。その数字は監視装置にも一瞬だけ記録されていた。
入口へ入ったのは湊、朔、奈々、岳。内部は巨大な水路網で、足場の下を濁流が走る。
湿った足場には苔が生え、一歩ごと滑る。奈々は持参した安全帯を全員の腰へ結び、固定点を二つ以上取らなければ進ませなかった。岳が強引に渡ろうとすると、迷宮攻略より先に現場の規則を守れと叱る。
湊は従った。水を扱う場所では、能力より彼女の経験が頼りになる。
冠位個体《水門蛇アクア》の長い体が、破損した三つの水門を塞いでいた。黒い根に侵された尾から汚れが流れ、水質を悪化させている。
先に根を抜けば水門が開き、濁流が地上設備へ逆流する。奈々は迷宮の石材と持ち込んだ鋼材で仮設ゲートを設計した。
岳と運搬型ゴーレムが部材を支え、朔が水路内の空洞を探る。湊は《領域編集》でゲートを壁へ噛み合わせた。
仮設ゲートが閉じてから、アクアの尾を治療する。根を抜く間も奈々は水位計から目を離さず、数センチの上昇で作業を止めた。
澄んだ水が流れ始め、地上の水圧も回復した。
奈々は奇跡とは呼ばなかった。水質検査を三度行い、安全を数字で確かめてから送水を戻す。
第八迷宮は、町へ水を送り続けたまま接続された。
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