治療の代価
【本文】
ネーヴェの背中から黒い根を抜くには、治療区画の生命力が足りなかった。
冷たい声は、人間一人の生命力を差し出せば即座に完了すると告げた。小春は選択肢を閉じる。誰かを犠牲にする治療は受け入れない。
モモがネーヴェへ近づいたが、全体治癒を使えば再び小さくなり、記憶まで失う可能性がある。湊は止めた。
環は治療区画に眠る個体の状態を一覧にした。軽傷の個体へ使われている生命力を一時的に減らし、重傷者へ回す。人間の病院でも、限られた人員と設備を重症度で配分する考え方がある。
十九体すべてへ同じ量を求めれば安全に見える。だが必要量は違う。小春は一体ずつ最低限を示し、環が紙へ書く。数字が一つ変わるたび全体を計算し直し、誰か一体へ負担が偏っていないか確かめた。
湊の《分配》を迷宮設備へ接続する。小春の観測で安全限界を見ながら、十九体から少しずつ余力を借りた。負担は湊にも返り、全身から力が抜けていく。
ネーヴェの黒い根が一本ずつ剥がれた。十九体の呼吸が同時に浅くなり、小春は一度中止を告げる。数値が戻るまで待つしかない。
最後まで抜く必要はない。自力で治療できる状態へ戻したところで分配を止める。完全を求めて全員を危険にしない判断だった。
『第七隔離槽、治療機能を再開します』
ネーヴェは白い糸を湊の手首へ巻いた。《生命分配の過負荷を警告する印》だった。
地域隔離網は、七/十だ。
地上へ戻ると二時間が経過し、湊は廊下の椅子から立てなかった。治す側にも必ず限界があることを、小春は台帳の最初に書いた。
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