黒い子獣
【本文】
階段は十二段で終わった。
その先は岩を削った直線通路だった。天井には照明器具がない。それでも壁の白い筋がぼんやり発光し、足元だけは見える。朔が入口の無線機を呼び出すと、雑音の向こうから自分たちの声が一秒遅れで返った。
「地上には届いてない。ここで反射してる」
湊は分岐ごとに蛍光テープを貼り、ロープを伸ばした。百メートルほど進んだところで、先頭の岳が拳を上げる。
通路の中央に、犬ほどの黒い塊が蹲っていた。
毛ではない。煙のように輪郭が揺れ、前脚だけが不自然に長い。三本指の爪は、入口の泥に残っていた跡と一致した。
小春が一歩下がる。塊の頭が持ち上がり、目の位置に青白い点が二つ灯った。
黒い子獣は吠えなかった。床を蹴る音もなく、一息で岳の胸元へ跳ぶ。
岳が工具箱の蓋を盾にした。爪が鉄板を裂き、火花が散る。湊は横からロープを投げ、細い胴へ絡めた。朔と二人で引くが、見た目より遥かに重い。
「戻るぞ!」
倒すことより退路を選ぶ。四人はロープを放し、来た道へ走った。
だが貼ったはずの蛍光テープがない。直線だった通路は三つに分かれ、入口へ続くロープも壁の中へ吸い込まれていた。
背後で爪が鳴る。
小春が足元の石に躓き、膝をついた。黒い子獣が跳ぶ。
朔が作業灯を投げつける。光は獣の胸を叩いただけで弾かれ、壁に落ちて激しく明滅した。その一瞬、獣の首の下にだけ煙の薄い部分が見えた。
湊は落ちていた鉄棒を拾い、その口へ差し込んだ。牙が鉄を噛み潰す寸前、頭の中へ冷たい声が響く。
『初回接触を確認。生存試験を開始します』
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