戻るための準備
【本文】
四人は、その日のうちに山へ戻ることを選ばなかった。
好奇心だけで鉄扉を開ければ、逃げ道まで失う。湊がそう言うと、朔は珍しく反論せず、代わりに必要品を黒板ほどの紙へ書き始めた。
岳の実家の整備工場で、四人は閉店後まで準備を続けた。ヘルメット、革手袋、作業灯、ロープ、救急箱、防塵マスク。鉄平から借りた工具には一本ずつ蛍光テープを巻く。小春は消毒液や止血帯だけでなく、低血糖に備えて飴と経口補水液を加えた。
「探検じゃないからね。怪我人が出たら、その時点で帰る」
小春の宣言に全員が頷いた。
朔は無線機を五台並べた。スマートフォンの地図が狂うなら、短距離無線を使う。最後の一台は入口へ置き、中から地上へ届くか確かめるためだ。
「残余枠一って表示が気になるけど」
「五人目を探すつもりはない」
湊は即答した。知らない誰かを危険へ誘う理由にはならない。
母には、翌朝早く岳の家で勉強すると伝えた。嘘をついた胸の重さは消えない。結衣が眠ったあと、湊は妹の吸入薬の残量を確かめ、枕元へ予備を置いた。
翌朝五時、四人は山道を登った。
空はまだ薄暗かった。
交番の巡査が見つけられなかったはずの鉄扉は、同じ場所にあった。立入禁止の札は消え、代わりに数字の「4」が淡く光っている。
入口に無線機を置き、帰還時刻を午前八時に設定する。それまでに出口が見つからなければ、奥へ進まず引き返す。
岳が扉を押した。
数字が「0」へ変わり、背後で鉄扉が閉じた。
退路を失った音がした。
誰も触れていない五台目の無線機から、小さな呼吸音が聞こえた。
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