黒い根の井戸
【本文】
階段の下には、円形の井戸があった。
中央から黒い根が無数に伸び、循環水路へ絡みついている。第一迷宮でモモを拘束していたものと同じだ。ただし今回は根の先が赤く脈打ち、熱を井戸へ押し戻していた。
井戸の縁には四本の石柱がある。朔の探査によれば、柱は地下の空洞へつながる弁だった。一本は既に根で折られ、残る三本も圧力に耐えきれず軋んでいる。雫が触れるたび蒸気が上がった。
「根だけ焼いたら、弁まで壊れる」
小春が状態を見抜いた。
湊は地上へ戻るべきか迷った。だが引き返す間にも熱は増える。モモが井戸へ近づき、体を震わせた。
『これ、よごれ。なか、くるしい』
澪の槍で根を一本ずつ押さえ、朔が付け根を探す。湊は《分配》で小春の観測を全員へ薄く分けた。視界に根の弱点が赤く浮かぶ。
切断した根は暴れ、湊の足へ絡んだ。皮膚から熱ではない痛みが流れ込み、知らない誰かの叫びが頭に響く。事故、病室、戦場。根の中には記憶の断片が詰まっていた。
その中に、共同浴場で子を洗う母親の記憶が混ざっていた。湯気、黄色い桶、笑い声。直後に景色が黒く塗り潰され、湊自身の記憶まで引かれそうになる。小春が名前を呼び続け、朔が肩を叩いたことで、ようやく現在へ戻れた。
澪が槍で根を剥がす。湊は倒れながらも《帰還標》を井戸の縁へ刻んだ。
最後の太い根が切れると、水路の湯が一斉に井戸へ落ちた。折れた柱の穴から熱が逃げ、迷宮の温度が下がり始める。
底の深い暗闇で、巨大な何かが静かに目を開いた。
青白い光が二つ、湊たちを見上げていた。
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