先にいた少女
【本文】
少女は階段を上りきると、背負っていた少年を地面へ降ろした。
小春と環が駆け寄る。少年は図書館の職員で、脇腹に深い傷があった。だが出血は薄い膜に覆われ、不自然なほど遅い。
その後ろから湊が現れた。額に切り傷はあるが、自分で歩ける。モモは少女の肩へ張りつき、傷口へ淡い光を送っていた。
「中で何があった」
鉄平の問いに、湊は先に救急車を呼んでほしいと答えた。
少女の名は東雲澪。近くの高校一年生だった。地盤沈下の現場で逃げ遅れた職員を助けようとして、二人で迷宮へ落ちたという。
内部には本棚のような石壁が並び、紙を纏った黒い獣が徘徊していた。澪は備え付けの装飾槍で戦い、湊が辿り着くまで職員を守っていた。
湊が見つけたとき、澪は崩した本棚で通路を狭め、一体ずつしか近づけない形にしていた。職員の傷には自分の上着を裂いて巻き、落ちていた紙片へ経過時刻まで記録している。偶然の生存者の動きではなかった。
「初めてじゃないだろ」
岳が折れた槍を見た。柄の握り方も、傷を避ける動きも、一度迷い込んだだけの人間とは違う。
澪は答えず、自分の脇腹を押さえた。制服の下には乾いた血が広がっている。小春の《状態観測》が暗い赤を示した。
「傷が治ってない。悪化する時刻だけ先送りされてる」
澪の顔色が変わった。
モモが治療を続けると、少女の腹部から古い裂傷が浮かび上がる。数週間前に受けたはずの致命傷だった。
『遅延再生、残余時間四十九日』
湊の視界へ、本人にも見えていない表示が現れた。
澪は折れた槍を構え直す。
「それ以上、私を調べないで」
(次話へ)




