一日分の倉庫
【本文】
体育館の食料が残り一日となった朝、県庁から乾燥米、粉、缶詰、乳児食を積んだ車両が橋南側へ到着した。
相馬の表では三避難所向け七日分だが、人数の基準が古く、体育館へ増えた三十七人が含まれていない。千鶴と拓郎は箱を開ける前に再計算した。
学校で見つかったことは、児童名を外して地域網、体育館、病院へ共有する。発見者を特別な能力者として登録せず、授業と休息の時間を変えない。
賞味期限、アレルギー、調理燃料を確認し、体育館八日、旧小学校九日相当へ配分する。地域網の在庫へ混ぜず、受領番号と使用先を残した。
教室を調査区画だけにせず、予定していた読み書き、計算、遊びを続ける。壁の音が鳴っても、児童全員を観測当番へ集めない。
世界の声が報酬や即時解放を表示しても、地上の図面、避難経路、本人同意を先に確認する。分からない部分は推測で埋めず、次の観測時刻を決めた。
食料便は学校再開の祝いではない。空腹を授業で隠さないための、最初の条件だった。
佳乃は授業記録と設備記録を別冊にし、子どもの言葉を大人向けの管理用語へ勝手に書き換えなかった。
受領箱の一つは封印番号が伝票と違った。相馬へ照会し、別避難所向けの乳児食だと判明する。開封せず次便へ戻し、代わりの箱が届くまで地域網の緊急棚から必要量だけ貸し出した。誤配を善意で使えば、本来の乳児から食事を奪う。返却量と期限も二名で署名した。
観測後は教室の換気、電位、児童の体調を確認し、異常がなくても記録した。発見した子だけへ褒美を与えず、参加しなかった子の遊びと学習時間も同じように守る。
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