旧小学校を開ける
【本文】
日向集落十九人の避難先に、旧小学校を使うことになった。
校舎は閉校から四年。体育館の屋根は無事だが、水道は赤錆び、トイレは二つしか流れない。暖房用灯油も空だった。
奈々が給水タンク、鉄平が発電機、佳乃が寝床と動線を確認する。地域網の燃料を持ち込めば残り十一日が減るため、照明は蓄電池、暖房は教室二室だけに絞る。
日向には寝たきりの住民が二人いる。病院へ送れば医療区画が近いが、家族と離れる。由香が診察し、急変のない一人は家族と旧小学校、酸素が必要な一人だけ病院へ移す。
校庭の井戸は飲用不可。体育館井戸から濾過済みの水を運び、飲用と洗浄を容器の形で分ける。
受け入れ名簿には、地域網の住民番号を付けない。旧小学校は従属区画ではなく、日向十九人が運営する一時避難所だからだ。
夕方、十九人全員が到着した。地域網の人数は百四十九人のまま。
夜間急変時は病院へ直接連絡し、地域網の許可を待たない。救急車が使えない場合の担架班と校庭の受け渡し位置も決めた。十九人は到着直後から運営者になった。
新しい避難所を開くことは、空き部屋へ人を置くことではない。水、排泄、夜間介助、連絡、戻る条件を一緒に作ることだった。
旧小学校の責任者は佳乃ではなく、日向から三人を選んだ。鍵、給水、夜間連絡を分担し、地域網は設備支援者として記録する。配給も地域網と同じ献立を押しつけず、持ち込んだ米と保存食を先に数え、アレルギーと病人食だけ千鶴が確認した。消防点検で使えない教室が一つ見つかり、寝床を詰めず体育館へ移す。収容可能という数字より、夜中に介助者が通れる幅を優先した。
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