迎えを待たない人
【本文】
最初に通信が繋がった杉沢では、二十二人全員が公民館にいた。
代表の老人は避難を拒んだ。畑、家畜、先祖の墓を置いていけない。県庁の命令かと問われ、安西は地域網からの提案だと答える。
血獣群体の説明をしても、姿を見ていない者には山の異音と井戸の濁りでしかない。強く脅せば移動させられても、途中で戻る人が出る。
文が畑の状態を聞き、家畜の頭数と餌の日数を一緒に記録した。避難は財産を捨てる宣言ではなく、三日間だけ高台へ移る試行とする。戻れる条件と、戻れない条件も掲示する。
二十二人のうち十五人が移動へ同意した。五人は家畜の世話を交代で続けたいと言い、二人は判断を保留する。
第一便は歩行の遅い者から乗り、家族を引き離さない。乗らない者へ理由を迫らず、次便の時刻と空席数を公民館へ残した。避難先の変更も定時通信で受け付ける。
全員同時でなくても、まず高齢者と子どもを午後便へ乗せる。家畜は放さず、防振材と水を公民館側へ運ぶ。
世界の声は同意しない七人を《救助拒否》と分類した。
真理はその表示を名簿へ写さない。拒否ではなく、条件付き残留と判断保留である。
救助される側にも、移動の条件を決める言葉があった。
残留する七人には、自己責任という署名を求めなかった。通信時刻を守る、単独で山へ入らない、黒線や井戸濁りが出たら高台へ移る、救助班の中止判断に従うという安全条件へ同意してもらう。家畜の世話も二人一組、日没一時間前までに終える。翌日も判断を変えられる。十五人の移動名簿には持病薬、歩行速度、同乗家族だけを書き、畑や財産の一覧は避難車へ持ち出さなかった。
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